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chanson du thème
Être maintenu à un moment pour briller
「残念ながら…」
「ウ、ソ…でしょ!?」
「あなたの膝は…」
「だって、先生っ!バスケはっ!?私、バスケしてるんですよっ!?」
「激しい運動は禁止です。日常生活に支障をきたしてしまいます。歩行すらできなくなる可能性もありますので。」
「…じゃあ…バスケは…」
「…残念ですが、諦めてください。」
いやっ!!と叫んだところで目を覚ます。
…最悪。
跳ね起きたベッドの上で、私は深く息を吐き出す。
眩しすぎる太陽の自己主張が私の気分をさらに落とした。
夢を断たれて何年も経つ。
それなのにまだこうして当時のことで魘されるのは、未練があるから。
だからバスケは嫌い。
バスケをする人も…嫌い。
洗濯したてのシャツに袖を通しても気分はどん底。
こんなんで学校に行きたくないのに…。
溜息が止まらない。
重い足取りで登校していた私に、友人が元気よく話しかけてきた。
「舞、おはよっ!」
「おはよう…」
「えー!?元気ないねー。」
「ちょっと、ね…」
「今日の体育、バスケだって!うふふっ、藤真君と同じクラスでよかった!!」
「…あー…そう。良かったね…」
嬉し顔の友人の言葉にまた気持ちが重くなる。
私が通う高校、翔陽高校で藤真健司は有名人だ。
男子バスケットボール部の主将にして監督。
二足の草鞋を見事に履きこなし、いろいろな大会でいくつも成績を残している。
さらにその麗しい容姿で、学校内外で女子生徒を何十人と虜にしている。
付け加えて竹を割ったような清々しい性格で、男子生徒からも慕われている。
要するに、眩しい人なのだ。
でも…私は嫌い。
近づきたくもないし、そばに寄ってもほしくない。
膝を壊すまでは運動一筋で生きてきた。
だから、女の子集団でやる体育は余裕がある。
「舞、お願いっ!」
鋭くもないパスが私に回ってくる。
あらかじめポジショニングしていた場所から3Pを打てば、ガコンと憎らしい音を立てながらボールがネットに落ちていった。
「やった!舞、すごいっ!!」
…こんなの、すごくも何ともないし。
音がなる3Pなんて及第点ギリギリなんだよ。
思わず口から出そうになる言葉を何とか飲み込むと、近寄ってくる友人に手を上げながらありがとうを返した。
「ほら、今度は守らなきゃ。」
走り出す友人を羨ましく思いながら、相手チームのスローイングを意識する。
相手方の攻撃をカットし、ボールをまたネットにくぐらせれば私のチームの勝ちが決まった。
次の試合のために場所を譲り、邪魔にならない位置で一息つく。
大して走ってもいない私はそこまで疲れてもいなかった。
「なあ、江川。」
ぼんやりと試合を見ていると、男子から名前を呼ばれる。
普段あまり男子とは絡まないから、誰だろうと相手を見ると藤真君だった。
「…藤真君。」
「お前、女バスだっけ?」
「え…?」
「バスケやってるだろ?お前の動きを見ててそう思った。」
「えー!?見て分かるのー?すごーい!さすが藤真君!!」
隣で聞いていた友人が目を輝かせながら話に割り込んでくる。
そのまま彼女と話してればいい。
友人の方に藤真君の目がいっているのをいいことに、私は視線を逸らした。
「でも舞は帰宅部だよ。部活、やってないよ?」
そう、バスケを止めてから夢中になるものができなかった。
電車で数十分離れたこの学校を選んだ理由も、誰からもあまり干渉してほしくないから。
ギリギリに登校し、すぐに下校する。
放課後に友人とどこかに寄るなんてこともしなかった。
「悪いな。今、江川と話してるんだ。おい、無視すんなよ。」
「…そんなつもりはないけど。」
「で、お前バスケやってるだろ?」
「やってないし、女バスにも入ってない。」
「マジでか!?」
「本当。」
「じゃあ過去にやってた。だろ?」
「…仮にやっていたとして、それがどうかした?」
「俺と1on1やらねえか?」
「冗談でしょう?藤真君と?男バスの主将と?あり得ない。」
「何でだよ?お前、絶対うまいだろ!?」
「…あり得ない。」
怒っているような藤真君からまた視線を逸らす。
構わないでほしい。
バスケには関わりたくない。
「おい、藤真。やめとけよ。」
