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愛=煩悩
12
ソファに座っているのは、雅臣と右京。
その前には要と椿と梓と昴…例の4人が正座をさせられていた。
「で?なぜ私達は絵梨さんに連絡すら取れないのでしょうか?」
「…」
「黙っていてはわかりませんよ?いい大人が4人もいるのですから、誰か説明できるでしょう?」
「…」
淡々と事情を聞いてくる右京が怖い。
4人は首を縮こませて目線が下がっていく一方だった。
あの日以来、絵梨はマンションに帰ってきていない。
しばらく帰らないと次の日に絵麻に連絡を入れたきり、絵梨の携帯電話は繋がらなくなった。
もちろん彼女からの連絡もそれからはなく、事情を知らない兄弟達はどうしてそうなったのか全くわからないままだった。
「ねえ、要?そろそろ話してくれないかな?なんで絵梨ちゃんはマンションに帰ってこないか…知ってるんでしょ?」
「雅兄…」
「…いいよ、かな兄。俺が言う。」
意を決したように唇を噛むと、昴は最年長の2人を見た。
「あの日の夜、4人で酒を飲んでて…つば兄が絵梨姉達のことをどう思ってるか聞いてきたんだよ。俺、酔ってて…勢いで迷惑だって言っちまったんだ。」
「ありがちなパターンだと、それを絵梨さんにタイミング良く聞かれてしまった。…とでも言うのですか?」
ばつが悪そうにコクリと頷いた昴に、右京はため息をつく。
「だから、羽目を外すなと注意したんです。椿も自重しなさい。曲がりなりにも兄でしょう?」
「う…すみません。」
「でもこれで、どうして絵梨ちゃんが帰ってこないかはわかったね。」
「ええ。不肖の弟達が集団で彼女のことを傷つけた、ということもですが。」
「う〜ん…どうしようか。」
雅臣も右京も、弟達が本心で言ったのではないことぐらいわかっている。
けれど、聞かれてしまった言葉が言葉だ。
さらに絵梨と朝日奈兄弟との連絡手段が、彼女の意志で断たれてしまっている。
頭のいい彼女のことだ。
絵麻を間に入れたとしても、うまいこと妹を煙に巻いてしまうだろう。
「…こうなってしまったら、原始的な方法が一番うまくいきそうですね。」
「右京?」
「見ていてください、雅臣兄さん。きっと彼女をこの家に戻してみせますから。」
頼もしい次兄の言葉に、すっかり痺れてしまった足を崩しながら4人は安堵する。
「…もちろん、そのあとでお前達には私の手伝いをたっぷりとしてもらいますからね。」
すっとソファから立ち上がると、摩られている8本をそれぞれ踏みつけながら右京は絵麻に確認を取りに行った。
声にならない悲鳴と共に、4人はのたうつ。
珍しいことに雅臣は助けもしないで苦しんでいる彼等を見ているだけだった。
「絵梨さん。」
こんなところにいるはずのない人にいきなり声をかけられ、大学の正門を出ようとした絵梨は思わず反転した。
なぜ、あの人達がいるのだろう?
「…ええと、絵梨。どうしたの?」
「あの門は鬼門だったみたい。」
「あっそ…」
戸惑う円香に一言だけ返して、彼等の視界からなるべく早く消えるように足を動かす。
『帰れない』ではなく、『帰らない』。
この違いが分からないほど愚かではないはずなのに。
なぜ右京と、よりにもよって昴がいるのか…
小さな怒りを沸々とわかせながら絵梨は違う門に向かう。
…何も正門からじゃなくたって。
ちょうど反対側にある門に近づいたところで、ピシリと固まってしまった。
椿と梓がいるではないか。
ふう…と溜息をつくと、また体の向きを変える。
「…今度は裏鬼門?」
「そう。全く…」
「てかさ、あの人達は誰なのよ?」
「新しい家族。…だった人。」
「ああ。絵梨にケンカ売った人達。」
1人暮らしの円香のところに転がり込んだ時、経緯は話してある。
好きなだけいればいい、と絵梨の生い立ちを知っている円香も朝日奈兄弟に憤慨していた。
「次のところにする?」
「うん。ごめんね、付き合わせて。」
「いいよ、別に。大したことじゃないでしょ。」
門ならまだある。
気分を入れ替えるように円香と雑談をしながら向かえば…。
「あっ、りーちゃーん!」
「…」
「りーちゃーん!おむかえにきたよー!!」
「…絵梨、ごめん。アレは無視できない。アレを無視できるようなやつは鬼か悪魔だよ…。」
「あはは…うん…」
絵梨を見つけて嬉しそうにパタパタと走り寄ってくる弥に、円香がガクリと崩れ落ちた。
「りーちゃんっ!!」
勢いよく腰にギュ〜と抱きついてきた末っ子を、絵梨は観念したように抱き返す。
嬉しそうにニコニコと見上げてくる弥に目の高さを合わせてあげれば、弥は不思議そうに聞いてきた。
