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問答無用の魔法
14
「もしもし…あ?…ああ、あず兄か。後ろがうるせー…」
侑介が呆れたように会話をしている。
相手は梓のようだ。
弥にせがまれて侑介と昴と汐音の4人でトランプに興じていた時、リビングの電話が鳴った。
ゲームを中断して様子を聞いていた3人の耳に、侑介の断片的な声が入ってくる。
「は?つば兄が潰れてる?知らねーよ、そんなこと…迎え?今日はあず兄より上の奴いねーぞ。タクシーで帰ってこいよ…は?あず兄も、って…電話できるくれーなんだから大丈夫だろ?…いや、ちょっと待てって…」
「つっくんとあっくん、どうしたのかな?」
「…飲みすぎたんだろ?迎えにこいって言ってるぐらいなんだから。」
「でも、今日はまーくんもきょーたんもいないよ?」
弥と昴がボソボソと話しているのを横目に、汐音は成り行きを見つめた。
雅臣は当直、右京はクライアントからの急な呼び出しでそれぞれ仕事先にいる。
要は外出中、琉生は仕事中と車を運転できる兄弟は尽く家にいなかった。
「いや、すば兄はいるけど…」
「無理だぞ。うちの車、全部ではらってる。」
「車、全部使われてんだって。残念だったな、あず兄。…は?動けねーって…んなもん、俺に言われても困るよ。…だからっ…」
「珍しいな、あず兄までそんな状態になるって。」
「大丈夫かなー?」
驚いた様子の昴と半分わからない状態で心配している弥の会話を聞いて、汐音は侑介から受話器を借りた。
「もしもし、汐音です。」
「あ、汐音ー?梓だけど…」
「…結構飲まれていますね。」
「ごめん、ついね。侑介に聞いたんだけど、迎えは無理そうだって?」
「あ、はい。雅臣さんから琉生さんまでいらっしゃいませんよ?車もないそうですし…」
「参ったな…。椿がね、限界なんだ。かなり飲んで歩けなくなってるんだ。」
「タクシーまでも無理なんですか?」
「んー、正直言うと僕がタクシー苦手なんだよね。飲んでいない時だったらどうにでもなるんだけど、あの独特のにおいがさ…」
「…分かりました。私が迎えに行きます。お店の住所は分かりますか?」
「んー、ちょっと待ってくれる?」
少しして教えられた住所のメモを取ると、汐音は電話を切った。
「梓さん達を迎えに行ってくるね。」
「は?こんな夜遅くにかよ?」
「うん。歩けないって言っていたし、仕方ないよ。」
「しお姉が行くことねーだろ?酔っ払いはほっときゃいーんだよ。」
「確かに侑介くんの言う通りな部分もあるんだけど、明日も仕事があるだろうし…ね。」
「大丈夫なのか?姉貴の車を借りて、俺が迎えに行こうか?」
「昴くんもありがとう。でも大丈夫だから、戸締まりとお留守番をお願いするね。」
「あ、ああ…」
「おねーちゃん、気を付けてね。」
「弥くんもありがとう。行ってきます。」
メモを片手に立ちあがると、汐音は部屋に戻って準備をしてから車に乗り込んだ。
言われた店の近くに車を止め、電話をかける。
少し間があってから出た梓に個室の部屋番号を聞くと、汐音はすぐ向かいますと通話を終わらせた。
騒がしい店の中、教えられた部屋は障子戸で閉まっていた。
「朝日奈です。椿さんと梓さんの迎えに来ました。」
木枠をノックし声をかけると、中からどうぞ〜と明るい声がする。
「失礼します。」
「お〜!妹さん、椿くんの言う通りカワイイね〜。」
「…はあ、どうも。」
中にいるのは声優仲間だと聞いていた。
誰もがいい感じに酔っていて軽い言葉で出迎えられた。
ぐるりと遠慮がちに室内を見回せば、隅の方で椿が寝転がっている。
その隣で、梓が苦笑いを浮かべていた。
「ごめんね、汐音。」
「いえ…珍しいとは思いますけど。」
「僕ひとりなら何とか帰れるんだけど、椿を抱えてとなるとちょっと無理かなーって。」
「椿さんは…」
「ごらんの通り潰れてるよ。荷物頼んでいいかな?車までなら椿を運べると思うから。」
「手伝います。」
汐音は椿のそばまで行くと、遠慮なくゆさゆさと体を揺らした。
「椿さん?汐音です、迎えに来ました。」
「んー?」
「汐音です。椿さん、帰りますよ?」
「汐音ー?」
「そうです、汐音です。椿さん、歩けますか?」
「えー?無理ー。」
「…飲みすぎです。梓さんと一緒に支えますから、立ってください。」
「やだー。もっと飲むー!」
「充分飲んでいます。帰りますよ?」
「汐音も一緒に飲もうぜー!」
「…そしたら誰が運転するんですか?いいから立ってください。」
