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問答無用の魔法

17



「汐音いたー!」

今日は用事があるとホワイトボードに書き込もうとした汐音がリビングに顔を出した途端に、椿が声をかけてきた。
けれど、いつでも一緒にいるはずの梓がいないことに汐音は首を傾げる。
やはりあの新作のことですれ違ってしまっているのだろうか…。

「…椿さん。お1人ですか?」
「ん?もしかして、梓と一緒にいた方が良かったー?」
「あ、いえ。椿さんが1人でいるのが少し珍しいなと思ったので…」
「ふーん?それって…俺1人だけの方がうれしいってこと?」
「え…?」
「汐音がそんなふうに思っててくれたなんて、俺すっげーうれしい★でもね…」
「椿…そろそろ出よ…」
「あっずさー♪」

手荷物を確かめながら入ってきた弟に椿は飛びついた。
不意をつかれて梓はよろめいてしまう。
そんなことはお構いなしに、椿はぎゅーぎゅーと梓に抱きつきながら汐音と話した。

「ふふっ。いくら汐音でも俺と梓の仲は引き裂けないよ〜。ね〜、梓?」
「ちょ…ちょっと、椿!なんでいきなり抱きついてくるの!」
「梓が大好きだから!せっかくだから、ついでにチュー!」
「椿っ!」
「…いったーい。梓が殴ったー。」

変わらないやり取りに汐音の口角が上がる。
心配は杞憂だったようだ。

「椿が困らせてごめんね、大丈夫?」
「はい。お2人はこれからお出かけですか?」
「なーに言ってるんだよー!汐音も行くんだよー?」
「え?行くってどこに…?」
「明日、うちでクリスマスパーティーやるだろー?それなのに、ツリーの電球が切れちゃったんだってさー。で、きょーにーに『買ってこい』って頼まれちゃってー。」
「そうだったんですか。」
「まあ、頼まれたのは椿だけなんだけど。」
「え?それなら梓さんは…?」
「僕はこれから仕事。方向が一緒だから、途中まで一緒に行こうって話していたんだ。」
「きょーにーってば、ヒドくねえ?『椿、今日は仕事がないんですか?だったら電球を買ってきてください。どうせ暇なんでしょう?』って。俺にクリスマスイブの予定があったら、どうするんだっつーの!」
「でも実際、ないんでしょ?」
「…う。」

梓の冷静な突っ込みに椿がたじろぐ。
それをクスクス笑っていると、椿は汐音に手を差し出してきた。

「だからさ。予定なさそーな者どーし、一緒に買いにいこうぜ?」
「…ごめんなさい。私もこれから用事があって…」
「えー!?ウソだろー?」
「そっか、残念だな。椿と一緒に行ってくれたら、僕も安心できたんだけど…」
「安心って…梓さん、椿さんは子供じゃないんですから。」
「子供と同じようなものだよ。しかも、適度に経済力のある子供。そういう人が、このクリスマス商戦のさなかに街へ出たら…想像に難くないでしょう?」

溜息をつけながら兄を見る梓に、汐音もしっかりと心の中で同意する。
つまりどうでもいい買い物をするに決まっているから見張ってろ、ということ。
彼の人気からして仕事が入っているだろう、とクリスマスイブは初めから期待していなかった。
けれど家の用事とは言え、椿と一緒にいられる。
汐音はニッコリと笑うと椿を見た。

「…私の用事にも付き合ってくれますか?」
「もっちろん!じゃあ行こうぜ!」

ニカっと嬉しそうな笑みを浮かべて片手ずつ梓と汐音の手と繋ぐと、椿は意気揚々と玄関に歩き出した。



「汐音ー!見てみー?この辺すっげキレーじゃねー?」
「わあ…っ!すごいイルミネーションですね。」
「ほら、俺と一緒に来て良かっただろー?」
「はい!」

右京から頼まれた買い物と汐音の用事を済ませると、外はすっかり暗くなっていた。
クリスマスシーズンに合わせてのライトアップがあちらこちらでされている。
その中でも、椿はある公園に目を付けていた。
青と白を基調としたシックな演出が汐音に良く似合うと思っていたのだ。
案内してみれば彼女も無邪気に喜んでいて、椿はとても嬉しくなる。

