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問答無用の魔法

19



梓が入院して、もう5日。
雅臣の話では1か月弱は入院していなくてはいけないらしい。
本当に大丈夫なのだろうか?
不安を拭いきれない椿のもとに、1本の電話が入った。
それは所属事務所からだった。

「…はい。」
「もしもし、椿?」
「あ、おはよー。」
「おはよ。今日、収録11時からだよ。忘れてないよね?」
「だいじょぶ。」
「良かった。ところでね、椿。ちょっと話したいことがあるの。…少し、言いにくいんだけど。」

マネージャーの声に躊躇が混じる。
椿は不審に思いながらも明るく茶化すように返した。

「何?愛の告白ならいらないよ。俺、妹からの告白しか受け付けないからねー。」
「ねえ、前から思ってたけど…あんた、バカでしょ?」
「俺は大マジだけど。」

ホント、大マジ。
汐音からの告白しか受け付けねー。

「はいはい。で、話したいことっていうのが…椿がずっとやりたいって言っていた、ロボットアニメの主役についてなの。」
「…え?」
「昨日、先方から梓の代役を椿にお願いしたいって話が来たのよ。1か月も収録をストップできないし、できれば早いうちに代役を立てたいって話になって…」
「…」
「椿…?」
「梓の代役を、俺が…」
「うん。…ねえ、どうする?」
「どうする、って…」
「椿としては、いろいろ複雑でしょ?梓で決め打ちだった役が、こんな形で打診されたんだから…。だから、断ってもいいんだよ。でも、梓は…椿に演じてほしいっていうかもしれない。そう思ったの。」
「梓が?なんで?」
「梓は最後まで、この役は椿のものだって言い続けていたからね。」

意外な形で梓の気持ちが椿に伝わる。
ずっと憧れだった役。
何度でも公言して、周りもそれを分かっていて。
汐音が前作のヒロインだって知って、もっとやりたい気持ちが膨らんだ。
オーディションだって全力で臨んだ。
それなのに、その役はよりによって梓に決め打ちされていた。
悔しいやら情けないやらで頭の中がぐちゃぐちゃしていた時に、汐音が話を聞いて発破をかけてくれた。
だからこそ梓とも元通りに戻れたし、梓に負けたくねーってこれまで以上に頑張ろうと思えた。

その梓が最後までそんなことを言っていたのか。
やっぱり、心配してた通りじゃねーかよ…

「…バカじゃねーの、あいつ…」

決まった以上、仕方ねーのに。
俺はもう吹っ切ったってゆーのに。
…梓らしーの。

「ん、なんか言った?」
「…いや。あのさ、俺…その役をやるよ。」
「ほんと?…返事しちゃうよ?」
「いいよ。」
「…うん、わかった。…ああ、それから…梓の調子は?」
「…少し落ち着いたけど。…まだキツそう。」
「そう…。事務所からもまた改めてお見舞いには行くけど、ゆっくり休んで…って言っておいてよ。」
「伝えておくよ。あ、見舞いはケーキがいいな。」
「それは、あんたが食べたいものでしょ!じゃあね。今日もがんばってきて。」
「ありがと。きっちり稼いでくるよ。」

最後は軽口を言い合って切った電話を、椿はぐっと握りしめる。

…所詮、俺は弟の代わり。
そーゆー目で見られてるっつーことか…。
考えても仕方ないけど。
俺…梓みたいに上手くやれる自信はねーな…。


2015.10.15. UP




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夢幻泡沫