「なんだよ、花形。お前だってコイツのプレイに感心してたじゃねえか!」
「確かに綺麗なフォームだと思ったけど、嫌がっているじゃないか。江川さんの言う通り、普通に考えて女子がお前とバスケをしたって結果は分かり切ってるだろ?」
「結果なんてどうでもいいんだよ。江川とプレイしてみたいって思っただけじゃねえか。なあ、1on1しようぜ?」
「嫌よ。」
「ほら藤真、江川さんも嫌って言っているだろ?諦めろよ。」
「嫌だね。授業終わってからでいいから!1回でいいから!」
「藤真…ガキじゃないんだし…」
「…」
「そこっ、騒がない!」
段々と声が大きくなってきた藤真君を先生が注意する。
すいませんと彼が謝っている間に、私は別の場所に移動した。
…それなのに。
授業の挨拶が終わった途端、藤真君は私を捕まえて体育館に残した。
「…本当に嫌なんだけど。」
「そんなことばっか言うなよ。ほらボール、お前の攻撃でいいから。」
シュッと投げてよこしたそれは、友人の比ではなかった。
思わずしっかりと受け取る体勢を取ってしまう。
それを見て、藤真君はディフェンスを始めた。
…でも、残念。
勝負する気はサラサラない。
私はボールの感触を確かめるように何回かつくと、ゴールに向かって高く投げた。
「なっ…!?」
完全に不意をつかれた藤真君は、ただ呆然とボールの軌跡を追う。
シュパッと小気味いい音で吸い込まれたボールが床に落ちてきたのを拾うと、私は藤真君にボールを返した。
「…ハイ、終わり。」
「お、お前っ!卑怯だぞっ!!」
「そんなことないでしょ。チェックして当然のコースだったよ。とにかく、1回の約束だからもう終わり。」
「いやっ!今のは勝負じゃねえっ!!俺がやりたいのはだなっ…」
「…藤真。いい加減、諦めろよ。」
「うるせえっ!今のは無効だっ!!」
仕切り直しだ、と今度はかなりのスピードでボールを投げてくる。
「3Pはなしだぞっ!?」
腰を低くして威嚇するように怒鳴った藤真君に大きなため息が出た。
それでも教室に帰してくれそうにない雰囲気に、仕方がなく低めのドリブルを始める。
…ボールがなかなか手に馴染まない。
ブランクが憎い。
だけど、あの頃の自分をバカにされたくない。
キュッと唇を噛んで藤真君を睨めば、ニヤリと挑発的に笑われた。
短時間勝負でいかないと負けてしまう。
ここまでされて負けるのは悔しい。
足の指に力を込めて一気に藤真君に詰め寄ると、また一つ腰を落とされた。
ボールを奪われるつもりはない。
だけど、簡単に攻め込ませてはくれない。
その駆け引きが楽しい。
彼の隙を見つけては切り込もうとするものの、完全に抜かしきれないのでまた別の手口を模索する。
日頃の運動不足が崇り、体が重い。
息も完全に上がっているし。
そろそろ無理にでもいかないと終わらせられない。
フェイントとは違う方向にドライブをかけた私に、藤真君は一瞬遅れた。
コレで決める!とさらに加速する。
それでも…
世の中、そんなに甘くはなかった。
「っ…ぁ、ぐ…っぁ…!!」
膝が限界を超えてしまった。
床に崩れ落ちた衝撃で体が痛いはずなのに、一切感じられなかった。
膝の暴発の方が、痛い。
「江川っ!?」
「…っ…」
「おいっ、大丈夫か!?」
「…だ、から…」
「え?」
「だから、嫌だって…言ったのに…」
「…」
痛みなのか悔しさなのか、じわりと目頭が熱くなる。
「…藤真君の勝ち…で、いいでしょ。」
「あ…いや…」
「もう、いいから…帰って。」
「でも…」
「いいからっ!」
みじめな姿を見られたくなくて。
これ以上、落ちぶれたくなくて。
顔を隠して叫ぶように言えば、しばらくして体育館から誰もいなくなった。
授業が始まった校舎は人気がないように静まり返っている。
その中をズッと足を引きずる私は、本当にみじめで…。
歩けない体をムリヤリ引っ張って保健室に入る。
保健の先生に驚かれたが氷嚢を作ってもらい膝に当てる。
冷たい刺激もあまり感じられず、また泣きたくなった。
「今日はもう帰った方がいいかしらね?病院はどこ?連絡しておくわよ。」
そんな先生の言葉を断り、親に連絡してもらった。
かなり痛がっている私を見た親は厳しい顔をしたが、黙って家まで連れて帰ってくれた。
それから数日、私は学校をサボった。
そんなことをしている間に、翔陽は新勢力の湘北に負けたらしい。
全国まで出た学校がリーグ戦に残ることなく夏を終える。