「うわ、汐音ってば素直ー!ずいぶんかーいいじゃん?」
「こんなにキレイなイルミネーションを見られると思っていませんでしたから。ありがとうございます。」

にっこりと笑ってイルミネーションから椿の方に視線を移した汐音に、どきりと心臓が高鳴る。
少し前までは自分が励ます立場だったはずなのに、この頃は妹に励まされることが多い。

妹だけど妹でなくて…
妹だけどそれ以上に大切な存在で…

「汐音…」
「なんですか?」
「俺、汐音にばっかり元気をもらってる気がするんだよな…。」
「え?椿さん…?」
「今日もこないだも…」

驚いたような汐音の髪に手を通せば、彼女はさらに目を大きくして側に来た椿を見つめた。

「汐音…こないだは励ましてくれて、ありがと。」
「…いえ。あれが励ましになったのなら良かったです。椿さんは前を向いているのが似合いますよ。」
「汐音…キミは、そうやっていつも俺に元気をくれるんだよな。妹なのに気を遣わせちゃってごめんな…?」
「いえ、そんな!私の方こそ、椿さんには元気をもらっていますから!」
「ほんと…?」

…本当のことだ。
毎日明るい椿さん。
仕事に真剣に取り組む椿さん。
血のつながりのことで気持ちが沈んでいた時に励まし諭してくれた椿さん。
思えば、いつもそばにいてくれたような気がする。
明るくて、前向きで。
少年っぽくて、しっかりと兄で。
普段はとても甘いのに、必要ならば厳しいことも言ってくれて。
近頃はこの不思議な光彩に吸い込まれそうになる。
もっと私を映してほしいと望んでしまう…

「…汐音?」

黙り込んで自分を見つめてくる彼女に、返事を待つ椿は不安そうに声をかける。

「…本当、です。それに、きっと私だけじゃないはずです。梓さんも棗さんも…朝日奈家のみんなが、椿さんの笑顔から元気をもらっていると思います。もちろん、椿さんのファンの方々も。」
「…」
「だから、椿さんはいつでも笑顔でいてください。私にも…そのお手伝いをさせてほしいです。」
「ははっ。ありがと、汐音…」

参ったな、というように相好を崩して笑った椿はわだかまりを吐き出すように息をつく。
それからとってつけたように、そーそーと話題を変えた。

「これ、こないだのお礼な。」
「お礼?」
「いーから、もらって!」
「…ありがとうございます。開けてみてもいいですか?」
「うん、もちろん♪」

小さめの細長い包みをはがすと、中からベルベット調の箱が顔を覗かす。
蓋を開けるとイルミネーションに反射してキラリと光るチャームが目に入ってきた。

「…これ、ブレスレットですか?」
「うん。」
「かわいい…。ありがとうございます。」
「貸して?つけてあげる。」

箱を動かして色々な角度で眺めている汐音からブレスレットを受け取ると、椿は壊れ物を扱うかのようにそっと彼女の手首にそれをつけた。

「うん、かーいい★汐音は手首ほっそいから、こーゆー華奢なデザインの方が似合うって思ったんだよねー。」
「ふふっ、ありがとうございます。」
「つーか…汐音の手、冷たすぎじゃね?」
「え?」

そう言うや椿は汐音のもう片方の手も合わせて自分の手で包み、はーっと息を吹きかけて温める。
驚いた汐音が手を引こうとしたが、しっかりと包まれた両手は離されなかった。

この状況は…ちょっと照れてしまう。
けれど、不思議な感じ。
椿さんの吐息が私の心ごと、温かい気持ちにさせてくれるみたい。

自分の顔より下にある椿の頭を見ながら汐音はゆるりと笑った。

「…だいぶ、あったまってきたかもー。」
「はい。椿さん、ありがとうございます。もう大丈夫ですから。」
「ん〜…でもこのまま離しちゃったら、また冷たくなっちゃうからー。汐音の手は、強制的に俺のポケットね。」
「え!?」
「なんだよー、嫌なのー?」
「…嫌じゃ、ないですけど…」
「ま、嫌って言われても離さないけど。」
「ふふっ。もう、相変わらず強引ですね。」
「そこが、俺のいーとこでしょ?」
「そうかもしれませんね。」
「『かも』ってなんだよー。ま、いっか。そろそろウチに帰ろう。あんまり遅くなるときょーにーに説教されそーだし。」
「はい。」

互いに顔を見合せて笑顔を零すと、椿は汐音の手を自分のポケットに入れて歩き出した。


2015.09.10. UP




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夢幻泡沫