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問答無用の魔法

10



久しぶりに遊びに行った母校で衝撃的な話を聞いてしまった汐音の気持ちは複雑だった。
11月に入ってすぐ、ブライトセントレアの学院際に祈織から招待された。
チケットがないと入れないことは卒業生の汐音も知っていたので、校門で待ち合わせをして中に入った。
チャペルや校舎、現役の後輩達の姿に懐かしさに目を細める。
祈織のクラスは喫茶店をやっているとの事だったので、休憩がてら寄らせてもらった。
そこではブライトセントレアの制服を着て写真を取ることができるそうで、何年かぶりに汐音も制服に袖を通した。
その着替えている時に、弟と中学から同級生だというクラスメイトから聞いてしまったのだ。
祈織が中学生だった頃、彼女がいたこと。
大人しくて、ちょっと儚い感じの子だったこと。
とっても仲が良くて、幸せそうな2人だったこと。
それなのに…
祈織の高校受験日に、彼の目の前で事故によって亡くなってしまったこと。
即死だったこと。
その事故が雪の日だったこと。
彼女の名前は聞けなかった。
…でも、あまりに似すぎていた。
汐音もとてもショックだった事故と…。



それから数日後、麟太郎と美和の結婚式が執り行われた。
美和が特注で作ってくれたというドレスを身に纏って、汐音は早めに家を出る。
兄弟達はそれぞれの都合があるので、現地集合という形になった。
祈織を強引に誘って車を走らせ、式場の駐車場からチャペルへ直接向かう。
彼の過去を知ってしまって、どうしてもチャペルに行きたかったのだ。
『朝日奈家/日向家様御婚礼場』と書かれた案内板を横目に、廊下を奥へと進んでいく。
静かにドアを開ければ、正面に大きなステンドグラスが彩っていた。
その下に置かれているキリスト像、祭壇、燭台。

「…ブライトセントレアのチャペルと少し似ているね。」
「そうかな?」
「うん。…祈織くん、悪いけど少し時間をちょうだい?」

そう言って身廊を歩いて内陣の前へ行くと、手を合わせて親指をクロスさせた。

「…汐音!?」

しばらく祈っていると、驚いたような声が上からかかってきた。
その声にバッと顔を上げ振り返ると、驚きに目を丸くした女性が身を乗り出していた。

「…六花!」
「やっぱり汐音ね!ちょっと待ってて、すぐそっち行くから!!」

六花と呼ばれた女性はチャペルの中であることも忘れてバタバタと走り寄る。

「うわっ、ビックリ!どうしてここに?」
「…今日の新郎、私のパパなの。」
「えー!?ウソ!?」
「ホントよ。」
「おめでとう!」
「ふふっ、ありがとう。六花こそどうしてここに?」
「私、ここのオルガン奏者になったの。今日はあなたのお父さんのために弾くのよ。」
「六花のオルガンなの?嬉しい!」

互いに手を取って声を弾ませているのは、彼女達が再開したのが数年ぶりだから。
高校の時に同級生だった汐音と六花は仲良しだった。
六花は礼拝の時間によくオルガンを弾き、汐音はそれに合わせて独唱することが多かった。
ブライトセントレア生にしては珍しく、六花は卒業後に就職した。
だから、なかなか会う機会がなかったのだ。

「それにしても、くるの早くない?まだ時間までたっぷりあるでしょう?」
「うん、そうなんだけどね…。」
「…汐音?」

どこか言い辛そうにして汐音が言葉を濁すと会話が途切れる。
すると、それまで黙っていた祈織が躊躇いながら話しかけてきた。

「…汐音姉さん、この人は?」
「ごめんね、祈織くん。紹介もなしに勝手に話し込んじゃって。」
「それは別に構わないよ。」
「こちらは白石六花さん。高校の同級生よ。」
「こんにちは。」
「六花、こちらは朝日奈祈織くん。パパの再婚で新しく兄弟になったうちの1人。」
「初めまして。」
「祈織くん、六花はお姉さんなの…白石冬花ちゃんの。」
「っ!!」

瞬時に祈織の表情が固まる。
その反応を見て、汐音はああ…と鼻が痛くなった。

「六花、祈織くんは…冬花ちゃんの想い人よ。」
「…そう。あなたが冬花の大切だった人ね。妹を大事にしてくれてありがとう。」
「…」
「…ねえ六花、少しいいかしら?祈織くんにも聞いてほしいな。」
「え?あ、うん。」
「…わかった。」

声のトーンを落として会衆席の一つに座った汐音に、六花は何事だろうと眉を顰める。
2人が座るのを確かめると、汐音はここ数日のことを話しだした。

「…祈織くん、勝手に過去の話を聞いちゃってごめんなさい。でも…こんな偶然あるなんてって思ってたところに、六花との再開でしょう?私、何だかもう…」
「そうね、神様の思し召しかも…。」

どちらからともなくキリスト像を見ると、手を合わせて頭を垂れる。
祈織は無表情のままじっと前を見ていた。

「…汐音、あの子のために歌ってくれない?」
「ええ、私もそう思ってたわ。だから早く来たんだもの。六花、弾いてくれるでしょう?」
「当然よ。」

穏やかに笑むと、六花は立ち上がる。

「…祈織くん、中学生だったあなたには酷な事故だったよね?しかも目の前でなんて…。私ね、冬花は天に召されてしまったけど…見守っていてくれてると思うの。私や家族や…祈織くんのことを。妹を好きになってくれて本当にありがとう。…良かったら、一緒に冬花のことを祈ってあげて?」

2つ3つ汐音と言葉を交わすと、六花はパイプオルガンのある2階へとのぼっていった。
チャペルにあるパイプオルガンは入口の上、つまり参列者には見えない位置に配されることがある。
逆に内陣からは見上げることができる。
仕切りとなっている段差の前に立ち、入口の方を振り返る。
やがて静寂の中で聞こえてきた鳴響に汐音は身も心も委ねた。


2015.05.21. UP




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夢幻泡沫