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可愛くしてあげる
04
「おはようございます。随分と早いですね。」
「…おはようございます。」
5階へ行くと、右京さんが既に朝ごはんの支度を始めていた。
慣れた手つきで人数分の食材を捌くその姿に、シェフに転職しても有能なんだろうなと勝手に想像する。
「どうかしましたか?少し顔色が悪いようですが…」
「あ…いえ、大丈夫です。」
「そうですか?それならいいのですが。ああ、朝食までまだ時間があります。コーヒーでも飲みますか?」
「いえ…」
「そうですか。では、ソファにでも座って待っていてください。」
微笑みながらそう言う右京さんに、『手伝います』のタイミングを逃してしまう。
言われるがままにぼんやりと座って待っていたら、お姉ちゃんがエプロンを片手に入ってきた。
「おはようございます、右京さん。…と、絵乃じゃない。どうしたの?」
「おはよう、お姉ちゃん。ちょっとね。」
「絵麻さん、おはようございます。」
「あっ、ごめんなさい。おはようございます、右京さん。今日は何を手伝えばいいですか?」
「そうですね…では、お味噌汁をお願いできますか?」
「はい、分かりました。絵乃、お手伝いする?」
「…私は…」
「絵乃さんは少し顔色が悪いようです。休ませてあげましょう。」
「えっ!?ホント!?大丈夫、絵乃?」
「大丈夫だよ。右京さん、私も少しぐらいなら…」
「ダメよ!絵乃はそうやって我慢することが多いんだから!ご飯できるまでもう一度寝ていたら?」
「…大丈夫だから。」
「久し振りに絵乃とお料理ができると思ったけど、残念だなあ。右京さん、私より絵乃のお味噌汁の方がおいしいんですよ。」
「おや、そうなのですか?」
「そんなこと…」
「そうなんです!みなさんに絵乃の作ったお味噌汁を食べてもらいたいぐらいです!」
…イライラする。
夢見が悪かったのも。
お姉ちゃんがここまで言うのも。
「…そんなことないから。」
「ううん!絵乃のお味噌汁はホントにおいしいよ!」
「もう言わないで。」
「絵乃と一緒に右京さんのお手伝いをしたかったなあ。残念だなあ。」
「ごめんね。」
「あっ、ううん。謝らないで。調子悪いんだもんね、休んでて?」
…だったら『一緒に』とか言わないで。
「…ごめんね、そうさせてもらう。」
言い返す気も起きずに、私はぐったりとソファに寄りかかる。
起きた時よりもさらに気持ちが萎えた。
「あっ、絵乃じゃーん★おはよー★」
「おはよう、絵乃。もう準備が済んでるの?今日は一段と早いね。」
「…おはようございます、椿さん、梓さん。」
「なになにー?だるそーだけどなんかあったー?」
「いえ…」
「大丈夫?調子悪そうだよ。」
「平気です。」
「えーっ!?俺のかーいい妹が調子悪いってー!?そんなの俺が治してあげちゃう!ギューってすれば『キャー!お兄ちゃんありがとう!!』ってなって、調子悪いのなんかどっかいっちゃうじゃーん?」
「バカじゃないの?」
ニヤニヤと不気味な笑いを隠しきれない椿さんに、梓さんが冷静に突っ込む。
「本当に大丈夫?」
心配そうにのぞきこんできた紫の瞳に、ビクリと肩が揺れる。
梓さんは一瞬驚いたように私を見たけれど、苦笑しながら頭をポンと軽く撫でてきた。
それすらにも肩を揺らしてしまう私を、きっと兄弟達は扱いかねているのだろう。
困ったように笑みを深くしながら、梓さんは椿さんを促して私から少し離れて座った。
「おっ、おおお…はよっ。」
「侑介くん。おはよう。」
「絵乃もおはよー。」
「…おはようございます。」
「なんだよー、侑介。おにーさまにおはようのあいさつはー?」
「つば兄…朝っぱらからなに言ってんだよ。おはよー。」
「はい、よくできましたー★」
「あず兄もおはよー。」
「おはよう、侑介。」
次々と集まってくる兄弟達。
朝食もできたようだ。
テーブルに運ぶお姉ちゃん達を少しは手伝おうと思って、私は立ち上がった。
カウンター越しにお盆を受け取る。
お姉ちゃんが作った具だくさんのお味噌汁。
それを並べようとお盆をテーブルの上に置くと、待ちかまえていたかのように椿さんが自分の分と梓さんの分を取った。
「おっ!今日のもうまそー★」
「本当だね。」
「マジで。てかよー、絵乃も手伝ったらどうなんだ?」
侑介さんの一言に、私は自分が固まるのが分かった。
「あっ、あのね!絵乃、今日は調子が悪いみたいで…」
「ふーん。てかほとんど手伝ってねーじゃん。今日だけの話じゃねーって。」
「でもねっ!絵乃はやれば私より上手なんだよ!?」
「じゃあ、やりゃーいいじゃん。」
侑介さんは何も考えてない。
悪気があって言っているんじゃないと思う。
そう思っていても、イライラがさらに募った。
「…ごめんなさい。」
「てかさー、それを侑介には言われたくねーよな★なー、絵乃ー?」
「うっ、うっせーな!そう言うつば兄だって手伝ってねーだろ!?」
「だからなんだよー!?」
「椿。侑介の相手したってしょうがないでしょ。」
「『しょうがない』ってなんだよ、あず兄…俺、傷つくぞ。つば兄はうるせー。絵乃もアイツみたいに料理ぐれーしたらどうだ?」
朝からわちゃわちゃしているのが頭に響く。
お姉ちゃんと比べられることが、無性に腹が立った。
引いたのに。
『ごめんなさい』って言って、ちゃんと引いたのに。
「…」
「侑介。その辺にしときな。」
「そーだぞ。絵乃がかわいそーだろ。」
なにそれ。
私はかわいそうじゃない!
