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セイレーン 番外編
赤いリボンが恋の証 01
バタバタと慌ただしい足音。
コラッ、走るなっ!!と小学生のような注意など右から左に抜けていく。
「渚っ!」
ガラリと勢いよく教室のドアを開けるのと、名前を大声で呼ぶのは同時だった。
「…三井君。」
驚いた教室がシンと静まり返って数秒、渚は漸く破顔して覗き込んでいる三井に返した。
「渚っ!聞いて驚けっ!!」
「何?」
「推薦、取れたっ!!」
「…え?」
「え、じゃねえよっ!推薦が来たんだよ!!」
「三井君に?」
「おう!大学、決まったぜ!?」
凄えだろ?と言わんばかりにふんぞり返る三井に、渚は呆然とした。
確かに三井は頑張った。
夏の県大会準優勝、インターハイ出場。
秋の国体神奈川代表。
そして負けはしたが、冬の選抜予選でも相当活躍したらしい。
そう、三井は3年になってから頑張った。
泣いて、後悔して、人一倍努力して。
それは渚も傍で見ていて嫌と言うほど分かっている。
だが…
その前の2年は?
お世辞にも胸を張れるような2年間ではなかったはずだ。
その三井に…推薦?
チリ、と渚の胸が痛むように焦げる。
目を瞠っている彼女を余所に、教室内は予想外の出来事にパニック状態になっていた。
「すげぇな、三井!推薦かよ!?」
「おう!」
「不良だったお前がなあ…神様は不公平だぜ!」
「うっせえ!俺ぁピンチの時こそ燃える奴なんだよ!!」
「くそー、三井に先を越されるなんて。」
フハハハと更にふんぞり返る三井の大きな笑い声に、渚はハッと意識を引き戻す。
「…おめでとう、三井君。」
「おう!渚には心配かけちまったからな。」
「ううん。」
「安西先生と同じ大学なんだぜ!!」
「そう、よかったね。」
「おう!!」
ニッと満面の笑みを浮かべる三井に渚も微笑み返す。
だが、胸の燻ぶりが消えたわけではなかった。
「でな、終業式の夜なんだけどよ。空いてるよな?」
「…終業式の日?」
「おう。」
「ううん、塾だよ。」
「なっ!?24日だぞ!?」
「うん。」
「…じゃあ次の日は?」
「冬休みは毎日塾通いだけど。」
「ぐっ…なら前の日は!?」
「23日?祝日でしょ?一日塾。」
「おま…っ!12月だぞ!?24日だぞ!?少しぐれえ時間作れよ!!」
尽く却下されていく自分の提案に三井の笑顔が消えていく。
渚は肩を竦めながら溜息を吐いた。
「仕方ないでしょ?受験生なんだし、センター1ヶ月前なんだし。」
「ぐっ…」
「私は三井君と違って大学決まってないし?」
「…お前、俺と大学とどっちが大事なんだよ!?」
思わず怒鳴った三井の言葉に教室内がまた静まり返る。
だが、次の瞬間には爆笑がドッと沸き上がった。
「三井っ!それっ、女のセリフだろ!?」
「やだ〜!三井君てば大学にやきもち?」
「『私と仕事とどっちが大事なのよ!』って!?」
「三井君かわいいー!!」
周りの容赦ない突っ込みに三井の顔が紅潮する。
ブルブルと拳を震わせるとダンと渚の机を殴った。
ビクリと肩を揺らした渚を見てハッとしたが、気まずそうに目を逸らすと代わりにギロリと教室内を睨み回す。
「うるせえっ!!…もういい、知らねえっ!!」
八つ当たりするように声を荒げると、足音を荒くして出て行ってしまった。
「…最後のリアクションまで裏切らないねぇ、三井君は。」
「ねえ…」
ケラケラと笑いながら空いている渚の隣の席に座った友人の円香が、開けっぱなしにされたままのドアを見る。
廊下から冷たい空気が入ってくるのを嫌った近くの生徒がドアを閉めれば、教室内は三井が来る前の空気に戻った。
チラホラと大学が決まった生徒もいるが、大多数が一般入試に向けてのラストスパートの時期。
入試直前の実力を試す機会でもあるセンター試験は1ヶ月後に迫っている。
試験の結果がよければ、そのまま受験に使うこともできる。
教室内は独特の殺伐とした空気に包まれていた。
「少し意地悪だったんじゃない、渚?」
「…だって…」
「ん?」
「だってあの大学、三井君の第一希望の大学なんだもん…」
「そうなんだ。」
「推薦取れたのは私も嬉しいけど…」
「…渚はこれからが本番だもんね。」
無言でトンと肩に預けてきた親友の頭を、円香はポンポンと慰めた。
渚だって24日を蔑ろにするつもりはなかった。
三井と恋人関係になって初めてのクリスマスイブ。
意識しない方がおかしいと思う。
塾の帰り道、渚はバッグに入っている小さな包装を見てハアと息を吐き出した。
昇っていく白いそれを目で追うと、一軒の家の前で立ち止まる。
表札には流川から聞き出した『三井』の文字。
バスケ部の練習時間を考えてもそろそろ戻ってくる時間だろう。
渚は単語帳を取り出すと三井の家から一番近い街灯の下に移動した。
仮にも受験生、ここで長居をして風邪を引くわけにはいかない。
一時間したら帰ろう。
タイムリミットを決めると、渚は黙々と単語帳を頭の中に移し始めた。
…とは言っても、時間も通る人も気になってしまう。
ソワソワしながらの暗記は身につきにくい。
いつもより覚えの悪い自分に呆れながらも時計を見れば、もうすぐ時間になってしまいそうなことに気が付いた。
最後の集中だ、と渚は単語帳を捲って俯く。
暫くして聞こえてきた足音に顔を上げれば、相手は驚いた顔で立ち止まった。
「…渚!?」
「お帰りなさい、三井君。」
「おま…えっ、はあっ!?」
「三井君?」
「おまっ…何でこんな時間にこんなとこにいんだよ!!」
「楓君から住所を聞いて、塾の帰りに寄ったの。」
「ちげえっ!そうじゃねえだろっ!!」
慌てて走り寄った三井が単語帳をしまっていた手を引き寄せる。
そして触った瞬間に眉を顰めて声を低くした。
「やっぱ冷えてんじゃねえか!」
「まあ、外で待っていたから。」
「いつから!?」
「1時間ぐらい前、かな。」
渚の答えに三井は脱力したようにその場にしゃがみ込む。
「…お前、受験生だろ?自分の身体のことを考えろよ。」
「うん。だから、あと少ししたら帰ろうかなって思っていたよ?三井君が帰ってきてくれてよかった、すれ違いにならなくて。」
「何で待ってたんだ?」
「だって今日はクリスマスイブでしょ?」
その言葉にしゃがみ込んだまま渚の顔を見れば、心なしか赤くなっている。
三井はニヤける口元を手で覆いながら立ち上がると、もう一方の手で冷え切っている自分より小さな手を掴んだ。
「…ウチ、寄ってけよ。」
「や、ここでいいよ。」
「よくねえ!いいから!!」
ぐいぐいと引っ張りながら大股で歩き出した後を、渚は焦ったようについて行った。
2013.12.19. UP
この時期、思うように勉強が進まないとかなり焦りませんか?
その上、友達や知り合いなどの進学先が決定していけばなおさら…。
どんなに模試でA判定をもらったり、進路指導面談で太鼓判を押されても、心中は穏やかでいられないはず…だと思います。
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夢幻泡沫