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恋ってなあに? 番外編

やっと素直になれたから



「万里、今度の週末はヒマ?」

月穂の部屋で寛いでいると、彼女がそれとなしに聞いてきた。

「今週末?」
「そう。」
「ヒマっちゃヒマだけど…何で?」
「イベントがあるの。来ない?」
「踊り?」

そう、とラックにしまわれた紙をペラペラとめくりながら月穂は頷く。
何枚目かで出てきた紙を広げてみれば、小さめのポスターだった。

「これ?…七夕祭り?」
「そうなの。お座敷を借りきって和楽器の演奏を聴いたり日舞を観たりした後に、日本庭園で流しそうめんを楽しみましょうってお祭り。どうかしら?」
「楽しそうじゃん。行くよ。月穂も踊るんだろ?」
「うん。」
「久しぶりだな、月穂が踊るところを観るの。」

万里はそう言うと目を細めて月穂の頭を撫でた。
受験が終わってそれぞれが無事に志望校へ進学し放課後や休日を一緒に過ごしていたものの、会えば長く一緒にいるが中学生の頃に比べれば一緒に過ごす日は少なくなった。
万里は高校でもバスケ部に入り、平達と汗を流している。
月穂が進学した黎明高校には芸能科があり、一般科目に加えて特別科目も選択でき授業数が多くなっていた。
更に万里の父親が海外単身赴任から帰国し母親も仕事をセーブするようになったため、彼は家に戻ることが増えていた。
それは喜ばしいことなのだが、寂しさや羨望と言う名の嫉妬があるのも事実で。
少しだけ素直になれない自分がいるのが、月穂自身ももどかしかった。



「安部、久し振り!!」
「わあっ!お久し振り、天野君。」
「安部が踊るって万里と一ノ瀬から聞いて、オレ観たくて来ちゃった。」

晴れやかな笑顔で言う平の横には照れたような雛姫がいた。

「雛ちゃん、元気だった?」
「うん、月穂ちゃんも元気そうでよかった。ポスター見てから楽しみにしてたんだよ。」
「ありがとう。」

街角に張ってあったポスターを見て、雛姫が月穂に連絡を取った。
そうしたら話が盛り上がって観に行くから!と雛姫は意気込んで月穂に言ったのだ。
キャーッと手を取り合う少女達を微笑ましそうに万里と平が見ていると、聞き慣れた声が遠くからした。

「お、天野に日下。なんだ、お前らも来たのか?」
「花島田!おめーも来たのかよ?」
「当然だっ!!マコトさんの行くところ、この花島田どこまでもお供致します!ああ、マコトさん!今日のお姿もまた麗しくその輝かしい…」
「ウルサイ、花島田。」

花島田の後ろから煩わしそうな顔で近づいた真は、月穂を見るとニッと笑いかける。
それにニコリと笑い返すと、月穂は真に抱きついた。

「真っ!」
「久し振りだな、月穂。ヒナに誘われてきたが……日下や天野までいたのか。」
「そりゃないっしょ、相模。オレ、月穂の彼氏だし?」
「オっ、オレも一ノ瀬と付き合ってるしっ!!」

ハイハイ、と月穂を真から引き離して万里は苦笑する。
平もビッと手を挙げて主張する様子は数カ月前を思い出させた。

「みんな、楽しんでいってね。私、そろそろ準備しなくちゃいけないから行くけど。流しそうめんの時は合流するから、またその時に。」

月穂は嬉しそうに微笑むと、楽屋へ向かった。



これが芸術だ、と見せつけられる。
月穂の舞が美しいものである、と誇示される。
久しぶりに観た彼女の舞はあでやかさに磨きがかかっていた。
万里は自分の顔に集まる熱をどう処理していいか分からない。

「す…っげぇ…」

キラキラした目の平の漏らす言葉に深く同意する。

「月穂ちゃん、素敵…」
「ああ、綺麗だな。」

真と雛姫の言葉にも胸の内で頷く。

「ほう、月穂姫はまた腕を上げたようだな。」

花島田の呟く言葉にも納得する。
だけど、あれはオレの知っている月穂か?
確かに前から魅了する舞だけど、こんなに締めつけられるような思いをしたか?
月穂が踊る前に花島田が簡単に説明した。
『五色の糸』と言って、七夕を題材にしたこの踊り。
七夕に恋人を想う娘心を歌った長唄で、しっとりと美しくつややかで綺麗な曲だ。
三味線の音と独特の節回しで踊る月穂は色香をふんだんに纏っていて、それが一人だけ先へ先へと離れていくように感じる。

先に大人にならないでほしい。
オレを置いて行くな…。

知らないうちに握った拳に力が入る。
なまめかしい仕草に胸が焦がれる。
わざと無表情のまま踊っていた月穂が最後に見せた微笑みに、会場中からほぅ…とため息が漏れた。



「万里、知っていた?織姫様と彦星様の待ち合わせ時間って、7月7日の午前1時くらいなんだって。」
「へえ〜。」
「今頃、支度で忙しいのかな?」

帰り道、見えない星を見上げながら月穂はクスリと笑う。
絽の着物に着替え直した月穂は舞台化粧もすっかり落として、年相応の表情で万里の隣を歩いていた。
けれど身体に染みついた日舞の動きがふと目につき、万里の心中は穏やかではない。
抜いた襟から見える白い項。
少し長めの袖元から見える細い指。
普段より狭めの歩幅。

「あっ、ねえ万里。短冊にお願い事書いた?」
「うん。」

急に自分の方に顔を向けた月穂の瞳が眩しくて、万里はさっと視線を逸らす。

「なに書いたの?」
「…言ったら叶わなくなるだろ?」
「それは神社のお参りでしょ?七夕は平気だよ。」
「じゃあ月穂は何を書いたの?」
「私は日舞の上達。元々、七夕の祈願は芸事に御利益があるんだって。」

ふふっと少しだけ得意気に話す月穂が愛おしい。

「今のままでも十分に上手いじゃん。」
「…マダマダです。」
「ま、芸の道に終わりはないって言うからね。」
「本当、その通りよ。死ぬまで止められそうにないわ…」
「頑張りましょう。」
「…ハイ。ねえ、今日の踊りはどうだった?」

ポツリと甘えるような声で聞いてきた月穂に眩暈すら感じる。
それでも万里の目にどのように映ったのか心配でならないらしい。
不安が見え隠れする瞳に、万里は優しく目を細めると彼女の手を取った。
さっきまで大人びて見えた月穂が、今は支えてやりたくなる程小さく見える。
彼女だって高校生になったとは言え、まだ15歳なのだ。
しかも中坊の時に想像していた高校生より、ガキっぽいと自分でも思う。

焦ることはない。
オレも月穂も一緒に成長していけばいいのだから。

ねえ、と答えを急かすように力を込めた手をしっかりと握り返す。

「大変よく出来ました。」
「…よかった。」

ホッと息を吐く月穂の横顔が可愛くて。
万里は暗がりを言い訳に、月穂にそっと口付けた。


2013.07.07. UP




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夢幻泡沫