
Main
セイレーン 番外編
照れ屋な彼のセリフ お、お前、近すぎ!
「あ、あの…三井先輩、好きです。付き合ってくれませんか?」
「悪ぃ。俺、彼女いるから。」
「松島、好きなんだ。付き合ってくれないか?」
「…ごめんなさい。好きな人がいるの…」
夏休み明け、湘北高校では2つの噂が駆け巡った。
1つは、三井に彼女ができたらしいということ。
不良をやめバスケットで全国まで行った彼は、元々の形姿も手伝って今では女子から騒がれる程にもて囃されていた。
三井に好きな人がいるというのは既に告白を断られた女子の間では知られていたが、2学期に入ってすぐの返事で使った『彼女』と言う単語に女子は敏感に反応した。
もう1つは、渚に好きな人ができたらしいということ。
三井以上に告白をされていた渚は、『受験があるから』と無難な理由で申し訳なさそうに断り続けていた。
それが困ったように『好きな人がいる』と断るようになったので、男子に衝撃が走った。
三井の彼女、渚の好きな人を探り出すことが、いつの間にか湘北の密かなブームになっていた。
まだまだ夏の太陽が翳りを見せない9月下旬、湘北高校では水泳大会が行われる。
翌週の体育祭の前哨戦として、各学年二組ずつがチームとなった5軍団戦が始まるのだ。
今年の組分けで、運がいいのか悪いのか三井と渚は同じ白をシンボルカラーとする白虎軍となった。
体育着で暑い暑いと言いながら軍団ごとにプールサイドに陣取る生徒達は、球技大会の時と同様に元気にクラス代表選手に応援を送っている。
渚もその中で一緒に応援をしていた。
「渚さん。」
「…ああ、楓君。」
聞こえるか聞こえないかぐらいの大きさで呼ばれた渚が振り返れば、白組の集団に一つだけ青をシンボルカラーとする青竜軍の鉢巻が混じっている。
チョイチョイと手招きしてきた流川に、渚は円香にちょっと行ってくるとその場を離れた。
「どうしたの?」
「これ。」
「何?」
流川はゴソゴソと取り出したものを渚の掌に置く。
全く分からない渚は慎重に袋を開けた。
「…土産。」
「え?どこの?」
「全日本。」
「あっ、選抜合宿の?わざわざ?」
「こーゆーの好きだろ?」
「うん、すっごく。ありがとう、楓君。大好きっ!」
小さな紙袋から取り出しながら、渚がニコニコと機嫌良く笑う。
それを見て、流川の目が穏やかに細まった。
「その髪、久しぶりに見た。」
「ポニーテール?そうだねぇ、高校に入ってからあまりしなかったからね。」
「出るんだ?」
端的な流川の言葉も、渚は慣れたもの。
うんと頷いてプールを見た。
「水泳で出れば、体育祭で出る種目が少なくていいんだもん。それなら、私はプールの方が断然いいから。」
「泳ぐところも久しぶり。」
「ふふっ、そっか。学年も違うし、男女別だもんね。水泳部についていけるか心配だけど、頑張る。」
「おー、期待してる。」
そんなやり取りを三井は視界に端に入れながら、面白くないと不機嫌になった。
流川との関係は彩子から聞いているが、流川が渚だけには違う態度で接していることがどこか腑に落ちない。
チラチラと2人の方を見てはその度に機嫌が下降していく三井の隣に、円香が腰を掛けた。
「気になる?」
「…うっせえ、ほっとけよ。」
「何でみんな分からないかねえ?三井君ってこんなに分かりやすいのに。」
ケラケラと笑って三井の肩をバンと叩いた円香に、三井は顔を顰めた。
サバサバとした彼女の性格は三井も付き合いやすく感じている。
元不良の顰め面は中々に怖いものがあるが、何度も渚と一緒に会っていたせいか今ではすっかり慣れてしまっていた。
円香は気にならないといった様子で渚を目で追う。
「三井君、渚と付き合ってるんでしょ?」
「まあな。」
「おっ、即答!」
「当たり前だろ。悩む必要なんかねえよ。」
「うっわ、渚が聞いたら喜ぶだろうね。三井君に彼女ができて、渚に好きな人ができてって…同時期にそんな話が出たら普通はその二人を疑わない?」
自分の事のように破顔する円香に、三井は急に照れくさくなって顎の傷痕をさする。
それから本当は隣にいて欲しい人を遠目に見た。
「大体、あいつも俺の傍にいればいいと思わねえか?流川にホイホイついて行きやがって…」
「私に言われても。男の嫉妬は醜いよ、三井君。」
「うるせぇっ!!」
呆れたような視線を投げかけてくる円香に思わず咆える。
…何でこいつが隣にいるんだよ。
俺の隣は松島だろ?
