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問答無用の魔法

09



「あっ、汐音!おつかれー★」

バイト帰りに少しだけリビングに寄ったところ、ソファに座っていた椿が振り返りながら労いの言葉をかけてきた。

「…ただいま帰りました。」
「ぶっ!なにその外回りから帰ってきたみたいな挨拶。フツーに『ただいま』でいいじゃん。」
「…」
「おかえりー、汐音★」
「ただいま…です。」
「んー、もう一息ってとこかな。バイトだったのー?」
「あ、はい。」
「マジおつかれー。夕飯食うんならきょーにー呼んでくるけど?」
「大丈夫です。ありがとうございます。」
「じゃあさー、俺にちょっと付き合ってくんねー?」
「え?」
「今さー、台本読んでたんだ。相手役やってくんね?」
「えっ、でも…」
「汐音、弥にやったげた音読うまかったじゃん★これ今度の仕事なんだけど、1人で読んでてもつまんねーし。いいだろー?」
「…ごめんなさい。今すごく眠くて…」
「えー!?なんだよ、それ。そんな断り方初めて聞いたー。」

ケラケラと笑いながら椿は汐音に近寄る。

「マジでちょっとだけでいーから。な?」

そう言って汐音の手を取るとソファに連れていく。
ボスンと自分が座ると、椿はすぐ隣に彼女を座らせた。

「台本が1冊しかねーから、悪いけどここにきてくれる?」
「あの…」
「んー?なにー?」
「…いいえ、何でもありません。」
「そー?じゃあ簡単に説明するけどさー…」

妹の渋りを軽く流して椿は汐音に台本を見せる。
反論することを諦めた彼女に嬉しそうに笑いかけると、登場人物やあらすじを話し出した。



「良く頑張ったな。…もう…休むと、いい…」
「…っ、でも…」
「何も心配することはない。俺はいつまでもお前の側にいるから。」
「…ずっ…と?」
「ああ、離れ離れになっても俺はお前を探し出す。必ず、だ。」
「それなら…怖く、ない…わ…」
「愛している。今までも、これからも。」
「…嬉し、い…」
「もう話すな。次に目覚めた時、真っ先に笑顔を見せてくれ。」
「ええ…必ず…」

多くないセリフの量は、逆に眠さを増す。
堪え切れず汐音は目を閉じながら椿の相手をしていた。
感じるのは彼の体温と息遣い、それといつもより低い声。
それが心地よくてなぜだか安心して、自然と口が弧を描く。

「私…幸せ、だった…」
「…俺もだ。」
「あなた、と…出会えて…共に、戦って…」
「ああ…」
「…あなたの、腕の中…温かいわ…安心す、る…」
「この腕も体も…心も、全てお前のものだ。」
「…私の…全て、も…あなた…の…」
「…おい?」
「…」
「…く、そっ…」
「…」
「…最期になって、ようやく…俺に寄りかかってくれたな…。…ゆっくり、休め…俺は永遠にお前を愛しているから…」

意識が沈んでいく中で聞こえてくる甘い囁き。
しっかりと包み込むような切ないけれど柔らかな声に、汐音の体は静かに傾いだ。
トンとかかった重みと頬に触れるくすぐったい感触。
椿がそっと顔を横に向けると、すぐそこで汐音が小さく寝息を立てていた。

「…うっわー、ヤバい★なにこの神展開!荒ぶるっつの!!」

悶えながら椿は呟く。
新しくできた妹は男なら絶対に二度見するだろうカワイさで。
初めは緊張していたのかあまり顔を見せなかったけれど、少しずつ共有の時間を過ごせるようになってきた。
一緒に過ごすようになって性格も素直で可愛らしいことが分かり…。

「たくさんかわいがって甘やかしてやりたいけど…それって、俺が汐音の兄貴だからなのかな?なんつーか…汐音に対しては、兄貴としてじゃなくて…もう、そーゆー領域を超えちゃってる気がしててさー…。」

同時に、他の兄弟が汐音と楽しそうにしていると面白くないと感じるようになってからだいぶ経つ。

「…なのに、キミは祈織と仲がいいよね。」

肩を抱くように腕を回し、その手で汐音の頭をゆっくりと撫でる。
髪がさらりと揺れて甘い香りが鼻孔をくすぐった。

「…つーか、やっぱ汐音うめーなー。セリフは少ないのに、読んでんじゃなくてちゃんと演じてたもんなー。ヤベ、ヘンな気持ちになってきた…」

汐音と演じていたのは、相思相愛の2人が死によって引き裂かれてしまう場面。
なかなか心を見せなかった『彼女』が最期の瞬間を『俺』の腕の中で迎える。
致命傷を負った『彼女』は自分の終わりを感じ取り、『俺』も自分の無力さを痛感しながら何もできない。
『俺』はどんなことがあってもまた『彼女』を探し出すと約束し、『彼女』は微笑んで逝ってしまう。
隣の汐音は単純に寝ているだけのはずなのに、直前まで台本を読んでいたせいか妙な気分だった。

「汐音も祈織のことが好きなんかなー…。…俺を見てくれないかな?俺の隣で笑ってくれない、かな…」

額にかかっている前髪をどかし、唇を寄せる。

「…あーあ…。最初はホントに、カワイイ妹っつーだけだったのになー…。…こんなにハマるなんて想定外だっつの…。」

自分の肩にかかる重みと柔らかさに苦笑が漏れる。
台本を閉じ、汐音が眠りやすいように肩の高さを調整した。
このまま朝まで誰も来んじゃねーと願いながら、椿も汐音に凭れるように彼女の頭に自分の頭を軽く乗せる。
すぐに登場して叫んだ挙句、その叫び声で汐音と自分を引き離した侑介にはとりあえず盛大な一発をプレゼントしておいた。


2015.05.07. UP




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夢幻泡沫