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問答無用の魔法

08



「なー、梓。カラオケ行かねー?」
「カラオケ?」
「うん、そー。俺、今すっげー歌いたい気分なんだよねー。」
「え、今から?」
「梓、あしたオフだろ?いいじゃん★」
「…なんで僕のスケジュール知ってるの?」
「俺は梓のことなら何でも知ってんだぞー!」
「はいはい…」
「ついでに夕飯も食っちゃおうぜー。」
「はあ…しょうがないな、もう。」
「やったー★どーせなら、侑介の所に行かねー?」
「あ、それはいいね。」

夕方になる少し前、朝日奈家では椿と梓が早く帰宅していた。
テレビを見ながら2人で寛いでいたところ、椿が思いついたように言いだした。
一度言いだしたら聞かない彼だということは、梓は百も承知の上。
了承を出していたところに、珍しく兄弟達が続々と帰ってきた。
そして、なぜかみんなして行こうという話になったのだ。

「風斗はどうするんだー?」
「はあ!?なんで僕がチャラ声優達と一緒に行かなきゃいけないわけ?」
「じゃあ、お前は留守番なー。1人寂しくフテネでもしてればー?」
「ねえ、椿。汐音を待って一緒に行こうよ。」
「もちろん★」
「…汐音姉さんが行くなら、僕も行こうかな。」
「おっ、祈織も行こーぜ。風斗なんか置いてっちゃえー★」
「なにそれ?僕も行くし。」
「はあ?」
「風斗も一緒に行こうね。久しぶりに兄弟が揃って行けるなんて楽しみだね。」
「おねーちゃんといっしょー!!」

険がたっている雰囲気の中での長男と末っ子の笑顔に、集まった兄弟たちは苦笑する。
戸締まりもきちんとし、今か今かと最後の1人を待った。
何も知らない汐音が帰ってくるなり、そのまま家を出て侑介のバイト先に向かう。
総勢11人の団体で来た兄弟達に、侑介は頭を抱えた。



今をときめく人気声優ズにトップアイドル。
クラブブッダのナンバー2に学園の王子。
はたから見れば、そんなメンバーの中にいられることは羨ましいと思う。
けれど、汐音は特にそんなことも思わずにぼんやりとみんなの歌を聴いていた。

「汐音姉さん、歌わないの?僕、汐音姉さんの歌ききたいな。」
「祈織くん。」
「ちょっと、祈織どいて。ねえアンタ、歌がうまいんだって?」
「風斗くん…」
「コテージでそんな話を祈織としてたよね?僕と一曲歌ってよ。」
「や、そんなこと…椿さんとか梓さんとかと一緒に歌ったら?」
「はあ!?なんで僕があの人達と歌わなきゃならないの。地味声優はともかくチャラ声優って。僕はアンタと歌いたいの。うまいんだから別にいいでしょ?」

トップアイドルと歌えるんだからありがたく思いなよ、と風斗は勝手に曲を割り込み入れる。

「風斗、順番まもれよなー。」
「いいでしょ、チャラ声優達は何曲も歌ってんだから。ほら、マイクちょうだい。」

そう言ってマイクを汐音に押し付けると、部屋にある簡易ステージへ引っ張っていった。
すぐに流れだした前奏に汐音は焦る。
だけど知っている曲だった。
友人がファンであり、すぐ隣でニヤニヤしている弟が所属しているfortteの人気曲。
トップアイドルグループだけに何回も聞く機会があったし、友人とカラオケに行く時は半ば強制的に歌わされもしていた。

人のことを小馬鹿にする傾向のある風斗くんのことだから、私が『上手』だと聞いてどれくらいか試そうとしているんだと思う。
だってこの曲はテンポが速い上に、掛け合いとかハモリとかが多用されているのだから。
たぶん風斗くんと別パートを歌えばいいんじゃないかと思うんだけど。
それにしてもこの状況は…
話題に出したらきっと羨ましがられるどころじゃないんだろうなあ。
間違っても朝倉風斗が弟になったなんて言えない。

汐音は小さく息を吐くと、歌詞画面を見て歌い始めた。

「…汐音、やっるー★」
「うん…上手だね。」
「おねーちゃん、すごいっ!ふーたんと同じだっ!」

汐音がアイドル曲を歌うだなんてイメージがなかったのだろう。
兄弟達は風斗と対等に歌っている汐音に目を瞠る。
掛け合いも、ハモリも見事なものだ。
風斗も驚いたように目を大きくして汐音を見ていた。
そんな中で、椿の顔に疑問が浮かぶ。

この声、どっかで…
声優だっつー職業だし、アニメやゲームが大好きだから気になるのかもしんねーけど…

椿は頭を捻りながら隣に座っている梓をつついた。

「…なー、梓。」
「なに、椿?」
「俺、汐音の声どっかで聞いたことあるかも。」
「え?」
「この歌声、聞き覚えない?…あちゃー、思い出せねーわ。でもたぶん、聞いたことある。」
「似ているんじゃなくて?」
「似てる?んー、かもなー。あー、モヤモヤする!」
「そのうち思い出すんじゃない?それにしても上手だね。綺麗な伸びだし、音がズレることがない。ハモリもぴったり。」
「なー!風斗のヤツ、完全に負けてやんの★」
「…汐音姉さんはこんなものじゃないよ。」
「え?祈織?」
「ううん、なんでもない。」
「汐音がこんなものじゃないって?どういうこと?」
「…」

汐音姉さんの本気はこんなものじゃない。
もっと澄んだ声で、もっと遠くまで届く声で…
マイクを通さないでも充分に沁み込んでくる声なんだ。
乾いた体に水がすーっと広がるような声。
こんな程度ですごいなんて言ったら、汐音姉さんに失礼だよ。

「…なんでもないよ、梓兄さん。」
「…そう。」
「なんだよ、祈織ー。ヒミツなわけ?」
「ふふ…そうだね。僕だけの秘密にしておこうかな。」
「生意気なヤツー!そういうヤツにはマイクを渡さんっ!」

歌い終わった風斗と汐音からマイクをもらうと、梓を連れて2人が立っていた場所へ入れ違う。
負けるかとばかりに持ち歌を歌い始めた双子に、風斗は目を細めた。

「…何であれが人気あるのかわかんないよね。」
「そう…かな?一般的に見てビジュアルいいし、声もいいし…人気が出ても不思議じゃないと思うよ?」
「え、なに?姉さん、あーいうのが好みなの?」
「…え?」
「もしかしてマジ?」
「あ、いや…そうじゃなくて…今、『姉さん』って…」
「ああ。だってアンタそれなりにカワイイし、歌もうまかったし。そこらへんのアイドルよりも全然レベルが上なんじゃない?」
「…そんなことないでしょ?」
「ふうん、自覚ないんだ。それって天然ってこと?それとも演技?」
「…」
「まあ、どっちでもいいんだけど。僕の『姉さん』として認めてあげるよ。」
「…ありがとう。」
「それで?あーいうのが好みなの?」
「…そういう対象で見たことない。ここにいる人達は家族でしょ?」
「…あっそ、まあいいや。」

途端に興味を失くしたように席を移動した風斗に、汐音は溜息をつく。
一体、何を言いたいのやら…
呆れて歌う気になれないでいると、風斗ばかりずるいと他の兄弟達からクレームが来てしまった。
一緒に歌うように強制され、何曲も歌うはめになった。
疲れたけれどまた少し兄弟達と距離が縮まったようで、汐音は嬉しかった。


2015.04.23. UP




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夢幻泡沫