Main



愛=煩悩

02



ここは武蔵野市、吉祥寺の住宅街。

「…新しい家、新しい家族…かぁ。」

無意識にも緊張しているらしい気持ちを持て余しながら、絵梨は地図を片手に知らない道を歩いていた。

「『サンライズ・レジデンス』…『サンライズ・レジデンス』…。それにしてもこんなところにマンションを丸々一棟所有しているってすごいよね。一体、どんなところなんだろう…」

地図をくるくるとまわして常に進行方向を上にしながら周囲と比較して歩いていくと、ほどなくマンションが見えてきた。
玄関先では可愛がっている妹が大きく手を振っている。

「りぃちゃん!ここだよ!」
「わざわざ待っててくれたの?」
「うん。りぃちゃん予定より遅いんだもの。心配だったから…」
「ごめんね。」

絵梨が腕に絡みついてくる妹の頭を撫でながら苦笑を返していると、少し離れたところからクスクスと忍び笑いが聞こえてきた。

「ええと…」
「…失礼しました。絵麻さんがそんなふうにするところを初めて見たものですから。年相応の可愛らしい一面もあるのだな、と思いまして。」
「いえ…あの…」
「ああ、私は次男の朝日奈右京と申します。初めまして、ようこそいらっしゃいました。」
「…絵梨です。妹が先にお世話になっています。」

丁寧な大人の対応をする右京に、絵梨は恐縮したように頭を下げる。
本当なら絵梨も絵麻と一緒にマンションに入る予定だった。
けれど、大学との兼ね合いで絵梨だけ1ヶ月ほど遅れての合流になった。

「どうぞ、中へお入りください。」

柔らかな右京の声に促される様にオートロックの玄関を抜ければ、エレベーターを待つ間に簡単な間取りを教えられた。

「これから5階のリビングにご案内します。そこで兄弟達も紹介しますね。ちなみに5階は家族の共有スペースです。部屋はそれぞれ個人に一室与えられていますが、食事などは5階のリビングで一緒に済ませることになっていますので。」
「分かりました。」
「りぃちゃん、これからは面倒くさいからって食事抜きはできないからね!」
「…努力します。」
「私とりぃちゃんのお部屋は4階だよ。」
「勝手ながら荷物は部屋に入れてあります。後で整理されますか?」
「そうですね。そうさせてもらいます。」
「分かりました。すでにお聞き及びだとは思いますが、うちは男ばかりのむさ苦しい兄弟なんです。何かとご不便があるかもしれませんが、ご了承ください。」
「いえ…妹も楽しそうですし…これからよろしくお願いします。」
「この家で何か困ったことがあれば、すぐ私に言ってください。力になりますから。」

エレベーターに乗ってそんな会話をしていると、ポーンとなってエレベーターが止まった。

「では、この先がリビングです。どうぞ。」
「…お邪魔します。」

絵麻に手を引っ張られ右京の温かい言葉に背中を押されながら、絵梨はリビングへと踏み出した。



「きょーたーんっ!おねーちゃんっ!おっきいおねーちゃん、きたあ!?」
「弥ちゃん、ただいま。」
「おかえりなさい、おねーちゃん!」

走り寄ってきたのはニコニコと笑顔が可愛らしい小さな子。
その子の手を握りながら絵麻が姉を見た。

「りぃちゃん、この子は弥ちゃん。末っ子で13番目の子だよ。」
「はじめましてっ、朝日奈弥です!よろしくね、おっきいおねーちゃんっ!」
「絵梨です。よろしくね。」

弥の視線に合わせて腰をかがめながら手を差し出した絵梨に、弥は嬉しそうに握り返す。

「おねーちゃんはかわいーけど、おっきいおねーちゃんはきれーだねー!」
「…ありがとう。」
「『りぃちゃん』っておっきいおねーちゃんのこと?」
「そうよ。」
「ぼくも『りーちゃん』ってよんでもいい?」
「うん。」
「やったーっ!」
「ねえねえ、そっちばっかり盛り上がってずるくない?早く俺にも紹介してよ、京兄。」