纏められた荷物を梓から受け取ると、汐音は椿の片側から体を支える。
「汐音、やーらかい★」
「そんなこと、どうでもいいですから歩いてください。」
「梓ー、汐音が冷たいー!」
「僕も余裕がないんだけど?椿、歩いて。」
「汐音ー、梓が冷たいー!!」
「いいから帰りますよ。」
「なんだよ、2人してー!!」
「…すみません、迷惑をおかけしました。後日、改めて2人からお詫びしますので。今日はこれで失礼致します。」
3人のやり取りをゲラゲラ笑っている声優仲間に会釈をすると、汐音は掛け声とともに立ち上がる。
体の力を抜いて寄りかかってくる椿を梓と引きずるようにして歩き出した時、閉めた障子戸がスッと開いた。
「あれ、女の子がいる。…って、紫苑?」
「え…!?」
「やっぱ紫苑か!」
「あっ!裕くんっ!!」
驚顔が破顔に変わる。
汐音は椿の脇からさっと抜け出すと、裕くんと呼んだ男性に駆け寄った。
「裕くんっ!」
「紫苑、会いたかったぞ!」
「私も!!」
汐音が離れたことでバランスが崩れ、梓と椿はうわっと小さく悲鳴を上げながら縺れるようにして倒れた。
そのまま呆然としながら汐音を見上げる。
「なんでお前がここにいるんだよ?」
「あー…あのね、椿さんと梓さんのお迎え。」
「ふーん。ってことは、椿と梓の妹がお前ってわけ?」
「まあね。」
「お前も含めて贅沢な兄弟だな。」
「…椿さんと梓さんはともかく、私もってそんなことないでしょ?」
「お前も兄弟なんて充分贅沢だってば。てか、迎えって車だろ?そんな歳になったんだなー。」
「もう成人したもん。車もお酒も大丈夫だよ!」
「じゃあ一緒に飲もうぜ?」
「これから車で帰るから無理に決まっているでしょ!」
「ちっ、つまんねえの。」
「裕くんはまだいる?帰るなら送るよ?」
「マジでー?俺もそろそろ帰ろうかと思ってたんだよ。乗っけてってくれるか?」
「もちろん。」
「ラッキー!」
ニコニコと嬉しさを隠さない笑顔を汐音は相手に向けていた。
裕くんと呼ばれた彼も、目尻を下げて汐音を見つめている。
気負わない会話が続く様子に椿と梓は黙っていられなかった。
「随分と仲がいいんだね?」
「あ?俺と紫苑か?」
「そー。なに、知り合い?」
「知り合いもなにも…もう何年の付き合いだ?」
「え…と、5年?6年?」
「だな。このごろ会えなくてさびしかったんだぞ?」
「ふふっ、私も。」
さっきから聞いてりゃ、随分と仲がよさそうじゃないか。
汐音もすげーいい顔で笑ってるし。
なんで他の男にそんな笑顔見せるんだよ!?
すっげームカつく。
「…まさか付き合ってるとか?」
低く発せられた梓の問いに、椿の顔が険しくなった。
「そうなんです!お兄さん方、紫苑を俺にください!!」
「ちょっと、裕くん!こんなところでなに言ってるの!?」
「紫苑は黙ってろ。俺、本気なんだぞ。…お兄さん方、紫苑は俺が必ず幸せにしますから!」
「もうっ!冗談はそれぐらいにしてっ!!」
「…だめだよ、汐音にあんたは合わない。」
「そーだぞ!さっきから汐音のこと好き勝手に呼んでるし!!裕、マジで言ってんのか?」
「…うわぁ…すげえ怒ってるよ…」
「裕くんの冗談が過ぎるの!」
椿と梓の剣幕に若干ひきぎみだった彼は、少ししてから呆れたように息を吐きだした。
「…てか気付いてないのか?」
「は?」
突然の話題転換に2人はユニゾンで間抜けな返しをしてしまう。
「こいつの声、聞いたことねえ?」
「声?」
「椿、お前それでもファンかよ?ホントに分かんねえのか?」
「汐音の声がなんだって言うの?」
「梓まで…。あのなあ、椿がいつも話してるロボットアニメシリーズあんだろ?あれの前作のヒロインの声…こいつだよ。」
「はあっ!?」
「少し前まで人気声優だった『紫苑』。聞いたことぐらいあるだろ?」
「紫苑って、あの『紫苑』か!?えっ汐音が『紫苑』!?…でもっ、名前がちげーし!!」
「そんなの知るか。逆に俺は『紫苑』の方しか知らねえし。」
「ウソだろ…紫苑ってあれだよな?主題歌も歌ってミリオンとばした『紫苑』だよな!?今もカラオケでちょー人気のあれを汐音が歌ってたのか!?」
「…その前に、汐音が声優をやっていたことに驚きだよ。」
「言っとくけど、俺より紫苑の方がこの業界で先輩なんだからな。」
その一言に、ざわついていた部屋の中がピタリと止まる。
直後に次々と挨拶をされて、汐音は大いに戸惑った。
2015.07.23. UP
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夢幻泡沫