「りーちゃん、何でずっとおうちに帰ってこなかったのー?」
「…お勉強が忙しくて。ごめんね、弥くん。」
「ううん、お勉強がんばってるんだねっ!えらいえらい!!」
「ありがとう。」
「もうお勉強はおわった?」
「うん。」
「じゃあいっしょに帰れるねっ!やったー!!」
「でも今日はこれからバイトがあるの。」
「えー!?いっしょに帰れない?」
「ごめんね。」
隣から『ちょっと!なにこのかわいい生きもの!』とか『しれっと嘘ついてんじゃないわよ!』とか聞こえてくるのは、この際スルーだ。
「円香、後で連絡するから。」
「りょーかい。がんばってねー、イロイロと。」
「そうね…」
絵梨の肩にポンと手を置いて励ますと、円香は弥に手を振って帰った。
「ねえ、弥くん。」
「なーに?」
「『今日はバイトが入っているから、それが終わったら帰ります』って雅臣さん達に伝えてきてくれる?」
「うんっ!」
「自分で言いに行けばいいんだけど、時間がなくって。お願いできるかな?」
「まかせてっ!ぼく、ちゃんとできるもんっ!!」
弥が飛びついてきた時に門の方を見ると、雅臣が携帯電話を何やらいじっていた。
…たぶん、他の門にいる兄弟達を呼んでいるのだろう。
と言うことは、弥を彼等のもとに帰して他の門へ行けば大学から出られる。
むんっと気合を入れた弥の頭を優しく撫でてやる気を膨張させると、絵梨は弥の背中をポンと押した。
それを合図に走り出す弥を見届ける間もなく、絵梨も見張りがいなくなったであろう門へ向けて走り出した。
結果から言えば、絵梨の逃走は失敗に終わった。
いや、大学からの脱出は成功したのだ。
但し…バイト先のレストランに要がいた。
大学の門の全てを張られてしまっていた時点で、バイト先にも来ているかも…と半分予想は立てていた。
だから今日は休もうかと考えたのだが、急に休むと信用がなくなる。
そうなれば、次の依頼が来なくなってしまうかもしれない。
生演奏のバイトはかなりメリットが多いので、それは避けたかった。
要は絵梨のバイトが終わるまでじっと待ち、強引に車に乗せた。
「『帰る』とは言ったけど、『どこへ』とは言ってないでしょ。」
わざと言葉を濁した絵梨の考えをずばり言い当てると、要は車をマンションへと無言のまま走らせる。
リビングでは絵麻と弥以外の兄弟が揃って絵梨を待っていた。
「…話を聞いたよ。昴が君のことを傷つけてしまったそうだね。まずは長男として謝らせてくれないかな。」
「雅臣さん、そのことについてはあの日も言いましたが。私、怒っているわけではないんです。傷付いているわけでもなくて。だって、余所者に生活を乱されるのは誰だって嫌でしょう?ましてや異性なんですから。」
「絵梨姉っ!それはっ…」
「昴くんの言うことは間違っていません。余所者ですから、私は。でも、絵麻は…ここにいることを許してもらえませんか?」
「絵梨ちゃん、君は余所者じゃない!…そうだろう?」
「…」
「弟が言っちゃいけないことを言ってしまったようだね。申し訳ない。」
「雅臣さん、ですから…っ!」
頭を下げる雅臣に、絵梨は慌てて顔を上げるように言う。
「あのっ、本当に私のことは気にしないでください!絵麻が幸せならそれでいいんです。」
「…ねえ、絵梨。聞いて?」
「…梓さん…」
「昴が言ったことは忘れて?っつっても、難しいかもしれないけど。」
「椿さん…」
「みんな、きみのことは大事な妹や姉だと思っている。」
「俺がからかったせいで、ついあんなこと言っちゃっただけだから。ほんとだよ。」
「絵梨姉…悪かった。ごめんなさい。」
「だから…」
「絵梨ちゃんが怒ってないって言っても、うちを出たまんまじゃ俺達が嫌なんだよ。このままでいて大事な妹に何かあったら、それこそ俺達のせいじゃないか。…心配なんだ。」
「…」
「…戻ってきてくれないかな、絵梨ちゃん。もう絶対に嫌な思いはさせないから。」
「要さん…」
みんなが自分のことを引き留めてくれる。
それが絵梨はとても嬉しかった。
「…分かりました。」
「戻って、きてくれる?」
「はい。」
「よかった。ありがとう、絵梨ちゃん。」
「絵梨ー!仲直りのぎゅー★」
「お前達っ!まず言うことがあるだろう!!」
絵梨に近づく2人の首根っこを捕まえて右京が怒鳴る。
次男が声を荒げることなんて滅多にない。
4人は顔を見合わせると決まりの悪いようにすごすごと絵梨の前に並んだ。
「すみませんでした!」
揃って聞こえた震える声に、絵梨は呆気に取られたあとクスクスと笑ってしまった。
2014.11.27. UP
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夢幻泡沫