三井がもう一度渚を見た時、彼女がすっと流川の陰に隠れた。
あ?と三井が疑問に思っていると、少しして出てきた渚は水着姿に変わっていた。
競泳用の水着は、水の抵抗を少なくするために伸縮性に優れている。
また、身体と密着するように一般的な水着より小さな造りになっている。
そして、背中の部分が大胆に開いているデザインが多い。
体の線がくっきりと分かってしまう姿に、三井は生唾を飲み込んだ。
おー!!と周りの男子から歓声が上がる中、渚は居心地が悪そうに手早く水泳キャップをかぶる。
じゃあねと流川と別れて戻ってきた彼女に、三井が食って掛かった。
「お前、流川の前で何やって…っ!」
「だって楓君、大きいもん。パッと脱ぐにはあまりバレないかと思って壁になってもらったの。」
「そりゃ確かに見えなかったけど!チクショウッ!!」
「…本音が漏れてるよ、三井君…」
あーあ…と盛大に引きながら指摘する円香の声など、三井の耳には入ってこない。
「てか、俺を呼べよ!!」
「えっ!嫌よ、三井君の前でなんてっ!!」
ギョッとしたように勢いよく否定すると、渚は荷物を円香に預けて出場者が集合する場所へ行ってしまった。
「何で松島は水泳なんかに出ることになったんだよ。」
不機嫌なまま当たり散らすように聞いてくる三井に、円香が肩を竦める。
「知らないの?渚、スポーツの中で水泳が一番得意だよ。」
「マジか?バスケじゃねえのか?」
「バスケは妹さんの相手をしているだけ。渚が自発的にやってたのは水泳らしいよ。」
コースの水を身体にかける渚を見ながら円香が言う。
「渚の泳ぐとこ、見たことある?」
「…ねえな。」
授業での水泳指導は男女別。
毎年ある水泳大会に渚は出場していたが、三井はサボりを決め込んでいた。
チャンスを2度も逃した昔の自分を怒鳴りつけたい衝動に三井は駆られる。
「綺麗だよ、あの子の泳ぎ。水泳部にも負けないんだから!」
自信満々に言い切る円香の言葉に、興味が湧いてくる。
渚の出場するレースがアナウンスされ、飛び込み台の上の選手に緊張が走る。
号砲と共に上がった飛沫が、キラキラと空中で煌めいた。
一斉に上がる応援の声。
水泳部がほとんどを占める出場者の中で、円香が言った通り渚は引けを取らない泳ぎを披露していた。
無駄な力を抜いたしなやかな蹴り。
前にある水を切り裂くような掻き。
スピードも全く劣っていない。
まるでイルカのようなその様に、三井は驚きを隠せなかった。
「…すげえな。」
「でしょ!?」
「あいつ、中学でも水泳部じゃなかったよな?」
「うん。」
「何であんなに泳げるんだよ?」
三井の当然の疑問に、円香がふふんと鼻を鳴らす。
「渚ね、身体が弱かったんだって。それで、健康のためにスイミングスクールに通ったらしいよ。そしたらみるみる泳げるようになって、コーチたっての指名で選手コースに所属してたんだってさ。」
「ほお。」
「大会とかも参加する時はそこのスクールを通してだったらしいから、渚が泳げるのってあまり知られてないんだよね。」
応援で聞こえづらいことを利用して、円香が渚の過去を話す。
必然的に円香に耳を近づけるようになりながらも、三井の目は渚を追いかける。
3分にも満たない往復はあっという間に終わってしまった。
壁にタッチした渚がゴーグルを外して飛び込み台から覗き込んでくる係を見上げる。
嬉しそうにストップウォッチを見せてくる手元を見て顔を輝かすと、競技の時とは一転して飛沫を上げずに端のコースまで泳いでプールから出た。
「ただいまの結果発表です。1位、玄武軍!3‐2、野口和夏!!2位、白虎軍!3‐8、松島渚!!…」
順位が発表される毎に爆発する歓声の中、セームタオルで身体を拭きながら渚は白虎軍に戻ってくる。
途端に囲まれて賞賛を浴びる彼女を、三井は少し離れたところで円香と見ていた。
