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chanson du thème
Jamais comme pour personne
「おい、聞いたか?江川のヤツ、県模試の結果が一ケタだって。」
「マジで?短距離でも関東大会出場らしいよ。」
「は!?なんか隣駅の男子高生からコクられたって噂も立ってるぜ。」
聞こえてくる風の便りの数々に頭が痛くなる。
俺がかなり気になっている相手は、相当デキた女らしい。
ただでさえ近寄りにくい立場なのに、これ以上距離を広げたくない。
片や、才色兼備の優等生。
片や、不良上がりの劣等生。
聞かれるまでもなく、俺が劣等生の方だ。
唯一の自負はバスケ。
中学の頃のように満足できるプレイは出来ていないものの、湘北バスケ部には必要な存在なんだとようやく思えるようになってきた。
それ以外は全てにおいてアイツに負けてると言っていい。
これではコクろうにもコクれないじゃねえか。
隣の席の江川を見ながら、俺の口からは溜息が漏れた。
「江川、今回の模試の結果に満足するんじゃないぞ。お前ならもっと上を目指せるからな。」
「舞、すごーい!関東大会でも勝ち進んでね!目指せ、全国!!」
「…江川ってキレイだけどなんかちょっと話しかけづらいよな。」
教師に言われるたび、友達に言われるたび、男からのそんな話を聞くたび。
江川はニッコリ笑って『そんなことないよ』と話題をかわしていた。
けれどその笑顔が辛そうで、俺はその顔が嫌いだった。
俺が変えてやりたい。
俺が守ってやりたい。
本当の笑い顔を見てみたい。
その顔を俺だけに見せてほしい。
欲望はどんどん高まる。
だけど…
現実は近づきもできないヘタレ具合だ。
昼飯後の授業。
かったるい気持ちで用意しようとしたが、教科書が見当たらない。
借りに行けばよかったのだろうが、あいにくと時間ぎりぎりのせいでいけなかった。
「…あー、江川。」
「え?…あ、三井君。」
「悪い、教科書見せてくれないか?」
「え?」
「教科書。忘れちまったみてえで…」
「ああ、どうぞ。」
そう言って江川が机を寄せてきた。
教科書を真ん中に置き、ノートを広げる。
いつもは午後の授業なんて一番かったるくて起きてたことなんてねえが、今日は特別だ。
眠くなる気がしねえ。
教科書を見る振りして隣をチラチラと覗き見る。
江川はちょっと丸っこい字でノートを取っていた。
が、何度目か覗き見たところで寝ていた。
頬杖をついて、ノートを取る姿勢で、頭を少し下げていて。
疲れてんのか?
あまり見れねえ様子についマジマジと見てしまう。
だが、練習問題で江川が当てられちまった。
邪魔すんなよ、なんて思いながら江川をつつく。
「おい、江川。」
俺の小さな声にも江川はビクリと反応した。
「…ん?」
「当てられた。問2の(3)。」
「ん…ありがとう。」
少しぼやけているのか鈍い反応で立ち上がると、ノートを持って黒板に向かう。
さすが、県模試一ケタ。
寝てたとは微塵も見せずにカッカッとチョークを鳴らしながら解いていく。
涼しい顔で解き終わると、足早に席に戻ってきた。
「ありがとう、三井君。」
「いや、別に。」
「ううん、意識とんでたからホントに助かった。」
「珍しいな。疲れてんのか?」
「んー…珍しくはないけど、疲れてはいる…かも。」
「へえ。」
「大会、近いんだよね。バスケ部もでしょ?」
「まあな。」
「頑張ろうね。」
そう言って笑った江川の顔は、やっぱり辛そうだった。
「…なあ。」
「うん?」
「無理してねえか?」
「え…?」
「別に俺は頑張れとか言ってねえぞ?」
大したこともない俺の言葉に、江川の目が大きく開かれる。
そして、困ったように笑って視線を落とした。
「…あー…」
「江川?」
「…三井君、何で分かっちゃうかなあ。」
ポツリと零された言葉に、俺は首を傾げる。
言っている意味が分からなかった。
「…江川、どういう意味だ?」
「分からないなら…それでいい。ありがとう、三井君。」
「あ?」
「…気にしないで。」
「気になるだろ。」
「気にしなくていいから。」
「するだろ、フツウ。」
「じゃあフツウじゃなくていい。」
クスクスと笑いながら江川が話を切る。
その視線はもう黒板に向いていて、俺を見ることはない。
だけど、せっかくきっかけが掴めたんだ。
こんなところで立ち止まるなんてできねえ。
ぜってえあきらめない。
胸が熱くなる。
ギラリと眼に力が入るのが分かった。
フラれたっていい。
自分が納得できるまで駆け抜けてやる。
優等生と劣等生。
釣り合わなくても、周りから止められても。
世間がどう思おうと、誰も俺を操れなんかしねえんだ。
俺の想いを江川に届けてやる。
2015.12.03. UP
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夢幻泡沫