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問答無用の魔法

21



待ちに待った梓が退院する日。
心なしかリビングで落ち着きなく動く椿に汐音は呼び止められた。

「今…少し話せるかな?」
「はい、大丈夫ですけど。」
「これから、梓を迎えに行くんだけどさー、汐音も一緒にいかない?」
「私も、ですか?行ってもいいんですか?」
「ははっ、誘ったのは俺だよ!」
「それなら、私も椿さんと一緒に行きたいです。」
「良かった…!じゃあ、俺が車出すから。」
「分かりました。支度をしてきます。」



「よー、梓。」
「梓さん、退院おめでとうございます。」

迎えにいった梓の部屋はあらかた片付いていた。
梓自身もパジャマ姿ではなく、普段の格好をしてベッドに座っていた。

「ありがとう。わざわざ迎えに来てくれたんだね。嬉しいんだけど、なんだか大げさじゃない?少し申し訳ないな。」
「何言ってんだよ。結局、1か月以上も入院してたんだから、充分大げさにしていんじゃねーの?それに、病室に溢れてるファンからの花とかプレゼントとかどーすんだっつの。車で運ぶしかないだろー?」
「まあ…そうだね。」
「もう体調はいいんですか?」
「うん、おかげさまで。」
「それなら安心しました。お仕事はいつ復帰なさるんですか?」
「明後日だったかな。」
「明後日!?」
「俺らのマネージャー、鬼だからさー。」
「そうなんですか…。それにしても…」

でも、きっとそれだけ梓が人気ということだろう。
鬼とか言いつつも、椿も梓も嬉しそうに口端を上げていた。

「…なあ、梓。」
「うん?何、椿。」
「俺、梓に言いたいことがあるんだ。」
「何、改まって。」
「驚くかもしれないけど、ちゃんと聞いて。」
「…うん、わかった。」
「俺、実は…梓の声優としての演技力にずっとコンプレックスを持っていたんだ。」
「…」
「今回のアニメで主役を取られた時、すっげー悔しくてさ。俺がずっとやりたかった役なのに、何で梓が…って思った。梓が倒れて、その代役が俺に決まってからも…梓の代わりとして、梓のようにうまく演じなきゃって何度も悩んだりした。」
「椿…」
「でも、もうふっきれた!俺と梓は同じタマゴから生まれたからさ。似てるところが腐る程あるよな?…でも、俺と梓の演技は一緒じゃない。俺は俺の…俺だけにしかできない、そーいう演技をしたいって思ってる。そのためには、もっと練習してうまくならなきゃダメだけどなー。ははっ!」
「…」
「梓は俺の自慢の弟だけど、仕事では一番のライバルだよ。…だから負けない!」
「弟、か…。…そうか。椿は椿なりに、成長したってことなんだね。話してくれてありがとう、椿。」
「ううん、梓にはちゃんと知っておいてほしかったからさ。」
「…椿のそういうまっすぐなところ、とても好きだよ。」
「俺も梓が大好きー★」

穏やかな微笑みを浮かべる梓に、椿は嬉しそうに抱きつく。

「…いや。だからといって、いちいち抱きつかなくていいからね。椿。」
「いいじゃーん。俺がこんなふうに成長できたのも梓のおかげなんだよ?」
「それはこっちのセリフ。椿、ありがとう。」
「は?」
「今回のことで悩んでいたのは、椿だけじゃないってこと。」
「ん?」
「僕もこれからは椿には負けられない。好きだからこそ、負けられない。」
「なんかよくわかんねーけど、俺だって負けない!」

2人のやり取りに、少し離れて見ていた汐音から自然と笑みが零れる。
オーディションからどこかおかしかった2人の距離が、やっと戻ったような気がする。

本当に良かった。
やはり2人には、いつもこうやって一緒に笑っていてほしい。

「汐音?なんで笑ってるの?」
「いえ、何でもないです。」
「そうだ!あと…俺、汐音にも伝えたいことがあるんだ。」
「私に…?」
「うん★すっごく大事なことだから、よーく聞いてね!」
「…はい。」
「さっき、俺が成長できたのは梓のおかげだって言ったけど。汐音のおかげでもあるんだ。」
「え!?そんな、私は…」
「ううん、本当だよ。汐音が教えてくれたじゃん!俺は俺のままでいいって。」
「それは…」
「だから、汐音にも…ありがとう。」
「椿さん…」
「ってことで、汐音にもありがとう&大好きハグー♪」
「ちょ、ちょっと…椿さん!!」

抵抗するまでもなく抱きしめられた汐音が盛大に焦っていると、椿の後ろから黒いオーラが見えた。
同時にゴツッと鈍い音がして、椿は頭を抱えて蹲った。

「はい、そこまで。」
「いったー!なんで殴るの、梓!?」
「椿が迷惑をかけるようなことをしたら僕が叱るって、汐音に約束したからね。」
「だからって殴ることないだろー!」
「…それに、今日だけは止めさせてよ。」
「え…?梓、今…なんて?」
「なんでもない。」
「へんな梓…。まだ病気が完治してないんじゃないのー?」
「しているよ。ああ、そうだ。椿が成長できたのが僕だけじゃなくて汐音のおかげだっていうのは、納得できるかな。」
「なんで、ですか…?」
「だって。椿が1人で考えて結論を出せるとは、到底思えないからね。」
「えー!なんだよ、それー!!」
「それに…椿だけじゃないんだよ。汐音のおかげで、成長できたのは。」
「え?」

静かにそう言うと、梓は椿に邪魔されないように汐音の肩を抱くようにして兄に背を向けた。

「僕も椿と同じように、汐音のおかげで成長できたよ。そして、椿と同じように…汐音に心を奪われた…。」
「あ、梓さん…」
「…でも、汐音の心を奪ったのは椿みたいだけどね…。」
「っ!!」

梓がボソッと言った言葉に、汐音の頬にカッと朱が差す。
少しだけ寂しそうな笑顔で彼女の頭を撫でると、梓はすっと汐音から離れた。

「2人だけのナイショ話なんて、ズルイー!俺も混ぜてー!!」
「だーめ。」
「えー!」
「…さ、そろそろ帰りましょうか。みんな、梓さんのことを待っていますよ!」
「あ、待って!その前に!」
「…?」
「おつかれ、梓。死の淵からの生還、ごくろーさん。」
「全然、危なくなかったけどね。でも、ありがとう。椿には、いくらお礼を言っても足りないね。」
「はは★じゃあ、足りない分は少しずつ埋め合わせってことでー!まず今週1週間、毎日ケーキを奢ってもらおーじゃないかー。」
「…調子に乗らないでくれる?椿。」

久しぶりに見た2人が笑い合っている姿。
汐音にはこの風景がすごく自然に思えた。


2015.11.05. UP




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夢幻泡沫