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愛=煩悩
14
それから1週間後。
事件は起こった。
両親の部屋の片づけを頼まれた絵麻が、自分の出生を知ってしまったのだ。
その場に居合わせた麟太郎からの連絡で、動ける兄弟達は直ぐに手分けをして探し始めた。
幸いにもすぐに見つかり父子で話し合いもでき、やれやれとみんなはそれぞれの部屋に戻った。
絵梨も自室に戻ったが眠れるわけもなく、コンビニでアルコールを大量に買うとバルコニーへ出た。
もうそろそろ冬の季節。
風は肌寒かったが、頭が冷えていい。
何本か缶を空けたところで、不意に穏やかな声が耳に入ってきた。
「何してるの?絵梨ちゃん。」
「…要さん?」
「うわっ、すごい空き缶の数。絵梨ちゃん、ちょっと飲みすぎじゃない?」
「そうですか?全然酔ってないんですけど。」
「えっ!?そんなに強いの?それとも…酔えないの?」
「…っ…」
「隣、いい?」
「…」
「いい?」
「…どうぞ。」
絵梨の了承を得た要はありがとう、と隣に座るとまだ開いていない缶のプルタブを片手で器用に持ち上げた。
「カンパイ。」
「…何にですか?」
「妹ちゃんが無事に見つかったことに。それから麟太郎さんと仲直りしたことに。あとは…俺達の妹でいてくれることに。」
「…カンパイ。」
鈍い音を立てて合わさったそれをごくりと飲むと、絵梨はぼんやりと空を見上げた。
「…きみは冷静だね。」
「…」
「妹ちゃんはあんなに取り乱してたのに、きみは泣いてすらいない。」
「…」
「でも、心では泣いている。違う?」
「…」
「俺は僧侶だからね。苦しんでいる人、悲しんでいる人を、結構見てきてる。」
「…私、泣いてないですよ。」
「そう?きみがどんな気持ちでいるのかは、なんとなくわかるつもりだけど。」
「私の気持ち?大丈夫ですよ。何にも思っていません、私は。」
「…俺の妹がそんな顔をしているのに、『はい、そーですか』って簡単には納得できないな。」
「妹じゃありません。」
「絵梨ちゃん…?」
「私、お父さんの…麟太郎さんの養女ですらないんですよ。」
静かに告げられた言葉に、要の目が大きくなる。
絵梨は相変わらず暗い空を見上げていた。
「私の両親は事故死したんです。1人になった私を麟太郎さんは引き取ってくれました。お世話になった先輩の娘だからって。私が6歳の時でした。麟太郎さんは養女にしてくれようとしたんですけど、私が拒んだんです。私の親はあの2人だって言って。」
「…」
「絵麻にも『お姉ちゃん』とは呼ばせませんでした。だって…姉妹じゃないんですから。」
「…そう。」
「もちろん、まぁちゃんは可愛いです。でも…妹『分』なんですよ。私は誰とも本当の家族には…なれ、ない…」
フフッと乾いた笑いを零す絵梨に影が差す。
体が急に温かいものに包まれた。
「…ごめん。嫌だったら言って。」
そう言われて、要が遠慮がちに包んでいるのだと気付いた。
「無理して笑わなくていい。思いっきり泣いてもいい。ここには俺ときみしかいないんだから。」
「…」
「ね?」
優しい声で言われてしまえば目が熱くなる。
初めに拒んだのは自分。
でも、麟太郎のことも絵麻のこともどんどん大好きになっていって…
新しい家族もとても優しい人達で…
血の繋がりがない分、戸籍の繋がりがない分、疎外感を覚えてしまう。
我が儘だけど…
「…まぁちゃんが、羨ましい…」
「…」
「昴くんに言われた時、傷付いてないって言ったけど…哀しかった…」
「…ああ、ごめんね。」
濡れていく胸元に、不謹慎にも要の口が綻ぶ。
ようやく絵梨が本音を吐露してくれた。
張り詰めていた糸が切れたように肩を揺らす彼女を愛おしく思う。
強情っぱりな絵梨を守りたくなる。
この感情をと言うのかわからないはずがない。
「…絵梨ちゃんが言った通り、俺はきみのキョーダイじゃない。」
「っ…」
「…でも。だからこそ、こういうことができる。」
繊細なガラス細工を触るかのように絵梨の頬に大きな手を添えると、要はゆっくりと顔を近づける。
驚きで開かれた目が何かを悟ったように伏せられた。
血色のよい唇を自分のそれで触れれば、思った以上の柔らかさに華奢な肩を抱いた腕に力がこもる。
絵梨の上唇を何度も食めば、唇から力が抜けた。
縋るように背中にまわされた細い腕に気をよくし、頬を撫でていた手を彼女の後頭部に移動させて固定する。
舌で誘えば少しの戸惑いの後に小さく広がった隙間。
そこに差し入れて絡ませると、甘い吐息と声が漏れた。
充分に堪能する前にギブアップが背中を通して伝えられる。
名残惜しかったのでリップ音を残して唇を放すと、くたりとした絵梨に潤んだ瞳で見つめられた。
けれど、その瞳から涙は流れていない。
「…大丈夫。きみの隣には俺がいる。俺がきみを支えてあげるから。」
静かだけれど、優しく力強い要の声が絵梨の心にすっと沁み込んでいく。
「…ズルい…」
「ははっ!俺、調子に乗りそう!」
そう言って力のこもった腕が絵梨には頼もしく思えた。
2014.12.11. UP
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夢幻泡沫