すぐに円香のところへ来た渚は嬉しそうな顔で報告をした。
「タイム、昔とあまり変わらなかったよ!」
「よかったじゃん。相変わらずの泳ぎっぷりだったね。」
「さっきは調子がよかったみたい。泳いでいて身体が軽く感じたもん。」
「じゃあ、残りの種目も期待できるね!」
「う〜ん、全力は尽くすけど…」
タオルをギュッと絞れば吸い取った水が一気に流れ出る。
そこに気持ちよさそうに手を出しながら円香は荷物を指さした。
「着る?」
「ううん、バスタオル取ってくれる?さすがに風が冷たいわ。」
「贅沢者め!こっちは暑いんだぞ!!」
そう言うなり抱きついてきた円香に驚きながらも、渚も彼女を抱き返す。
「あーっ!渚の身体、冷えてて気持ちいい!!」
「円香の身体もあったまる。」
きゃっきゃっとはしゃぐ渚達を三井は呆れたような目で見た。
「お前ら…松島、早くタオルかけろよ。」
「ん、もうちょっと。円香の身体、柔らかくて気持ちいい。」
「おー、よしよし。いくらでも抱きついてくれ!渚の身体もスベスベで触り飽きないよ。」
「てめっ!離れろっ!!」
「ふふん、羨ましいかい?三井君。」
「てめえっ!!」
自慢げにぎゅうぎゅうと渚を抱きしめる円香に三井はいきり立つ。
「ホント、放したくない!三井君も触ってごらんよ。」
「きゃあっ!」
「うおっ!!」
ホラと急に引き離し、円香は渚を三井の方に押しやった。
そのあまりに急なことに渚はよろけてしまう。
あぶねっと咄嗟に出した三井の腕の中に、渚はすとんと収まった。
…ほっせぇ腰。
俺が腕に力を入れたら折れるんじゃねえの?
肉が付いてなさそうだけど、案外やらけぇのな。
うっわ、やべえ。
胸が当たってら…。
半ば呆然としながらもしっかりと渚の腰に手を回している三井に、円香が面白そうに声をかける。
「感想は…?」
漸くハッと気づいた三井は大慌てで腕の中にいる渚を引き剥がす。
「お、お前!近すぎっ!!」
「…仕方ないでしょ?円香がいきなり押すんだもん。」
彼女自身もバッと勢いよく離れ、顔を真っ赤にしながら三井に上目遣いで言い訳をする。
それから、完全に拗ねた顔で渚が円香を睨んだ。
そんな様子を意に介さない様子でケタケタと笑う円香に何とも言えない表情を向けると、三井は渚にバスタオルを渡した。
「いいから、早くタオルまいとけよ。」
「はぁい。」
「渚、アンタあと何に出るの?」
「個メとリレー。」
「最後まで水着のままか。写真撮ってもいい?」
「ダメに決まっているでしょっ!!」
手早くタオルで身体を覆って、渚は疲れたように円香の隣に座った。
「円香って時々意味の分からない行動するよね。さっきだって突然三井君の方に押すし。」
「え、意味分かんなかった?三井君も?」
「…さあな。」
ニヤリと笑った三井は意味ありげな視線を渚に送る。
そして円香にだけ聞こえるようにボソリと言った。
「いい仕事したな。」
「でしょ?私の仕事料は高いからね。」
「ぐっ…おぉ…」
苦虫を噛み潰したような顔で返事に詰まりながらも、三井の頭の中は渚でいっぱいだった。
わきわきと意味もなく手を開いたり閉じたりしてみる。
感触が忘れられねえ。
こりゃ、今夜夢に出てくるな。
ニヤニヤと緩んだ顔でいる三井に対し、渚は未だにドキドキしている胸を隠すのにいっぱいいっぱいだった。
次の日から、湘北高校には新しい噂が広まった。
三井の彼女は円香ではないか、と。
水泳大会の間ずっと親しげに話していたところを、女子達は見逃さなかったらしい。
それから渚の好きな人は流川で実は両想いではないのか、と。
何しろ白い集団の中で青い鉢巻をしたまま渚を呼び出したのがまずかった。
この噂が原因で、三井の機嫌が急降下しつつある。
真相を知っている円香だけが、一人でほくそ笑んでいるのだった。
2013.09.25. UP
← * →
(13/17)
夢幻泡沫