どれだけ悔やむことかはよく分かっているつもり。
しかも翔陽の主戦力は3年生。
藤真君達、だ。
顔を合わせづらいこと、この上ない。
膝を庇って…それだけではないが、ゆっくりと教室まで行きドアを開けると完全に注目されてしまった。
「舞っ!大丈夫?」
「あ、うん。おはよう。」
「おはようじゃないよー。ずっと心配してたんだからね。」
「あー…ごめんなさい。」
友人が小走りに寄ってきて私のカバンを取りあげる。
「いや、もう大丈夫なんだけど。」
「でもダメ!」
そう言って席まで持った友人は、今度は自分の席に戻りノートを数冊抱えてきた。
「これ、お休みしてた分のノート。」
「貸してくれるの?」
「もちろん!」
「うわっ、ありがとう!」
「舞が元気に戻ってきてくれて嬉しいんだよー!」
ニコニコと笑いかけてくる友人に、サボっていた私は罪悪感を覚える。
微妙に引き攣った笑みを浮かべていると、江川と名前を呼ばれた。
「…藤真君。おはよう。」
「はよ。膝…大丈夫か?」
「あ、うん。お騒がせしました。」
「いや…悪かったのはこっちだから。」
形のいい眉を顰めて困ったようにボリボリと頭をかいた藤真君は、少ししてしっかりと私を見た。
「…悪かった。きちんと詫び入れたいから、今日の放課後付き合ってくれ。」
「え?」
「さっさと帰るなよ。」
そう言うと自分の席に戻った藤真君に呆然とした。
放課後、約束通り藤真君は号令の直後に私の席までわざわざ来た。
「ほら、帰るぞ。」
「あ、あのね。本当に大丈夫だから。」
「俺の気がすまない。」
「だけど、部活…あっ…」
「…変な気を回すなよ。俺達は引退しない。冬の選抜に向けて一から鍛え直す。でも、今日の部活は休みだ。だから、ほら。行くぞ。」
そう言って藤真君は私のカバンを持つと、さっさと昇降口に歩き出した。
「江川、なに食いたい?」
「え?」
「詫び。」
「だから、それはっ…」
「いいからなんか決めろよ。…と、歩くの速かったか?大丈夫か?」
数歩先を歩いていた藤真君が、気遣わしげに立ち止まる。
振り返った彼は憎らしいくらい格好良くて、不覚にも心臓が高鳴った。
だけど、私は…
「…藤真君。」
「んー?」
「…私ね、藤真君が嫌い。」
「は…!?」
「バスケが嫌い。バスケをする人も嫌い。だから、藤真君も嫌い。」
「…は?なんだよ、その理屈。」
「ごめんなさい。だから詫びなんていらない。」
「…」
「バスケに関することは、私の近くにあってほしくないの。出来ることなら体育でもしたくないくらい。翔陽に通っていてそれは無理でしょって話だけど、だったら出来る限り排除したい。」
「俺、なんかした?あー、いや…したことはしたんだろうけど…悪い、何が悪かったか分からねえ。」
「藤真君は悪くないよ。だから藤真君が言ってる詫びとやらもいらない。」
「…朝も言ったが、それじゃ俺の気がすまないんだ。」
困ったように地面を蹴る藤真君は、私のそばに来ると怒ったように手を掴んだ。
「江川が決めないんだったら俺が決める。ちょっと歩くが、うまいクレープ屋があるんだよ。そこでいいな?」
「クレープ、屋?え…藤真君、クレープ食べるの!?」
「何だよ、その驚き方は。俺だってクレープ食うぞ、失礼なやつだな。」
そう言いながらも掴んだ手は柔らかく、歩き出したスピードは彼にしてはかなりゆっくりめ。
数日前の騒動から分かったこと。
藤真君はかなり俺様なところがある。
どんなに反対しようが、一度言い出したことは絶対にやろうとする。
それなら…好きにさせよう。
最寄りの駅を横目で通り過ぎながら、私は小さく溜息をついた。
「…クレープってサラダクレープのことだったんだ。」
「小腹がすいた時にちょうどいいだろ?」
顔なじみになっていたクレープ屋で2人分を会計しながら藤真君は自慢げに笑う。
それから奥の方の席に陣取って豪快に食べ始めた。
「…なあ。」
「うん?」
「…聞いてもいいか?」
「何を?」
「…江川、本当はバスケ好きだろ?勝負した時、すっげえいい顔してた。」
「…」
「それに、あのプレイ。やってる…か、やってたとしか思えない。…バスケを嫌いって言う理由でもあるのか?」
ペロリと食べ終わった藤真君は、Lサイズの飲み物のストローを弄びながら私を見ていた。
瞳がとても真剣で、はぐらかすことができないなと悟る。
まだよく知りもしない藤真君に自分の過去を話すってどうなんだろう?
