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2人で生きていきたい
03(14)
自分が養女だと言うことを知って、汐音は朝日奈家と一線を引くように努めた。
バレないように、でも確実に。
特に用事もないのに朝から家を出て、夜は遅くまでバイトをする。
休日や祝日もできるだけバイトを入れ、朝日奈家にいる時間を極力短くした。
…どんな顔をして兄弟達と過ごせばいいのか分からない。
今まで通りに接する彼らだが、気を遣っているのは火を見るより明らかで…。
1人一部屋あることが今はとてもありがたかった。
部屋で一人静かに過ごしている時間は、心身ともに落ち着ける。
温かい飲み物と一緒に休んでいるところに、ピンポーンと来客が来た。
この頃はあまり来ることのない訪問者に汐音はビクリと体を揺らす。
スコープを覗くと祈織が立っていた。
「…はい。」
「汐音さん、祈織だけど。」
「…うん。何か…?」
「勉強していて分からないところがあったんだ。よかったら教えてくれないかな?」
「…私より右京さんや要さんの方が…」
「そんなことないよ。前に汐音さんに教えてもらったらすぐに解決したから。僕は汐音さんに教えてもらいたいんだ。」
「…分かった。いま開けるね。」
インターフォンを切って玄関を開けると、勉強道具を持った祈織が申し訳なさそうに笑いながら待っていた。
「ありがとう、汐音さん。入ってもいい?それとも、僕の部屋に来てくれる?」
「…どうぞ、入って。」
「ありがとう、お邪魔します。」
嬉しそうに微笑んだ祈織は玄関で脱いだ靴を綺麗に揃えて汐音の部屋に入った。
座ってと差し出されたクッションに腰を落ち着けると、さっそく参考書とノートを開いて分からないところを彼女に聞いた。
「…分かった、なるほどね。ありがとう、汐音さん。」
「いいえ。役に立てて良かった。」
「やっぱり分かりやすいよ、汐音さんの教え方。」
「そう?」
「うん。…あのさ。」
「なに?」
「もう少しここで勉強していってもいいかな?」
「え…?」
「また分からないところが出てくるかもしれないから。そうしたら汐音さんに聞きたいし、君の近くで勉強していると捗るだろうなあって思って。」
「…一人の方が勉強は捗らない?」
「僕の場合は、誰かと一緒の方が丁度いいプレッシャーになって捗るんだ。それなら汐音さんと一緒がいいな。」
「…」
「ダメなら仕方ないけど…」
困ったような微笑を浮かべる祈織に汐音はどう返そうか迷ってしまう。
そこを突くように祈織はもう一度ダメかなと請うた。
「…分かった。」
「ありがとう、汐音さん。一緒にいられて嬉しいよ。」
祈織の顔がほころびるのを見て、汐音の顔も緩む。
彼が勉強をしている邪魔をしないよう、汐音も大学の課題に取り組んだ。
確かに祈織が言うことも一理ある。
1人でいたらやらなかったであろう課題を進めながら、汐音は苦く笑った。
それからというもの、祈織は汐音がマンションにいる時は毎日彼女の部屋を訪れた。
汐音にとってもそれが平常となり、彼といるということにそれほど抵抗がなくなった。
同じ部屋にいるのに、会話はほとんどしない。
祈織は受験勉強を、汐音は大学の課題や雑誌を読むなど、それぞれの時間を過ごしていた。
根を詰めるわけでもなく淡々と勉強をこなす祈織。
そんな彼を見ていて、汐音は何だか拍子が抜けたような気持ちだった。
気を張ることもなくなれば、自然と素の部分が覗いてくる。
読んでいた雑誌の陰に隠れてあくびをしていた汐音を、祈織は柔らかく目を細めて見た。
「…眠い?」
「ううん。眠いっていうか、ぼんやりしているだけで…」
「そうなの?遅くまで部屋にいてごめん。でももうちょっとでキリがいいから、そこまでいさせてもらってもいいかな?」
「うん。私のことは気にしないでいいよ。お勉強がんばって。」
「ありがとう、汐音さん。」
感謝の言葉と微笑みを彼女に見せると、祈織はまた参考書に目を戻す。
汐音はがんばっている彼に新しい飲み物を用意しようとミニキッチンへ立った。
お湯が沸くまではすることがないので、何気なく祈織の方を見てみる。
柔らかそうな髪が頭を動かすたびに揺れ、目で追っていればなぜだか眠気を誘った。
