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問答無用の魔法

11



「あっ、棗じゃーん★」
「久しぶりだね。半年ぶり…ぐらいかな?」
「…お前ら、あいかわらず一緒にいるんだな。」
「なに言ってんの?俺と梓はずっと一心同体に決まってるでしょ。なー、梓?」
「はいはい。僕は別にどうでもいいんだけどね。」
「えー!?梓、冷たいー。」

抱きついてきた椿をやんわりとどけると梓は兄を見た。

「ほら、椿。汐音を探すんでしょ?」
「あ、そうだ。俺のかーいい汐音はどこだー★」
「…汐音?」
「ああ、棗は初めてだっけ?汐音は母さんの再婚相手の娘さん。すごく可愛いんだよ。」

さらりと言った梓に、棗の目が大きく開かれる。
それからすぐに目を据わらせると、深く息を吐きだした。

「…またそういう大事なことを俺に言わなかったのか?」
「だって棗だし。」
「…梓は本当に性格悪いよな、俺限定で。ということは、妹…になるのか?」
「棗にはやらねーぞ!」
「あのなあ…。椿の妹なら俺の妹でもあるだろ!」
「それでもやらんっ!!」
「そうかよ。で?どんなやつなんだ?」
「ふわっとしててー、かーいくてー、可憐でー、優しくてー、頭よくてー、歌が上手くてー、朗読も上手でー…」
「なんだよ、その歌だの朗読だのどうでもいい情報は。どうせ椿の主観が入ってんだろ?にしても、椿の言葉が本当ならスペック高いな。何モンだよ、そいつ?」
「俺のかーいい汐音ー★」
「説明はもういいから写真でも見せろよ。お前のことだから隠し撮りぐらいしてんだろ?」
「当ったり前じゃん!」

変なところで胸を張ってスマートフォンを取り出すと、するすると画像をピックアップした。
視線が一つもこっちを見ていない本当の意味での隠し撮りが何枚もあり、棗と梓の両方から呆息が漏れる。
それでも思い出したかのように棗は椿に聞いた。

「そいつ、車で来てるか?」
「どうだったかなー?」
「たぶん車だよ。僕たちが出る時に、彼女の車がうちの駐車場になかったから。」
「ああ、じゃあ見た。…確かに目を引く可愛さではあったな。」
「だから棗にはやんねえって。」
「…教えてやらねえ。」
「あっ!棗のくせにナマイキ!!」
「棗、教えてくれるよね?」
「なんだよ、梓も気になってんのか?」
「まあね。だから教えてよ。」
「…あっちの方に行った。でも、祈織と一緒だったぞ?」
「祈織?」
「…またアイツが一緒なのかよ。」

疑問声の梓に、声が低くなる椿。
棗が声をかけるのを一瞬ためらってしまった時、少し離れた所から3人を呼ぶ声が聞こえた。

「つばちゃん、あーちゃん、なっちゃん。」
「あ、かなにー。」
「なにやってんの?そろそろチャペルに集合する時間だよ。」
「ヤベ!もうそんな時間?」
「うん。」
「ねえ、かな兄。汐音見なかった?」
「妹ちゃん?…見なかったねえ。もう来てんの?」

キョロキョロと辺りを見回しながら要は汐音の姿を探す。
けれど見つけられずに肩を竦めた。

「妹ちゃんのことだから心配しなくても時間になったらチャペルに来るよ。さ、俺達も行こう?」
「ああ、そうだな。」

弟達を促しながら要はチャペルの方へ進む。
それは棗が汐音を見かけたと言った方向だったので、3人も世間話をしながらついていった。



扉を開けて4人は動けなくなってしまった。
チャペル中が汐音の歌に包まれている。
よく響くパイプオルガンの音に負けていなかった。
細いけれどもよく通る声。
静鏡な湖面に小石を投げいれても波紋が広がるように、静黙とした空気をその甘く澄み透った声で震わしている。

「…す…げ、ー…」
「…なに、これ…」

声のプロである椿と梓が圧倒されている。
たった1人の声。
その声に大の男が何人も瞬間的に支配されてしまった。
緩い纏め髪。
それを飾るレースのリボン。
エアリーなデザインの淡いピンクのドレス。
すらりとした華奢な足。
祈るようにお腹のところで組まれた細い手。
天を仰ぐように上に向け瞑目している整った顔。
聖女のようだった。
そばの会衆席には祈織が座っている。
後ろ姿で表情は見えなかったが、彼の肩がわずかに震えているように見えた。

「かな兄、祈織…大丈夫か?」
「…なっちゃん、ありがとう。大丈夫だよ、妹ちゃんの歌には敵意を感じられないから。この歌は…そうだな、散華に似てる感じがする。」
「散華、はよく分からないが…それならいいけど…」

