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問答無用の魔法

07



家族旅行2日目。
今日は何をしようかとぼんやりと考えていた汐音の背中に重みがいきなり掛かった。

「きゃ…っ!」
「汐音、おはよー!おはよーのチューしよー!」
「…つばき、さん!?」
「ほら、やめなって。朝から何やっているの、椿。」
「何って…もちろん、朝の挨拶的な?ほら、梓もー♪チュー!」
「はあ…。朝から椿が困らせてごめんね、大丈夫?」
「…はい。それより、お2人で出かけられるんですか?」

汐音の言葉に、双子は顔を見合わせると同時に手を差し出した。

「2人って言うか、汐音を誘いにきたんだよ★」
「え?私…ですか?」
「2人でボートに乗って、少し沖の方まで出ようって話をしていたんだ。そうしたら、キミも誘ってみないか?って椿が。」
「そーそー。1人より2人、2人より3人の方が断然楽しいだろー?」
「ボートですか?いいですね。」
「一緒に行こ?」
「はい。」
「やった♪じゃあ、早速だけど用意してきてよ。」
「はい。」
「僕達はいつでも出発できるから、ここで待ってるね。」
「すぐ用意してきます。」

椿と梓にペコリと頭を下げると、汐音は急いで部屋へ準備をしに行った。

「今日はコレに乗るんだよー。」

そう言われて見たボートはボートじゃなかった。

「これ…小型船舶ですよね?もっと簡単なものを想像していました。すごい…」
「全然すごくないよー。でも年に一回、こうして使うか使わないかっていうのはもったいないよなー。」
「母さんが別荘用に、って数年前に購入したんだ。」
「そうなんですか。でも…これ、誰が運転するんですか?」
「もちろん、俺と梓だけど?」
「え!?2人とも、そんなことまでできるんですか?」
「ウチの社会人組は、大体できるよなー。梓?」
「うん。」
「フネの運転、案外簡単なんだぜ?キミも免許とればー?」
「…そうですね。機会があれば、取ってみたいです。」
「お!?汐音がポジティブ発言してるー!」
「椿、その言い方は彼女に失礼だよ。」
「え、そう?まあ、いいじゃん。ほら、乗って乗って!今日は近くにある小島まで行くから!俺が運転するからな!」
「はいはい。汐音、ごめんね。椿も悪気があって言ってるわけじゃないから。」

汐音と梓が急かされる様にして船に乗ると、椿は意気揚々と運転を始める。
程なくして3人は小島まで来た。



静かな小島の浜辺で、ずっと3人で過ごした。
基本的に椿と梓が話しているのを横で聞いている格好だったが、楽しくて時間が立つのも忘れてしまっていた。
そんなとき、梓の声が少し落ちた。

「…椿。」
「ん?」
「気付いてた?天気が悪くなってきてる。」
「んー、そうだな…。そういえば、少し寒ぃかも?汐音、大丈夫か?」
「はい。」
「…今のうちに帰った方がよさそうだね。」
「そうしよっか。本当は、まだ3人だけで遊んでいたいけどねー。」
「気持ちはわかるけど…」

梓が残念そうに同意していると、ポツリと顔に粒がかかる。
そのまま勢いを増し、雨は3人に容赦なく降ってきた。

「梓、一足遅かったみたいー。」
「そうだね…。それにしても、すごい雨だな。」
「…帰れますか?」
「んー…波もかなり高いだろうから、無理に動かない方がいいかもなー。」

椿の言葉に汐音の眉が寄る。
とにかくボートの様子を見てくると椿は梓に妹のことを任せた。

「汐音、本当に寒くない?無理はしないで。」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます。それよりも、ボートは動かせそうなんでしょうか…。」
「…どうかな。たぶん、問題ないと…」
「梓。ヤバイかも…」

励ますように言っていた梓の言葉を遮って、深刻な顔をした椿が戻ってくるなり状況を報告する。
彼によれば、ボートのエンジンが故障してしまったようだ。

「…本当なの、それ?」
「うん。雨で冷えて、調子が悪くなったのかも…。」
「そ…んな…」
「…ごめん。俺が誘ったりしなきゃ、こんなことにはならなかったよな…。」
「あ、いえ…椿さんのせいじゃ…」
「でも…不安だろ?」
「それは…いえ、大丈…夫…」
「…全然、大丈夫じゃなさそーだよ?」
「うん。怖いって、顔に書いてある。」
「…っ、でも…」

怖くないといったら、ウソになる。
だが、これは椿のせいでも梓のせいでもない。
ダメだと言ってしまえば、彼らのせいになってしまう。
ビクリと肩を揺らした汐音がそれでも言い募ろうとすると、椿が明るい声で励ましてきた。

「安心しろってー。」
「…椿さん?」
「もう、そんな顔すんなって!俺達がいるから大丈夫。何があっても、キミだけは絶対に守るよ。な?」

その言葉を象徴するように温かい手が汐音の右手を包む。

「こうして、手ぇつないでたら怖くないだろ?はい、反対側は梓な。」
「うん。」

逆の手を包むのは少し冷たい梓の手。
だけど、温もりはしっかり伝わってくる。
2人の優しさがとても嬉しかった。

「あ、ありがとうございます…」
「汐音の不安が消えるまで、ずっとこうしててあげんね?」
「ところで、椿。」
「んー?」
「ボートのエンジンが壊れた、っていうのは本当なの?」
「…」
「…椿?」
「もー、梓にはすぐバレちゃうんだもんなー。」
「はあ、やっぱり…。」

残念そうに肩を竦める椿に梓は深く溜息をつく。
汐音は状況が理解できずに、2人の顔を交互に見た。
少ししてある結論に達すると恐る恐る切り出す。

「もしかして…うそ、だったんですか…?」
「あはっ★だって、ちょーっと冗談を言ったら、すぐに信じちゃうんだもん!予想以上にキミが不安がるからつい、ね。」
「…」
「椿、ちゃんと謝って。」
「ごめん、ごめーん★」
「…」
「でもさ…。さっき言った気持ちは本当。何があっても、キミだけは絶対に守るからな。」
「…信じません。それも冗談なんですよね?」

戻ってきた返事に椿と梓は驚いた。
あまり感情を見せない彼女が椿の言葉を拒否している。
明らかに汐音は立腹していた。

「汐音…」
「…雨があがったようですよ。梓さん、コテージまで船を出してください。」
「汐音、そんな怒んなよー。」
「…」
「椿、ちゃんと謝りな。」
「えー!?俺、さっきちゃんと…」
「あれじゃ謝ったうちに入らないよ。別に謝らないならそれでもいいけど、かわいい妹に嫌われちゃうかもね。というか、むしろもう嫌われてるかもね。」
「げっ!マジで!?わー、汐音!ごめん、ごめんなさいっ!!」
「…」
「汐音、僕からも謝るよ。椿の冗談だって思ってて止めなかったんだからね。ごめんね?」
「…ほんとに帰れないかと思ったんですよ?」
「…はい。」
「やっていい冗談とダメな冗談があります。」
「はい…」
「さっきのはダメです!」
「はい、すみません…。」
「もうダメな冗談は言わないでくださいね?」
「…はい。」
「分かりました。…さっきは励ましてくれてありがとうございます。」
「っ、汐音!仲直りのギュー!」

椿の冗談を真に受けてしまった恥ずかしさからか、照れたように小さく笑う汐音に椿は過剰反応する。
飛びつかんばかりの勢いで抱きつこうとした彼の首根っこを、梓は冷静に捕まえる。
いつもの調子に戻った双子を見て、汐音はまた小さく笑った。


2015.04.09. UP




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夢幻泡沫