リラックス効果と体が温まるようにとジャスミンティーを用意して祈織の邪魔にならない位置に置く。
「…ああ、ありがとう。」
「どういたしまして。ごめんね、少し横になっててもいい?」
「うん。僕の方こそ居座ってごめん。キリがよくなったら部屋に戻るけど、もしその時に汐音さんが寝たままだったら起こさないよ。鍵をかけて、ポストから中に入れておくから。」
「ありがとう。よろしくね。」
汐音が靄のかかった頭を枕に沈めれば、カリカリと規則的な音が意識を連れていった。
ふう…と詰めた息を吐き出し、うん…と背伸びをする。
キリのいいところでペンを置くと祈織はベッドに丸まっている汐音を見た。
まどろむだけのつもりだったのか掛け布団をかけずに体を丸めている汐音に、祈織は苦笑を洩らす。
「…汐音さん、風邪ひくよ?」
「…」
「汐音さん?」
「…んぅ…」
まともな返事が返ってこず、祈織は困ってしまう。
「…このままで汐音さんが風邪ひいてしまうのはいやだな。ごめん、失礼するね。」
そう断ってから汐音をそっと動かし、乗っかっていた掛け布団を彼女の体にそっとかける。
やはり寒かったのか無意識に掛け布団をたぐり寄せる汐音に、祈織はクスクス笑った。
顔にかかる髪の毛をどかしながら、長い睫毛が伏せられたあどけなく無防備な寝顔のじっと見つめる。
「ふふ、可愛いね。こうしていると、汐音さんの方が年上だなんて思えないな。」
寝ている汐音に近づくと、祈織は囁くように心情を吐露した。
「汐音さんは自分が養女だって嘆いているけど、僕にとっては好都合なんだよ。家族が欲しかったら、僕がなってあげる。兄弟が欲しかったら、僕とずっと一緒にいればいい。ねえ、汐音さん…僕と一緒になろう?一緒になって…。」
柔らかい笑みを浮かべて祈織は愛しい人の髪を撫でる。
「汐音さんの隣にいるのは僕なんだ。誰にも渡さない…」
いつまでも飽きずに汐音を見つめていた祈織は、やがてうっとりとしながら目を閉じた。
次の日の朝、目を覚ますとすぐ横に祈織の綺麗な寝顔があって汐音は驚いてしまった。
すぐに彼を起こし汐音の体温で温んでいるベッドに入れると、部屋に暖房を入れ温かい飲み物を用意する。
受験生がこの大事な時期に体調を崩すなんてことをしてはいけない。
汐音はその一心であれやこれや気を揉んだ。
「ごめんね…。」
「ううん、僕の方こそごめん。部屋に戻るつもりだったのに、汐音さんの寝顔を見ていたらいつの間にか寝ちゃったみたいで。」
「大丈夫?寒いとかどこか痛いとかない?」
「うん、ありがとう。あ、でも…」
「でも?やっぱり体調崩しちゃった?」
「ベッドに入らせてもらってるけど少し寒いかな?」
「大変!すぐに室温を上げるから!」
「…それより、汐音さんもベッドに入ってくれないかな?」
「え…?」
「温まるには人肌が一番でしょ?だから一緒のベッドに入って?」
「祈織…く、ん?」
「汐音さんが嫌がることは何もしないから。」
…忘れていた。
いや、忘れた振りをしていた。
祈織くんも立派な男だってことを。
その彼から告白されていることを。
「…祈織くん、私…は…」
「ね、お願い?」
そう言って祈織は掛け布団を捲る。
「せっかく温まっていた空気が逃げちゃうな。…早く来てほしいんだけど。」
「祈織くん…」
「ほら、汐音さん。来て?」
ニコリと笑う祈織に逆らいきれない。
汐音がゆるゆるとベッドに入れば、横に伏した彼女の手を祈織は嬉しそうに自分の両手で握った。
「ふふ、温かい。」
「…そうだね。」
「まだ時間も早いし、もうひと眠り出来そうだね?」
「…祈織くんが二度寝するって、あまり想像できない。」
「そうかな?僕だって…まあ、いいや。汐音さんがいると安心して寝られそう。寝坊しないように気をつけなくっちゃ。」
祈織が握った汐音の手を自分の方へ引き寄せるので、彼女の体も引き寄せられてしまう。
近くなった距離に汐音はたまらずに目を閉じた。
「…好きだよ、汐音さん。」
握った両手のうち、片方の手をはなして腰に回しながら祈織がそっと囁く。
その後は静寂の中に聞こえた時計の針音だけだった。
2015.09.17. UP
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夢幻泡沫