だけど、話してもいいかな…と思えた。
「…楽しい話じゃないよ。」
それでも少し躊躇ってからそう言うと、藤真君は『だろうな』と頷いた。
「まあ、ありきたりな話だけど。膝を壊して運動できなくなったの。小さい頃からバスケをずっとやってたけど、そこでおしまい。でもね…まだ未練があるみたいでよく魘される。だから、バスケが嫌い。バスケをする人が嫌い…なの。」
面白くないでしょ、と自分をバカにしたように笑う。
「…悪、い。そこまでだと思わなかった。」
「ううん、気にしないで。でも…だからね、藤真君。」
そう言いながら、フォークとナイフを置く。
正面に座っている藤真君を真っ直ぐ見て、私は宣言した。
「私に近寄らないで。」
「地味に傷つくな、それ。」
「藤真君が悪いわけじゃないけどね。バスケを自分の近くに置いておきたくないの。バスケに関わりたくないって気持ち、藤真君には分からないでしょ?」
「…まあな。」
「ごめんなさい。今まで通り、ただのクラスメイトで。挨拶ぐらいしかしない、いるかいないか分からないような存在でいてくれるとありがたいかな。」
「…」
「藤真君?」
「…それは無理だな。」
「え?」
「俺、江川に興味を持った。だって、お前…今、どんな顔してるか鏡を見てみろよ。」
「え…?」
「笑ってるくせにすぐに崩れそうな感じだぞ。そんなやつ、ほっておけるか。」
「…同情はいらないんだけど。」
「同情じゃねえよ。強いて言うなら…あー…庇護欲?俺が守ってやりたい、って感じだな。」
「そんな勝手なっ…」
「それにお前、本当はバスケ好きだろ?さっきお前も『未練があるみたい』って言ってたし、じゃなきゃ俺に自分の昔なんか話さないはずだぜ。」
「…」
「とりあえず今日は、いろんなとこ見てブラブラしながら帰るぞ。気分転換ぐらいにはなるだろ?」
ほら、と引っ張られた腕は簡単に持ち上がる。
付随して立ち上がった私を、藤真君はそのまま連れ回した。
本屋へ行って雑誌を立ち読みし、レンタルショップへ行ってCDを借り、古着屋へ行って自分では選ばない洋服を試着して。
自分一人ではしなかったことばかりで目が回る。
…けれど、楽しかった。
「舞、今日は遅かったわね。寄り道でもしてたの?」
「あ…うん。なんか連れ回された。」
「へえ。誰に?」
「同じクラスの人。」
いつもより遅い私の帰宅に、夕飯の時にお母さんが聞いてきた。
「ふうん。どこに行ったの?」
「ええと…クレープ屋でしょ、本屋でしょ、CDレンタルに…古着屋さん?」
「あら、楽しそう。」
今日あった出来事を思い出しながら話せば、ニコニコとまるで自分が楽しんでいるようにお母さんは笑った。
「いいわね、青春って感じで!めいっぱい謳歌しなさい!」
「あのねえ…」
「誰だか分からないけど…その子、とても優しい子ね。」
「…優しい?」
「そうよ。だって舞のこと、気にかけてくれたんでしょ?大切にしなさい。」
「…」
「男の子だったらもっといいんだけど!早く彼氏を連れて来てくれないかしら!?」
「…お母さんってば…」
「舞はまだ高校生なのよ。バスケが出来なくなってしまったのは残念だけど、世の中には楽しいことがいっぱいあるわ。新しいものを見つけてもいいんじゃない?」
「…」
「夢中になって、壁にぶつかって、悔しい思いをして、新しい何かを見つけて。若くなきゃ出来ないことね。あなたが羨ましいわ。」
お母さんの言葉が胸に突き刺さる。
「舞の人生はこれからよ。…楽しみね。」
「…うん。そうだね。」
新しい何か…。
それが何だかはまだ分からないけれど。
明日学校へ行ったら、藤真君にあいさつしよう。
それから今日のお礼と…たくさんお話をしたいな。
2015.10.01. UP
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(4/6)
夢幻泡沫