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問答無用の魔法

06



家族旅行当日。
飛行機とフェリーを乗り継ぐこと、数時間…。
汐音達は離島にある、朝日奈家の別荘に到着した。
兄弟達は荷物を片づけるとすぐに海に行ったようだ。
汐音はどうしようかと思案し、とりあえず一息つくためにコテージに残った。
割り当てられた部屋で荷物を整理し終えると、飲み物を取りにキッチンへ向かう。
共有スペースもだいぶ気後れすることなく使えるようになってきた。
どんな飲み物が揃っているのだろうと少しワクワクしながら入って行くと、祈織と見おぼえない少年がいた。
いや、見覚えがないというのは語弊があるかもしれない。

「…朝倉風斗…?」
「…誰、アンタ。」
「あれ?どうしたの、汐音姉さん。海に行かないの?」
「あ、うん。今日はゆっくり過ごそうと思って…。」
「そうなんだ。じゃあもし分からない問題があったら聞いてもいいかな?」
「私に分かればいいけど…。それより…祈織くん、その人…朝倉風斗、さんだよね?」
「ああ、汐音姉さんは初めて会うんだっけ?確かに彼は朝倉風斗なんだけど、本名は朝日奈風斗。うちの12男で汐音姉さんの弟の1人だよ。」
「えっ!?」
「風斗、こちらは汐音姉さん。母さんの再婚相手の娘さん。」
「…ああ、アンタがミワの相手の子。ふうん、それなりにカワイイじゃん。」
「…初めまして。」
「はいはい、ヨロシクね。」

全くやる気のない様子で軽く返事をすると、風斗はまた本のようなものに目を通し始めた。
そのことに特段こだわるわけでもなく、当初の目的を果たそうと汐音はその脇を通り抜ける。

「汐音姉さん、僕も飲み物をもらっていいかな?」
「ええ、どうぞ。…風斗、くんは?」
「『くん』ねえ…まあ、いいけど。ちょーだい。」
「…はい。」
「どうも。」

横柄な態度で受け取った風斗に、祈織は困ったように笑う。

「風斗がごめんね。」
「あ、ううん。祈織くんは受験勉強?」
「うん。」
「邪魔してごめんね、がんばって。」
「ありがとう。でも、少し休憩しようって思ってたところだから。汐音姉さん、付き合ってくれないかな?」
「いいけど…」
「ありがとう。」

淡く笑うと祈織は問題集をぱたりと閉じる。
その表紙に書かれた大学名に汐音はぱちくりと瞬きをした。

「…城智、狙ってるの?」
「そうなんだ。合格すればまた汐音姉さんの後輩になれるね。」
「また、って…」
「汐音姉さんもブライトセントレアに通っていたよね?」
「そうだけど。…どうして知ってるの?」
「中3の時、ブライトセントレアへ学校見学に行ったんだ。その時、汐音姉さんがチャペルで歓迎の歌を歌ってた。覚えてる?」
「え、と…3年前?…あ、うん。生徒代表で歌ったけど、代表って柄じゃないよね…」
「そんなことない、とても綺麗な歌声で感動したんだよ。結局入れ違いだったから、僕が入学しても会えなかったけどね。」
「…そう。」
「でも、1年の文化祭でまた会えた。汐音姉さんは卒業生として遊びにきていたんだと思うけど、もう1回あの歌声が聴けたんだ。」
「翌年の文化祭?…ああ、あれは後輩達が悪ノリしてね。」
「へえ、そうだったの。でも、そこで初めて汐音姉さんの名前を知ることができたんだ。だから朝日奈の家で会った時に思わず…」
「なるほど、納得したわ。」
「あの時は急に名前を呼んだりしてごめんね。でも、本当にびっくりしたんだ。前にも言ったけど、僕の中で汐音姉さんは特別な存在だから。身近にいてくれることが本当に嬉しいんだ。」
「祈織くん…?」
「忘れないでね?それから、もしよかったらまた歌を聴かせてくれると嬉しいな。」
「…」
「じゃあ、僕はまた勉強するよ。汐音姉さんはどうする?」
「…コテージの周りを散策しようかな。」
「ふふ、日焼けに気をつけてね。やけどになってしまったら大変だから。」
「ありがとう。」

視線を下に向けた祈織に新しい飲み物を用意してから、汐音は大きなコテージをゆっくりと見て回った。


2015.03.26. UP




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夢幻泡沫