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オマエのことが好きなんだ

06



「なに飲んでるの?」

隣に座った梓は彩夏のグラスを指しながら聞いた。

「これ?ゆず茶。」
「アルコールじゃなくて?」
「…ちょっと自粛中なの。」
「…ふうん。そう言われれば、少し顔色悪いみたいだけど。大丈夫?」
「うん、ありがとう。」
「僕、飲んでもいいかな?」
「もちろん、どうぞ。」
「ありがとう。」

近くにいた店員に注文した後、梓はハア…と溜息をつく。
そして何とも言えない表情で彩夏を見た。

「…棗から聞いた。」
「ん?」
「婚約、白紙に戻したんだって?」
「あー…うん。挨拶に行けずにすみませんでした。」
「別に僕はいいけど。なんで?」
「棗から聞いてない?」
「聞いた。多分、別れてすぐぐらいじゃないかな。棗がマンションに来てみんなの前で報告してた。」
「そう。何て言ったか知らないけど、理由はそれでいいんじゃない?」
「彩夏ちゃんに振られたって。棗の気持ちが他に移ったのが原因だって。」
「…棗がそう言ったの?」
「うん。」
「相変わらずね。バカ正直って言うか、苦労性って言うか。そんなこと言ったら、棗が槍玉に挙げられるの分かり切ってることなのに。」
「でも、それが棗でしょ?」
「…そうね。」

クスリと笑った彩夏は初めて梓の目を見た。

「ホントはね、梓くんと会うの気まずいと思ってたの。今日は来ないって聞いてたから、私は参加したんだけど…」
「仕事が早く終わってね。幹事に連絡入れたら彩夏ちゃんが来てるって聞いて。それに、人数増えても大丈夫って言ってくれたから。」
「そうだったんだ。とにかく、梓くんが今までみたいに話してくれてよかった。」
「棗の婚約者じゃなくなっても、友達でしょ?椿も会いたがってた。」
「椿くんは3年のクラスが違ったからね。」
「大学に入って棗と付き合いだした時はビックリした。彼女って紹介されたのが彩夏ちゃんだったから。」
「そういえば、いつの間にか名字から名前に呼び方が変わってたね。」
「椿も棗も名字じゃなくて『彩夏』の方で呼んでるでしょ?だから僕もいつの間にか、だったよ。」
「そっか。」
「棗もバカだよね。彩夏ちゃんみたいな子から気持ちを逸らすなんて。」
「…それ、梓くんに言われてもね。梓くんだって同じ穴の狢なんでしょ?」
「…」
「きっとイイコなんだろうね。」
「それは…」
「あ、答えなくていいから。悪いけど…聞きたくない。」

苦笑する彩夏に、梓は困ったように視線を逸らす。
その時、彩夏のスマホが光った。

「…ごめん、ちょっと席を外してもいい?ついでにおトイレにも行ってくる。」
「ああ、うん。」

ホッとしたように頷いた梓にもう一度断りを入れて、彩夏は荷物ごと場所を離れた。
入れ替わるように戻ってきた円香に、梓は席を立とうとする。
もともと彩夏と彼女が話していたところに割り込んだ形なのだ。

「ごめんね、今どくから。」
「いいよ。私もアズ日奈君に話しておきたいことあったから。」
「え?僕に?」
「そう。」

円香は持っていたグラスをグイと傾けると、据わった目をして梓を睨んだ。

「アズ日奈君には悪いけど!私、アンタの弟を恨むから!!」
「弟…?」
「ナツ日奈よ!!」
「棗?」
「なんなの、ナツ日奈のやつ!!」
「ええと…キミがそこまで荒れる理由が分からないんだけど。」
「彩夏のことに決まってるでしょ!」
「…ああ、キミも知ってたんだ。」
「親友だから!当たり前でしょ!!」
「その彩夏ちゃん。ちょっと調子が悪そうだったけど、大丈夫かな?」

梓の言葉に円香は驚いたように目を大きくした。
それから半眼になり、探るようにじっと梓を見つめた。

「…ねえ。」
「うん?」
「アズ日奈君って頭良かったよね?」
「どうかな?」
「とりあえずナツ日奈やツバ日奈君と違って状況判断はできるよね?」
「…状況判断?彩夏ちゃん、どうかしたの?」

首を傾げる梓に、円香の苛立ちが増す。
勢いよくグラスを空にすると、円香は梓の方へ体ごと向き直った。

「アズ日奈君って、彩夏と友達なんだよね?」
「まあ…」
「じゃあ、一緒に飲んだことぐらいある?」
「それなら何回も…」
「ならっ!分かってよ!!」
「だから…」
「女の子がいまいち調子が悪くて、なおかつアルコールを控えてるって…飲めないってことだよ!彩夏だよ?飲むのが好きな彩夏が、だよ!?」
「…え…まさ、か…」
「彩夏が何も言わないから私も言わないけど!私は、ナツ日奈を許さないからっ!!」
「えっ…ちょ…ちょっと待って…それって、棗…なの?」
「そっちこそ待ってよ!彩夏だよ!?ナツ日奈に一途な彩夏なんだよ!」
「そこは疑わないけど…でも、だって2人は…棗は彼女に振られたって…」
「その場で押し倒してナマでやったんだって!ほんと、サイテー!!」
「…そ、れ…ほんと?」
「いくら大嫌いなナツ日奈にでも、こんな冗談は言わない。…笑えないでしょ。」
「うん…ほんと、に…」

ガンと殴られたような頭の重みを抱えて、梓は深く息を吐き出した。

「…棗は知ってるの?」
「知らないと思う。彩夏が知らせてないもん。」
「なんで…」
「婚約を解消したからでしょ。彩夏、仕事も辞めて、実家に戻ってるよ。」
「…ああ、もう…ほんとに…」
「ナツ日奈に言うかどうかはアズ日奈君に任せるけど、彩夏にとってはあんまり知られたくないことではあると思う。」
「…ほんとに…棗はバカなんだから…」
「違うっ!救いようのない大バカよっ!!」

円香はたっぷりと入った新しいグラスを一気に飲み干して、テーブルに音を立てて置く。
それにつられるように梓も一気にグラスを空にした。


2016.10.06. UP




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夢幻泡沫