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問答無用の魔法

13



それからの汐音は、できるだけ兄弟達といることを避けた。
特に用事もないのに朝から家を出て、夜は遅くまでバイトをする。
休日や祝日もできるだけバイトを入れ、朝日奈家にいる時間を極力短くした。

…どんな顔をして兄弟達と過ごせばいいのか分からない。
今まで通りに接する彼らだが、気を遣っているのは火を見るより明らかで…。

1人一部屋あることが今はとてもありがたかった。
部屋で一人静かに過ごしている時間は、心身ともに落ち着ける。
温かい飲み物と一緒に休んでいるところに、ピンポーンと来客が来た。
この頃はあまり来ることのない訪問者に汐音はビクリと体を揺らす。
スコープを覗くと椿が立っていた。
はい、と返事をしてドアを開ける。

「やー★」
「椿さん。」
「今、ちょっといい?」
「…何でしょうか?」
「うん。これ、一緒に見たくて♪」

見せられたパッケージには椿が出演しているアニメが描かれていた。

「これ、汐音が練習に付き合ってくれたあの場面が収録されてんだ。感想を聞きたいなーって!」

本当は部屋に入れたくない。
けれど、断るのは露骨すぎる。
当たり障りなく、だけど少しずつ彼らを遠ざけたい。
汐音は意識して笑顔を作ると頷いた。

「…分かりました。どうぞ、入ってください。」
「やったー!じゃあ、お邪魔しまーす★」

嬉しそうに笑うと、椿は汐音の部屋に上がり込んだ。
自分のコップをどけて、椿の分と一緒にもう一度温かい飲み物を淹れる。

「どうぞ。」
「サンキュ、汐音。さっそく見ようぜ?」
「はい。」

渡されたDVDをデッキに入れる。
一緒に見るとは言ったものの、汐音はあまり気が進まない。
程なく始まったアニメを汐音はぼんやりと、椿は真剣に見た。

「うーん…。やっぱ、俺の演技ってまだまだだよなー…。」
「…どうしたんですか、突然?」
「これを収録したのって、少し前なんだけど…。改めて聞くと、すげー恥ずかしいな…。今だったら、もっとうまく演じられるはず…そんなことをいっつも考えているんだ、俺。」
「…そうですか?これを収録した時は頑張ったんじゃないですか?」
「がんばれば、いい演技ができるってわけじゃないよ。それに…それに、演技力だったらいつだって梓の方が評価されているし。」
「椿さんもすごい人気じゃないですか。」
「人気はね。でもそれだって、梓とセットだからだよ。一卵性の声優なんて、話題性はあるからな。でも、俺は実力が評価されてるわけじゃない。」
「…そう、なんですか…?」
「…俺、昔からアニメやゲームが大好きでさ。声優になるのが、ガキの頃からの夢だったんだ。これしかねーって自分の中で決めてたから、高校の卒業と同時に養成所に行って。運よく、今の事務所に所属できたんだ。」
「…」
「でも、なんか物足りなくて。」
「物足りない…?」
「毎日夢を追う日々に満足する反面、なんか足りねーって。やっぱ梓がいないとつまんなかったんだよ。だから大学へ通っていた梓を、俺がこの世界に引っ張り込んだんだ。」
「そうだったんですか。」
「うん。それから梓は夜間の養成所へ通い出したんだけど、すげースピードで実力を付けていったんだ。俺が2年かけてやっと到達したレベルに、梓は数か月で追いついてきたと思う。あいつ…昔から、なんでもできたから。天才肌ってゆーのかな?何をやらせてもうまくできるんだ、梓って。おかしーよな。一卵性の兄弟なのに、俺はそんなんじゃない。」
「…」
「その後は…ただファンにチヤホヤされてるだけの俺とは違って、梓はどんどん演技力を磨いていったよ。」

苦笑しながら椿は汐音を見る。
困ったような、悲しいような、泣きそうな…複雑な笑いだった。

「梓をこの業界に引っ張ってきたことは後悔してないよ?あいつがそばにいるのは、やっぱ楽しいしね。ただ…梓の才能を目の当たりにすると、時々すごく胸が苦しくなるんだよ…。」
「椿さん…」
「…って!なんか暗い話聞かせちゃったな。ごめん、ごめん★」