新しく聞こえてきた声に絵梨が視線を上げると、目に飛び込んできたのはキレイな紫の着物だった。

「ようこそ、朝日奈家へ。初めまして、大きい妹ちゃん。」
「初めまして…」
「わたが言った通りだねえ、美人さんだ。俺も『りーちゃん』って呼んでもいいかな?」

そう言いながら手を差し出してくる彼に、絵梨も自然と手を差し出す。
握手のつもりだった彼女の手の甲に柔らかい感触が触れたのは直後だった。
しっかりと絵梨の目を見ながらキスをしてきた誰かを、絵梨は冷めた目で返す。

「あれ?動じないねー、りーちゃん。ねえ、今度は手じゃないところにキスしてもいい?」
「…足の甲ならいいですよ。それと、『りーちゃん』とは呼ばないでください。」
「…手厳しいね…えっと、絵梨ちゃんだっけ?」
「こら、要!」

慌てて止めに入った右京に殴られ、ようやく要の手が離れる。
ありがとうございますと絵梨が右京を見れば、彼の眉間には皺が大量に寄っていた。

「行儀の悪いクソ坊主が、驚かせてすみません。こいつは私のすぐ下の弟で、要といいます。」
「…お坊さん?解脱できていないのに?」
「…絵梨ちゃん…言うねえ…」
「生臭坊主で困りものです。絵梨さん、もっと言ってやってください。」
「でも、坊主ってのは合ってるよ。ありがたいお話を聞きたくなったら、いつでも俺の部屋においで?きみみたいなキレイな子なら、一晩中でもオツキアイしたいな。」

ウィンクを一つ飛ばしてくる要を、絵梨は鼻で笑う。
その後ろからまた新しい声が聞こえてきた。

「かなにーはさ、ほんと煩悩のカタマリみたいなお坊さんだよねー。そのアグレッシブさ、見習わなくちゃー★」
「…そういう椿はイヤミのカタマリみたいだけどね。」
「でもホントにかーいー!初めまして!椿でーす★」
「うん、綺麗だね。僕は梓です。」

どことなく顔が似ている2人なのに、挨拶が対照的だ。
ハデな感じの人が椿。
落ち着いた雰囲気の人が梓。
絵梨の中で第一印象と共にインプットされる。
更に眉間を厳しくした右京が呆れたように溜息をつきながら付け足した。

「絵梨さん、この2人は一卵性の兄弟なんですよ。」
「一卵性…双子さんですか?」
「よろしくね。」

ニコリと笑って梓が頷く。
横から弥が嬉しそうに絵梨に2人の情報を教えてくれた。

「あのね、りーちゃん!つっくんとあっくんはアニメやゲームの中のひとなんだよ〜!」
「…中の人?」
「俺達、声優なんだ。」
「せいゆう…」
「アニメやゲームのキャラクターの声を演じてる、って言えばわかるかな?」
「…あ、はい。」
「おっ!?わかってくれたー?」

嬉しそうにギュっと抱きついてきた椿に、絵梨の口から小さく悲鳴が漏れる。

「つば、きさん…っ!」
「お、さっそく名前覚えてくれたんだ!俺、ちょーうれしー♪」
「…離してください。」
「えー?なんでー?かなにーばっかりズルイでしょー!?俺も俺もー★」
「…」

ますますギュウと抱き締めてきた椿に絵梨が反応を示さないでいると、ボカッと音がして椿が蹲った。
梓が笑顔で片割れに拳骨を見舞ったのだ。

「何やってんの、椿。はあ…もう…ごめんね?椿が迷惑をかけたら、僕に言ってね。叱っておくから。」
「…ありがとうございます、梓さん。」

わちゃわちゃしながらもリビングにいる人全員が自己紹介をした。
今日から新しく一緒に暮らす家族、兄弟。
個性的な人が多くて…
絵梨は気付かれないように溜息をつくのだった。


2014.09.11. UP




(2/20)


夢幻泡沫