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愛=煩悩
10
最近、よく要と目が合う気がする。
その度に絵梨は1人で気まずくなって…。
要から目を逸らすように、要を避けるようにして過ごしていた。
よくないのは分かっている。
だけど、要がいないことに安心してしまうのも事実で…。
「前よりも状況が悪化したかも…」
「なにがー?」
「ぅ…わぁっ!?」
「絵梨ー、迎えに来たよー★」
「…ありがとうございます、椿さん。」
「どーいたしましてー!」
急に湧いて出てきた椿に心臓が一瞬止まるかと思ったが、そう言えば少し前に右京に連絡を入れたのだ。
出来れば要以外の人がいい、と打診を忘れずに…。
椿が来てくれたことに絵梨はホッと息を出した。
「絵梨っていくつバイトしてるのー?」
「いくつって…?」
「だってここ、かなにーが言ってたバイト先と違うだろ?」
「あ、ここが正規のバイト先です。あそこは依頼がある時だけ弾いてるんです。」
「ふーん。なーなー、絵梨ってピアノ弾くんだろ?上手なの?」
「ええと、まあ…お金を貰えるくらいには…」
「すっげーな!あ、うち帰ろー。はい、どーぞ★」
「ありがとうございます。」
助手席のドアを開けた椿に礼を言いながら、彼が運転する車に乗る。
そのままぼんやりと窓の外を見ていると、椿が話しかけてきた。
「そー言えばさー。今日、現場で棗に会ったんだぜ★」
「…なつめ?」
「あれ?知らねー?棗は絵梨と知り合いだって言ってたけどー?」
「なつめ…さん、ですか?『なつめ…何』さんですか?」
「ぶっ!」
絵梨の質問に盛大に吹き出した後、椿はゲラゲラと笑い出した。
「…ちがうって!棗は下の名前。朝日奈棗、知らね?」
「…ああ、朝日奈さん。知っています、ゲーム会社の方ですよね?」
「そーそー★てか、気付かない?」
「え、気付く…?いえ、別に。朝日奈さんが…え…朝ひ、な…っ!?」
「ぶははっ!!」
「…あの、朝日奈さんて…まさか…」
「そー!そのまさか★棗はキョーダイの1人だぜ!」
「ええっ!?」
「絵梨、ちょーいー反応!!」
「ほんとに!?…何番目ですか?」
「7番目!梓と絵梨の間!!てか、俺と梓と棗は三つ子だぜ?」
「は…い?」
「俺と梓は同じタマゴの一卵性。棗はタマゴ違いの二卵性★」
目じりに涙を溜めながら椿が説明する。
「絵梨の画像見せたら、アイツもちょー驚いてた!」
「そりゃそうですよ!…えー、朝日奈さんもかぁ…」
「メールするって言ってたぜ?」
「えっ!?」
椿の言葉に慌てて携帯電話を取り出すと、メール受信のマークがついている。
「後で電話しなきゃ…。」
「絵梨と棗は何がきっかけで知り合ったわけー?」
「…何年か前に、彼のところのゲームのBGMを楽器で演奏するCDを出すって話が出たんです。うちの大学にも応募がきていて、教授からの推薦で…」
「へー、そうなんだ★そのCDって持ってる?」
「はい。」
「じゃー今度貸して!絵梨の音、聴いてみてー★」
「聴かなくていいです。」
「うわっ、冷てー!てか、今でも仲いいんだ?」
「仲いいというか…そうですね、時々会うくらいですけど。」
当時の棗は入社したてで会社の先輩についてプロジェクトに参加していた。
大学を出てすぐの企画だったので、歳の近い絵梨と打ち解けるのも早かった。
もともと兄貴肌な部分もあるのかもしれない。
大人ばかりに囲まれて萎縮していた彼女の面倒をよく見ていた。
それはCDが完成した後も続いており、メールをしたり電話をしたりしていた。
都合がつけばどこかに食事に連れて行ってもらうこともたびたびあった。
言葉や態度はぶっきらぼうだが、優しいのだ。
棗のことを思い出しながら微笑んでいる絵梨の横顔を盗み見た椿の胸に靄がかかる。
「…棗、今度シバく…」
「え?」
「何でもなーい★ほーら、とうちゃーく!」
「ありがとうございました。」
「お礼はギューでいいよ★もしくはチュー!」
「右京さんにしてもらってください。」
「マジ冷てー…。」
泣き崩れる真似をする椿を放って、絵梨はリビングへ夕飯を食べに向かった。
リビングに要の姿がないことにホッとした。
夕飯後の部屋では、必ず音楽を流すことにしている。
世界の名演奏を聴くことで自分の糧に必ずなる。
心が穏やかになる絵梨の大切な時間。
そこへインターフォンが鳴った。
「…はい。」
「こんばんは、ちょっといいかな?」
スピーカー越しに聞こえたのは要の声。
ドキリとする心臓を抑えて、絵梨は玄関を開けた。
「またこんな時間に来ちゃってごめんね。中、入ってもいい?」
「え…とっ…」
「大丈夫、何もしないから。今日は手をつなぐのも、キスするのも、耳を噛むのもなし。」
「当たり前です…」
「うん、そうだよね。約束する。」
「…分かりました。どうぞ。」
「ありがとう。」
要がほっとした表情に見えるのは、絵梨の目の錯覚だろうか?
奥から聞こえてくる音楽に心が落ち着くはずもなく、緊張しながら鍵をかける。
要はキョロキョロと部屋を見るような無粋なまねはしないで、絵梨のことを待っていた。
コンポを止めてクッションを勧めたものの、訪ねてきたというのに要は何も話さない。
絵梨がいい加減焦れてきはじめた頃、ポツリと要が零した。
「あのさ。」
「…はい?」
「この間はごめんね。」
「…」
「ドライブに行った時のこと。」
「…私のこと、からかったんですよね?」
「冗談でからかったりしたわけじゃないんだよ。キスしたかったのは本当。…でも、二度もきみの気持ちもなしにできないって思ったのも本当。」
「…」
「絵梨ちゃんってば、あれから全然俺と話してくれないんだもん。さすがにへこんでるんだけど。」
「…自業自得です。」
「ふっ…キツいなー…。もうしない、きみに嫌われたくはないからね。」
情けなく笑う要に胸が痛む。
こんな表情をさせたかったわけではない。
絵梨は顔を曇らせながら頭を下げた。
「…私こそ、避けていてすみませんでした。嫌な思いをさせてしまったかと思います。」
「きみが謝ることはないよ。悪いのは俺なんだから。」
「いえ…」
「今日からまた、キョーダイとして仲良くしてほしいな。」
「…はい。」
「良かった、安心したよ。さて、俺はそろそろ部屋へ戻るよ。」
「はい。」
「それじゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
腰を上げた要を見送ろうと絵梨も立ち上がる。
玄関まで行って靴を履き終わると、要は思い出したかのように言葉を続けた。
「…っと。ああ、そうだ。絵梨ちゃん。」
「はい?」
「いっこだけ伝えておくね。今はまだキョーダイだけど、この先どうなるかは誰にもわからないよ?」
「え…?」
「おやすみ。」
言いたいことだけ言うと要は玄関を開けて自分の部屋に戻ってしまった。
入室時の約束は守ってくれた。
だけど、『この先』とはどういうことだろう?
神妙な態度は形だけだったのだろうか?
いつも要は絵梨の心揺さぶっていく。
結局、要のことが理解できずに絵梨の気持ちは波立ったままだった。
2014.11.13. UP
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夢幻泡沫