一転して無理に明るく言う椿に汐音は眉を顰める。

「そんな顔すんなって。汐音、ちょっとおいで?」
「…はい?」
「いーから★ほら、早く。」
「は、あ…」

言われるままに椿のそばに近づくと、腕をぐいと引っ張られる。
バランスを崩して倒れそうになるのを椿は汐音の背中から抱きとめた。

「ちょっ…椿さん!?」
「…汐音。そのままで聞いて。」

抗議の声を上げた汐音の後ろから真面目な声が聞こえてくる。
腰に回っている腕にもぐっと力が込められた。

「一つ、すげーやりたいアニメがあるんだ。俺が声優を目指すきっかけになった、シリーズもののロボットアニメなんだけど。演技もまだまだだし、梓には負けっぱなしの俺だけど。あのアニメだけはいつかやりたい。」
「…椿さん。」
「いきなりわりーな。なんとなく、汐音には言っておこうかなーって思っただけ。気にしないでー。」

椿にも悩みがあることを汐音は知った。
けれど、やっぱり彼は楽しそうに笑っている方が似合う。
最終的には明るい声で冗談ぽく密着を深めてきた椿の手に、汐音は自分の手を重ねた。



「でさー。」
「はい?」
「汐音はいつまでフテくされているわけ?」
「え…?」
「何をそんなに怖がってんの?」
「…何のことですか?」
「麟太郎さんとの一件だよ。」

ズバリと突かれた核心に、汐音の体がビクリと反応する。

「…」
「もしかして麟太郎さんの話を聞いて、自分が養女だと認めるのが怖いのか?その話が決定打になって、いよいよ1人っきりになるとでも思ってんのか?」
「…そこまで子供じゃありませんよ。私が養女なのはもうみなさんが分かっていることですし。」
「だったら、なんで俺達のことを避けてるの?」
「…避けていませんけど?避けているように見えましたか?」
「うん。完っ璧に俺らから離れる気マンマンに感じてる。」
「そんなつもりはありませんけど…。すみません、気を付けますね。」

動揺を感じ取られないように努めて柔らかい口調で話す。
避けていたのは事実だ。
だけど、本音は誰にも知られたくない。

「…あのさ。汐音がウチに来た日のこと、覚えてる?」
「え…?」
「俺は、覚えてるよ。すっげーよく、覚えてる。妹ができたことが、本気でうれしかったんだ。」
「だって、それは…」
「そ。まあ…萌えの対象として、な。最初はそうだったよ。否定はしない。こーんなに妹萌えの俺が男ばっかりの家に生まれたのはマジ不幸だって、心の底からそう思ってたからなー。」
「…はあ。」
「でもさ。実際に妹…つーか、汐音と暮らし始めてだんだんわかってきたことなんだけどさ。萌えとは別の意味で、いつの間にかキミが大事になってた。」
「え…?」
「汐音はいつでも、俺らに気を遣っている。いつでも一歩引いていて、でもそれを分からせないようにうまく立ち回って。いつまで経っても敬語を崩さないのも、そーゆーことだよな?俺はそういう汐音をいつまでもカタイなーって思う反面、好ましい?好感が持てる?なんつーか、そんなふうに思う。」
「椿さん…」
「そんなコが家族になったんだ。大事に思って当然だろ?こんなイイコ、ちょっといないぜ?だからさあ、汐音。俺は血が繋がっていようがいまいが、汐音のことがもう大事な存在になってる。それって、麟太郎さんもそうだったんじゃないか?キミのこと、大事だったんじゃないか?」
「大事…私が…」
「そーだよ。いーか?キミは1人じゃない。汐音を大事に思ってるヤツが、汐音を1人になんかさせない。…それくらい、わかれ。」
「…」
「こんな重大なこといきなり突き付けられれば、困惑もするよな。だけど、そーゆー時は俺がいるだろ?無理に冷静になる必要はねーんだよ。泣きたかったら泣いていいんだから。」
「…泣くほど幼くもないですよ。」
「ホントかー?」

くるりと妹の体を反転させて、椿は顔を覗き込む。
そこにあった予想通りの顔に小さく息を吐くと、ポンポンと頭を撫でながら椿は優しく両手を広げた。

「涙ためてるヤツがなに言ってんだよ。ほら、優しいおにーちゃんがギューってしてあげよう。これ、妹である汐音だけの特権だからな!」
「…」
「汐音ー?」
「…椿さんのバカ…」
「ひっでー。」

クツクツと笑うと俯いたままの汐音を抱き寄せる。
逆らうことなく凭れかかってくる柔らかい身体を、椿は彼女が落ち着くまでゆっくりとあやした。


2015.07.16. UP




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夢幻泡沫