「絵乃、気にしなくていいからね。」
「なっなんだよ!俺は別に苛めているわけじゃ…」
「じゃーそれ以上言うなよ。お前の言い方は絵乃にとっちゃきついんだぞ。」
「そうだよ。まだ僕達に慣れてないのにそんなこと言ったら、侑介きらわれちゃうよ?」
「べっ、別にかまわねーよっ!!」
私の方が別に構わないのに。
侑介さんなんか気にならないもん。
…もう朝ごはんを食べる気にもならなかった。
無言で5階から出ていこうとする私の背中に、焦った声が追いかけてきた。
「おいっ!朝飯…」
「…いりません。」
「オメー、なに言ってんだよ!せっかく日向と京兄が作ったんだろ!?食えよっ!!」
「…」
「おいっ!聞いてんのか!?」
「侑介くんっ!いいの!絵乃、調子悪いみたいだし…」
「いいからオメーは黙ってろ!おい、絵乃っ!」
「…いらないって言ってんでしょ!!」
プツリと頭の中で糸が切れる音がした。
侑介さんに負けないぐらいの大声で怒鳴り返せば、リビングがシーンと静まる。
「…」
「そんなにお姉ちゃんの気を引きたいんなら、侑介さんが手伝えばいいでしょ!私に押し付けないでっ!!」
「絵乃っ!」
「なにっ!?」
思わずと言った感じで私の名前を叫んだお姉ちゃんに、被せる勢いで鋭く返す。
たぶんこれまでにお姉ちゃんにそんな態度を取ったことはない。
だからお姉ちゃんはひるんでしまった。
目を大きく開いて蛇に睨まれた蛙のように佇んでいる。
それも私を苛つかせるだけだった。
「…」
「なんで黙るの!?言いたいことがあるんでしょ!?言えばいいじゃない!!」
「…」
「お姉ちゃんっていっつもそう!誰に対してもいい顔しちゃって!!」
「…絵乃さん、言い過ぎです。」
「右京さんは黙ってて!お姉ちゃんはズルイ!!私のお味噌汁が美味しい!?私、お姉ちゃんが作ったのより美味しいなんて言われたことないよ!?そんなに自分の料理の腕を自慢したいの?そんなに自分のことを褒められたいの?だったら私をダシにしてないで、素直に褒めてくださいって言えばいいでしょ!!」
「…絵乃…」
「私に手伝わせたいなら、はっきり手伝えって言えば!?悪者になりたくないからって遠回しに言うなんて姑息なのよっ!!」
「…」
「私を利用して自分のこと『いいお姉ちゃんでしょ?』ってアピールしないでっ!!」
暴走した感情は止められない。
口も収まることを知らずに、どんどん言葉が溢れ出た。
「…絵乃さん。」
右京さんが厳しい顔をして私を見る。
言い過ぎた。
そんなの分かっている。
だけど…止まらなかった。
お姉ちゃんや兄弟達が心配してくれているのも分かっている。
だけど、構わないでほしかった。
感情をうまくコントロールできない。
唇をキュッと噛み、手をグッと握りしめる。
「…おはよう。どうしたの?大きな声、聞こえてきた。」
そこに聞こえてきたのは穏やかで静かな声。
みんなが一斉に振り向く先にいたのは琉生さんだった。
「…琉生さん。」
「おはよう、絵乃ちゃん。どうか、した?」
ふんわりと笑い首を傾げる琉生さんは、今の私の叫び声が聞こえなかったかのようにいつも通りに笑ってくれている。
その好きな笑顔が見られなかった。
醜く歪んでいるはずの自分の顔を隠す様に俯く。
見られたくない。
琉生さんにこんな顔…
「…」
「絵乃ちゃん?」
「…」
答えない私に琉生さんの声が沈んだ。
いきなり両頬に手を添えられ、ムリヤリ顔を上向かせられる。
そして覗き込んできた綺麗な顔が曇った。
「どうかした?…泣きそう。」
「…」
「絵乃、ちゃん?」
「…っ!」
見ないで…
これ以上、私を見ないで。
こんな私を見ないで…
もっと近づきそうになった琉生さんから逃げるように、頬を包んでいる手を振りほどく。
驚いている琉生さんを見てさらに泣きたくなった。
私はその場から走って逃げだし、家を飛び出した。
2015.05.28. UP
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夢幻泡沫