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愛=煩悩
09
「はあ…」
家族旅行から帰ってきてからぼんやりとすることが多くなった。
どうしても要のことを意識してしまって…。
彼の声にドキリとしてしまったり、少し触れただけで過敏に反応してしまったり。
恋愛を知らない純白な少女じゃあるまいし…
「はあ…」
自然と出てしまった溜息に絵梨が自嘲していると、インターフォンが来客を告げた。
「…はい。」
「こんばんは。」
「要さん…」
「こんな時間にごめんね。ちょっと、いいかな?」
「なんでしょう?」
「うわ。そんな、露骨に嫌そうな顔しないでよ。ちょっと傷ついちゃうなー。」
「…なんでしょう?」
「実はさ、ドライブの誘いに来たんだ。今から付き合ってほしいなと思って。」
「今からですか?」
「うん。イイ所に連れてってあげるよ。」
「イイ所って…。」
「あれ。なんだか不審がってる?」
「はい。」
「うわ、ハッキリ言われた。傷付くな〜。」
即答した絵梨に要は苦笑うしかなかった。
「すごく景色のイイ所なんだ。だから、絵梨ちゃんに見せたかっただけなんだよ。」
「…」
「もし俺のことをあやしいと思うなら、京兄あたりに一言声をかけてから出かけてもいいよ。で、30分ごとに定期連絡を入れる。それで、どうかな?」
「…そこまで言うなら。」
要の提示条件に驚いた。
絵梨の心情を汲み取って、心配がないように手配している。
普段は軽い言動ばかりしかしないから誤解されやすいのだが、要も社会人なのだ。
女性が困らないようにスマートに行動できるのは流石の一言に尽きる。
頷いた絵梨に顔を綻ばせると、要は嬉しそうに言った。
「ははっ、良かった。旅行から帰ってきたあたりから、絵梨ちゃん俺にそっけないからさ。断られるんじゃないかって、ちょっと不安だったんだ。」
「…」
「それじゃあ、俺は京兄に声をかけてくるから。絵梨ちゃんも準備しておいて?」
「すぐに出られます。それに要さんがそこまで言ってくれるなら、右京さんに声をかけなくても大丈夫です。」
「…ふうん?俺のこと、信用してくれたのかな?」
「そこまで節操無しではないでしょう?こんな時間に部屋へ行ったら、右京さんに迷惑がかかると思いますし。」
「それ、遠回しに俺のことを責めてるの?でも迷惑を顧みずにきみを連れ出すくらいの価値はある場所だから、大目に見てほしいな。行こうか。絶対に後悔はさせないよ。」
そう言って出された大きな手に、絵梨は素直に自分のそれを乗せた。
「う、わあ…!」
「ね、キレイでしょう?びっくりした?」
「はい!こんなキレイな夜景、初めて見ました!」
「喜んでもらえてよかった。ここは、俺の秘密の場所だからね。誰にも教えたことがないんだ。絵梨ちゃんにだけ、トクベツ。」
「え…?」
「さっきも言ったけど、旅行以来きみがそっけないからさ。ご機嫌を損ねた、そのおわびにね。」
「おわびって…」
「ん?」
「…他の女性にも同じことを言っているんでしょう?」
「さすが。絵梨ちゃんには全部、お見通しなんだ?」
「やっぱり…」
深々と溜息をついた絵梨の態度を想定内だとばかりにクツクツと笑うと、要は真面目な顔をして絵梨の腕を両手で掴んで引き寄せた。
「冗談。この場所に連れてきたのは、本当にきみが初めてだよ。」
「…」
「俺のこと、意識してるよね?」
「…っ!」
「少なくとも、指と指が触れただけで醤油を落としちゃうくらいには。」
「なっ…!?」
「ごめん、ちょっと意地悪を言いすぎちゃったかな?そんなに怒らないで?」
「…」
「それに…怒っているところ、すごく申し訳ないんだけどさ。その顔、とってもかわいいよ。」
「な…っ!」
「俺、そういう顔に弱いんだよね。…ねえ、もう一度キスしてもいい?」
「何を言って…!?」
「海でした時みたいに…もう一度。」
「あれはっ…お酒を飲んでいたから…」
「あんな程度じゃ、俺もきみも酔わないよ。違う?」
「…」
「ね…?」
「…ダメです…」
「どうして?俺とのキス、そんなによくなかった?」
「そういうっ…ことじゃ、なくて…っ!」
…そうじゃないなら、どういうことなのだろう?
要さんはなぜこんなことを…?
頭が混乱する…
「俺はね、すごく良かったよ。きみとのキス。」
「…っ!?」
「だから…ね?」
いつの間にか後ろから抱き締められる格好になっていた絵梨は、慌てて身を捩ろうとした。
それを楽しむかのように要の腕が更に彼女に巻きつく。
ふっと耳に息を吹きかけられて思わずビクリと身体が反応してしまった。
「や…やめてください、要さん!」
「いやだ。やめない、よ。」
ゾクリと体に電気が走る。
耳元で囁かれる低い声に体中の熱が一気に上昇した。
目を瞑ってやり過ごそうとした絵梨の気持ちを見透かしたように、柔らかく湿った感触が耳に降りてくる。
「…んぁ…っ…」
「耳、弱い?こんなところ、男の舌で触られたのは初めて?」
「…」
「こたえて?」
答えられるわけがない。
いま言葉を発しようとしても、きっと意味をなさないから…
小さく首を振った絵梨に要の機嫌が上がる。
「かわいいね、感じてるんだ…?」
「…ふ…ぅ、ん…」
「俺ともう一度、キス…する?」
「…」
「…ねえ、絵梨。するよ…?」
絵梨の顎が大きな手で持ち上げられる。
ギュッと目を閉じたが、何も感じられない。
背中を通して伝わってくる熱いくらいの温もりも、気がつけば離れていた。
「さ。帰ろっか?」
「…え?」
何事もなかったように笑う要に、絵梨の頭がパニックになる。
結局、そのまま部屋まで送ってもらったが…。
キスしようと言ったり、急にやめたり。
要が何を考えているのか、絵梨には全然わからなかった。
2014.11.06. UP
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夢幻泡沫