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セイレーン 番外編
キスなんてただの束縛 03
後夜祭のために特設されたステージから少し離れたところで、三井と渚はブラスバンド部の演奏を聴いていた。
あのバスケの後、家庭科部の後輩に強制的に連れ戻され最後まで接客をすることになってしまった。
もちろん、またあの衣装と化粧などをされて。
歴代最高記録を叩きだしてやる!と豪語した後輩の目論見は見事に当たった。
閉店間際まで列が途切れず、用意した材料が足りなくて何回近所のスーパーに駆け込んだことか。
大まかな計算でも、生徒会に渡す分や元手を差し引いても十二分に稼げたらしい。
ようやく接客が終わって衣装を脱ごうとした渚に待っていたのは、部員達との撮影会だった。
先輩後輩入り乱れての撮影会はなかなか終わらず、こうして後夜祭までこの格好で出る羽目になった。
バスケのこともあり、喫茶店のこともあり、ふうと深く溜息をついた渚の方を三井は向いた。
「どうかしたか?」
「…うぅん、何だかたくさん動いたなと思って。これ、着替えてきていい?」
ヒラリと裾を摘まみ上げて見せてきた渚に、三井の目が思わずチラリと見えた足に釘付けになる。
「…ダメだ。」
「何で?だってこれ…」
「他の奴らも昼間の格好のままの方が多いじゃないか。渚もそのままでいろ。」
「え〜…」
不満そうに衣装を見ていた渚だったが、フッと笑みを零して三井を見た。
「楽しかったね、文化祭。」
「おう。」
「私はあまり回れなかったけど…三井君は回れた?」
「ああ。赤木と木暮はチョコバナナ屋だろ、宮城と彩子は地味な展示だったろ、流川は…アイツは何をやってたんだ?それから、桜木が焼きソバ屋。ねじり鉢巻きが妙に似合ってた。」
「ふふっ、いいなあ。回りたかったな、私も。家庭科部も楽しかったけどね。」
「喫茶店、繁盛してたな。」
「お陰様で。かなりの売り上げだったらしいわよ。」
「バスケも楽しかったぞ。」
ニッと口の端を挙げて笑う三井に、渚も首を縦に振る。
「楽しかったけど、私は疲れた。そう言えば…初めに湊を紹介した時にあの子、散々『三井寿』って呼び捨てにしていたね。ごめんなさい。」
「あ?そうだったか?別に気にしてないぜ?」
「そう?それならいいけど。有名人をフルネームで呼ぶのと一緒の感覚なのよね、きっと。」
「お前の妹、すげえな。男バスのレベルに平気で合わせてくるんだから。」
「もう私じゃ相手は無理ね。」
「渚、最後はヘバってたもんな。」
「体力のない三井君に言われたくない!」
ポカリと投げ出した腕を叩く渚の拳を、三井は軽く受け止めると包み込むように握った。
急に優しさを見せる三井に渚の胸がドクッと高鳴る。
色付いた頬の彼女に穏やかな表情を見せ、三井はボソッと言った。
「…最後の文化祭に参加できてよかった。」
「うん…」
渚も微笑み、手を繋ぐように三井の指先を握り返す。
それにフッと嬉しそうな顔をして三井は指を絡めた。
ステージ上はいつの間にかカラオケ大会に変わっていた。
一人で歌う人、グループで歌う人、振付ありで歌う人。
アップテンポからバラードまで様々だったが、歌い終われば歓声と拍手が送られる。
渚も三井と拍手をしていたところに、友人の円香が声をかけてきた。
「お邪魔しま〜す。渚も一曲歌ったら?」
「イヤ。聴いているだけでいい。」
「何でよ!?折角そんな格好してるんだし、それらしい曲歌ってよ。三井君だって聴きたいでしょ?」
「そうだな…渚、歌って来いよ。」
「イヤよ!」
「じゃあそう言うわけで。渚、借りてくね。」
渋る渚の腕を無理矢理取って、円香は実行委員のところへ引っ張っていった。
しばらくして渚と円香がステージに立つ。
喫茶店での姿を再び見ることができ、生徒達がワッと歓声を上げる。
『松島先ぱ〜い』なんて黄色い声にゆるゆると手を振り返している辺り、慣れてるぜ…など三井は男として少し羨ましくも思った。
まあ、その『松島先輩』は俺の彼女なんだけど、な。
ひとりでに緩む口元を隠しながら三井はステージに目を向ける。
渚は円香と何やら話すと、マイクスタンドを2つ用意してもらった。
円香はブラスバンド部員らしく、フルートの音を確認している。
やがて流れてきた曲を三井は知らなかった。
だけどそれが中華っぽい曲だと言うことは分かる。
非常にゆったりとした漣のような節回しで歌う渚の歌声がすうっと全身に沁み込んできた。
…やっぱり渚の歌声はマズい。
今日は何であんなに色っぽいんだよ…
ゾクゾクする。
渚の全てを手に入れたくなる…。
歌詞の意味なんて全く分からなかったが、恋の歌だと言うことは分かった。
瞬き一つ出来ずにステージ上の渚を見つめながら三井はスッと立ち上がる。
遠くを見て歌う渚に、俺はここにいると知らしめるように。
他の奴らに聴かせるな、俺だけに歌えと願うように。
熱を持つ頬を持て余したまま渚を見つめれば、視線を流す渚と目が合う。
微笑んでから照れたようにまた目を伏せた渚に、三井はドクリと脈打つ心臓を抑えるようにギュっと拳を握った。
歓声と拍手が湧きあがる中でステージを降りた渚は、円香と別れて三井の元へ戻ってきた。
「…やっぱ歌わせなきゃよかった。」
「えっ!?聴くに堪えなかった?」
顔を青ざめさせてうろたえる渚に、三井は呆れたように息を吐く。
それからグッと顔を近づけて唇を掠めた。
「違ぇよ、ばーか!逆だっつうの。」
そう言って笑う三井の顔はとても柔らかく。
本日何度目になるのか分からない温かい感触は相変わらずドキドキして…。
「そろそろ門限だろ?行こうぜ。」
頬を染めて俯いた渚の腰に腕を回して、三井は後夜祭の会場を後にした。
2013.11.28. UP
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夢幻泡沫