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恋ってなあに? 番外編

隣同士ふたり同じ方向を見てた



「天野くん、天野くん。」

登校一番、新竹が友達とメモ帳片手に平を捕まえた。

「まさかと思うんだけど、天野くんはエロ本にキョーミなんて…」
「あるよッ。」

爽やかな笑顔で答えた平に、新竹達はショックを受ける。
やっぱり本の中にしか『理想』なんてないわーっ、と泣きながらその場を去る彼女達に万里は呆れた。

「うちのクラスの女子もあたり前っちゃあたり前のコト訊くよな。」
「何で泣いてんだ?」
「平、ホントにエロ本見たい?」
「え?万里、もってんの?」

そんなやりとりをしながら教室に向かう2人を、下駄箱の陰から盗み聞いていたのは3人。
雛姫と真と月穂だった。

「…ショーゲキ的な発言だ…。天野が女のハダカを見たいとは…」
「ショックね…」
「…うーん、でも天野くんも男の子だから。」
「あいつが下品な奴だというのはわかっていたつもりだが、いつのまにか理想化していたのか…?こんな事でショックを受けるとは…」
「真、かわいい。」
「ショックをうけてる自分にショックだ。」
「ふふっ、女の子だねえ。」
「男のコってああいうものだから。」
「だよねえ、雛ちゃん。」
「ヒナ…月穂…ソレ、ちょっとカッコイイ…」

姉妹しかいない真にとって男と言うのは未知なもので、今回のような俗的なことをさらりと受け入れられる雛姫と月穂が羨ましかった。



3−Dはこの年頃にしてみれば、男女関係なく仲のよいクラスだ。
それなのに、男子がエロ本を隠し持ってきたことに女子が嫌悪感を示したことが発端となり。
女子が持ってきたファッション雑誌のアイドル特集に男子が反発して亀裂が深くなり。
男女間で一触即発の事態に陥った。
それがしばらく続く中で前山と筒井が2人して遅くになっても帰宅しない、という出来事までに発展してしまった。
ちなみにこの2人は、クラス内でも公認の仲だ。
流石にクラス委員の桜井女史が全員に連絡を取って回り、近くの公園に集合となったのだが…。
日舞の稽古で出遅れた月穂は、女子が全員で向かったと筒井の家へ急いだ。

「金輪際、うちの息子にチョッカイ出さないでいただきます。この時期の子供なんて、さぞ騙しやすかったでしょう?」
「悪いのはそちらのお子さんじゃありませんか!!この時期の男の子の考える事なんて!家柄が知れますわね!!」
「しょせん忘れるような事に夢中になってばかばかしい。」
「こんなコドモのたわいない一時期の感情で一生を棒にふられたんじゃたまりませんわ。」

双方の母親が大勢の前だということも忘れて罵り合っている。
対象は互いの子供で、同じ年頃の子供達がたくさんいるというのに…。
勢いにのまれて言葉を失ってしまっていた中で、小さい細い声がポツリと聞こえた。

「忘れないよ…」

発せられた方を見ると涙を浮かべた雛姫が俯いて、それでも続けようと口を開く。

「イイかげんなんかじゃないです。コドモって、それはそうかもしれないけど…それでも自分達はイッショーけんめい、シンケンなんです。」
「認めません!!『真剣』なんて認められますか!」
「私も許しませんよ!!」

ビクッと雛姫の体が揺れた。
それこそ一生懸命に言った自分の意見を瞬く間に否定され、声を荒げられ、浮かんでいた涙が零れそうになる。
月穂はそんな雛姫の肩を抱くと、2人の母親を見た。

「小母様達から見れば、まだたった15年しか生きていないですけど…それでも私達は私達なりにたくさん考えています。オトナからみれば稚拙かもしれないけど…でもいろんなことを感じています。認めないって、許さないって…そんな簡単に否定しないでください。」

悔しそうに訴える月穂の言葉も、双方の母親にとっては火に油を注ぐだけだった。
どんどん表情が険しくなってくる2人に、帰宅したり迎えに来たりした父親達も宥めることができないままなす術がない。
そこへようやく渦中の前山と筒井が帰ってきた。

「お母さん、ただいま。」
「めぐみッ!!何時だと思ってるの!?」
「ごめんなさい、お母さん。遅くなって。」
「親に心配かけて、恥かかせて、今まで何やってたの!?」

安心と不安。
2つの感情がぶわっと湧き出てくる。
それを押さえきれずに筒井の母親の手が高く上がった。
勢いに任せて振り下ろす手の先には、逃れるように目をつむった愛娘。
その頬に手が届く前に、割り込んだ人物がいた。
双方の母親も、月穂達も、前山と筒井を見つけた万里達も、そこにいる誰もが目を瞠る。
バシ、と乾いた音がしてよろけるように横を向いたのは…。

「前山ッッ!!」

筒井が驚いて晴れた頬に触れる。
心配する彼女を横にどかすと、前山は筒井の母親に深く頭を下げた。

「ごめんなさい。僕のせいです。筒井さんが帰るのをひきとめました。」
「違う…違うじゃない!」

前山の謝罪を、筒井は涙を流して遮った。

「あたしだよ!あたしが言ったの!!帰らないでって、一緒にいてって、でなきゃ勉強できないって。だってホントのことだもん、こんなんじゃ勉強できない!!」

ポロポロと零れる涙をそのままに、前屈みになって筒井は感情を爆発させる。

「どうしてみんな止めるの?どうして一緒にいちゃダメなの?勉強なんかできないよ!ガッコ違うのも別々になるのもわかるけど、わかりすぎるほど納得してるけど…キモチはわりきれてない。感情が追いつけない。」

筒井はもう涙が止まらない。
こすってもこすっても溢れてくる涙に、その姿に、3−Dの女子達も泣きだしてしまった。

「…一緒にいたい。」

その気持ちは月穂も痛いほどよく分かる。
筒井と気持ちを共有するように、女子達は自然と集まって静かに泣いた。



「…あーあ。目ぇ、真っ赤。」
「…だって筒井さんの気持ち…」

未だに潤んでいる瞳に撫でるようにして触れると、万里は月穂をぎゅう…と抱きしめた。

「…筒井さん、キレイだった。前山くんもカッコよかった。」
「ホーント。なーにが『わかんない』んだか?」
「『わかんない』…?」
「前山、言ってたんだよ。『親に何もかも否定されて家に帰りたくなくて、でもどうしていいかわかんない』って。」
「そうなんだ。」
「ちゃんとわかってんじゃんねえ?」
「うん。…ねえ、万里。」
「んー?なーに?」
「もし同じような事が起こったら…万里は私を守ってくれる?」

背中に腕を回して抱き返してくる月穂が不安そうに聞く。
そのいじらしい行動に頬が緩む。
万里はクスッと笑って片方の口端を上げた。

「…んー、どうかなー?」
「もうっ!」

ポカリと胸を叩いたその手を優しく包むと、やっと元に戻った瞳を覗き込む。

「月穂は?オレと一緒にいたいって思ってるの?」
「…さあ?」
「月穂の方がイジワルじゃん。」

挑むように覗き返してくる彼女から願う言葉は返ってこず。
それでも半ば予測していた答えであって、更にその頬が色づいているとなると。

「…もう少し一緒にいよ?帰るのはもうちょっとあと。ちゃんと送るから。」
「…ありがとう。」

どちらからともなく、ふっ…と笑みが零れる。
万里は背中に回っている腕を自分の方に寄せ、月穂の微笑んでいる唇に吸いついた。


2017.06.19. UP




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夢幻泡沫