眉を顰める棗の後ろから、驚いた声が空気を壊すことを恐れているように小さく掛けられた。

「…汐音さん…すご、い…ですね。」
「カラオケはお遊びだった…ってこと?へえ、姉さん…やってくれるね。」

他の兄弟達が入口に集まってきている。
だがチャペルの…汐音の雰囲気にのまれたのか、誰一人として入口から中へ踏み込もうとはしなかった。
心が洗われるような歌が終わる。
感嘆の息を吐き出し、ようやく兄弟達が入ろうとした。
そのとき、真上でパイプオルガンが1音ならされる。
はっとして汐音を見ると、微かに柔らかく笑んだ彼女が祈織の方を向いて新しい歌を紡ぎ出した。
その歌に、祈織の肩が大きく揺れる。
沈んでいた頭が大きく持ちあがったかと思うと、じっと姉のことを見ていた。
無音の中、汐音の歌だけが祈るように広がる。
転調して歌が盛り上がりそこにパイプオルガンが加わった瞬間、祈織がガタンと立ち上がった。
彼女に駆け寄り、その前で跪く。
汐音のドレスを掬いあげると、救いを求めるように…赦しを請うように、裾に唇を寄せた。

「…なあ、なっちゃん。覚えてる?」
「なにをだ?」
「高校に入って一時期、祈織が落ち着いていたことがあっただろう?」
「…ああ。」
「あの時どうしてか祈織に聞いてみたら、文化祭でずっと聴きたいと思っていた歌が聴けたと言っていたんだ。」
「…」
「妹ちゃん、ブライトセントレア卒なんだって。」
「…聞きたい歌ってもしかして、これのことか?」
「分からない。そこまで詳しくは聞けなかったから。でも、たぶん…。祈織にしては珍しく、妹ちゃんと会ってから彼女にベッタリだったからね。」

嬉しそうな悔しそうな痛々しい笑みを浮かべて、要が汐音を見る。

「でも…なんでかな?この歌を聴いていると俺も救われるような気がするんだ…」
「かな兄…」

歌うのをやめずに好きなようにさせていた汐音が、ゆっくりと弟の頭に手を置く。
慰めるように、言い聞かせるように、痛みを分かち合うように…。

「…久しぶりだね…汐音が本気だ。」

あまり聞き慣れない声に兄弟たちが横を見ると、今日の主役の1人である麟太郎が目を細めてその光景を眺めていた。

「…麟太郎さん、あなたはここにいては…」
「うん、だけど…汐音があまりにも綺麗だったから、正面で聴きたくて。親バカでごめんね。」
「…いえ、確かに今の彼女は美しいです。」
「椿くんと梓くんの前で言うのもおかしいんだけど…汐音、いい声でしょう?」
「はい。」
「汐音はね、ずっと聖歌隊のソリストをやっていたんだ。」
「…どーりで…」
「歌が上手いわけだ。」
「それだけじゃないんだよ、汐音は…」
「パパ。」

歌い終わった汐音は、祈織を慈しむようにずっと見つめていた。
自分の歌が終われば当然音もなくなる。
静かになったチャペルには父親と兄弟の会話が響いていた。
聞こえていた会話に彼女の視線が上がると、頭も同じように上がる。
そこには困ったような笑みがあった。

「それ以上は言わないで。」
「…わかったよ。」
「今日はおめでとう、パパ。でも、新郎さんの場所はそこじゃないでしょ?」

そうだね、と笑いながら麟太郎はチャペルの中に入る。
その足音に、跪いたままの祈織が立ちあがった。

「…汐音姉さん、ありがとう。」
「ううん。私こそ、この時間を共有させてくれてありがとう。」

綺麗な笑みを見せる祈織にはもう危うげなところは見えなかった。
コツコツと要まで近寄ると、首にかけてあったクロスを取りチェーンごと差し出す。

「…ごめんなさい。要兄さんにも、ずっと心配かけてたよね。」
「いお…」
「もう大丈夫だから。汐音姉さんと…要兄さんの、おかげだよ。」
「…確かに受け取った。」
「要兄さんは、ここのクロス…どうするの?」

鎖骨下にそっと手を当てながら言う祈織の問いには答えずに微笑む要。
同じように返す祈織。
和やかな雰囲気のまま始まった挙式は、おそらくずっと忘れられないだろう。
要の笑顔も、祈織の微笑みも。
兄弟達の笑顔も、美和の微笑みも。
とても嬉しそうだった。



→ 祈織√ 『2人で生きていきたい』


2015.06.11. UP




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夢幻泡沫