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オマエのことが好きなんだ

03



疑惑は濃くなっていく一方だった。
スノボから帰ってきて聞かされた話は、絵麻がスリに遭って、捻挫して…と彼女の話だらけだった。
花見をした時には、昴が彼女の荷物持ちに立候補して兄弟達が騒いだとのこと。
その昴のバスケの試合には彼女が来ていて、弟との言い争いから彼女を傷付けてしまったらしい。
5月に入って週末に行った別荘で椿と梓が険悪になったこと。
その原因が彼女であり、棗は『あいつはいいヤツすぎる』と苦しそうに言ったのだった。
ここ半年ほどの棗を思い返すと、正直つらい。
この頃は棗と会うのに躊躇いを感じることの方が多かった。
彩夏は深く息を吐きながら、貰った合鍵を棗のアパートのドアノブに挿した。
今日は穏やかに過ごせるといいんだけど…
そんなことを考えながら鍵を回そうとして、彩夏は小さな抵抗がないことに気づいた。

「開いてる…?」

鍵を抜きドアノブを回せば、カチャリという音とともに玄関が開く。

「不用心…棗、いるの?」

一歩入った彩夏はギクリと足を止めた。
視線の先には女物…もっと詳しく言うと学生特有のローファーがあった。

「な、に…これ…どうして…」

嫌な予感がする。
条件反射なのか本能なのか、足音をたてないように短い廊下をうるさい心臓と一緒に進む。
小さい物音をたてて開いた部屋では棗がスーツから部屋着に着替えているところだった。

「棗…」
「…っ、驚かすなよ。」
「鍵、開いてた。」
「ああ…開けっぱなしだったか。」
「うん。」
「そうか。…なあ、彩夏…悪いが、今日は立て込んでて…帰ってくれないか?」
「え…?」
「詳しくは今度話す。今日は帰ってほしい。」
「…それは…」
「うん?」
「それは…玄関にあるローファーと…関係、ある?」
「っ、…」
「ある…の、ね?」
「…ああ。」

苦虫を噛み潰したような棗の顔に、彩夏の眉間が険しくなる。
その時、彼女の後ろからか細い声が聞こえてきた。

「シャワー、ありがとうございました。」
「…どうだ?」
「気持ちよかったです。」
「シャワー…?そんな音、気付かなかった…」

それだけ何も考えられなかったのかもしれない。
彩夏が振り返ると、そこには棗の服を着た可愛らしい女の子がいた。
疲れた表情をしていたが、シャワーを浴びたからか頬が上気している。
その少しつり目がちな大きな瞳が驚いたように彩夏を見た。

「…彩夏、絵麻だ。」
「あぁ…あなた、が…」
「…初めまして。」
「初めまして、彩夏と申します。絵麻…ちゃん、私は棗の婚約者です。よろしくね。」
「あっ、あのっ…私っ…」
「…彩夏…悪いけど帰ってくれないか?」
「…分かった。」
「あ…いえっ、私が…っ!」
「いいのよ。…事情がありそうだから、今日は私が帰る。お邪魔しました。」

なんで、絵麻が棗の部屋でシャワーを浴びていたのか。
なんで、棗の服を絵麻が着ているのか。
なんで、自分が帰されなきゃいけないのか。
なんで、絵麻の方が優先されるのか。
…なんで、自分より絵麻を選んだのか。
怒鳴り散らしたいのをぐっとこらえて彩夏は絵麻の横をすり抜けた。



「ねぇ、お母さん…結婚ってなんなのかな?」

久し振りに帰った実家で彩夏は零すように言った。
夕飯後、一緒に一服していた母親がぱちくりと目を瞬かす。

「…」
「ね?なんだろうね?」
「…私は大切な人ができることだと思ってるけど。どうしたの、急に?」
「んー…」

…大切な人。

「…大切って一番?」

自分にとって棗が一番大切な人には変わりない。
だけど、棗にとっては…?
棗にとって一番大切な人は自分なのだろうか?

「そうよ。」
「それがお父さん?」
「ええ。」
「お父さんもそうなのかな?」
「さあ、どうかしら。なに?マリッジブルー?」
「そんなんじゃないよ。」

クスクスと笑う母親に、彩夏も気が抜けたようにへにゃりと笑う。
…きっと、父親もこの母親のことを大切に思ったからこそ結婚したのだと思う。
そんな二人に間に生まれて育った彩夏なのだから、少なくとも影響はされていた。
喧嘩をすることもあるけれど、一緒に過ごすことが心地よい相手。
そんな人との結婚を望む。
それが、彩夏にとって棗であったはずなのだが…

「…婚約解消するかも…って言ったら、どうする?」
「そうねえ…とりあえず棗君を呼び出して、尋問するかしら。」
「あらら…」
「なに、どうしたの?」
「んー…ちょっと…気持ちがね…」
「まあっ!本当に棗君を呼び出さなきゃダメかしら?」
「そんなことやめてよね。」
「あなた達が決めたことなら仕方ないけど…」
「ねぇ…私のせいだとは思わないの?」
「なに言ってるの!私の娘を見くびらないでちょうだい!」
「…え?」
「彩夏がこういうことで間違うはずがないでしょ?」
「お母さん…」
「私の娘は世界一よ!棗君も見る目がないわね。」
「…ありがとう。」

思ってもみなかった母親の言葉に、彩夏の目が潤む。
それを見られないように不自然なほど急いで俯けば、温かい手が肩をポンポンと撫でた。

「彩夏が幸せになることが私達の一番の願いなの。たくさん考えて答えを出しなさいね。」
「うん…」
「私の娘は世界一っ!」
「…ごめんね。」

この言葉が出るということは…
娘の項垂れる頭を、母親は肩と同じように撫でるのだった。


2016.07.28. UP




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夢幻泡沫