Main



本当にほしいと思うもの

03



呼び鈴を鳴らすと、暫くしてから不機嫌な顔がガチャリとドアを開けた。

「…オカマのところに行かなくていいの?」
「いいの。入れてくれる?」
「…いいけど。」

つっけんどんな言い方だけど半身を捩って入れる分の空間を作る義弟に、絵美は笑って部屋に入った。

「何してたの?」
「別に。何にも。」
「そっか。じゃあ、寝る前に確認だけさせてちょうだい。明日は午後からでいいんだよね。仕事の前に、事務所に顔は出す?」
「出さない。直接現場に行く事になってるから。」
「了解。」
「姉さんは事務所に用事でもある?」
「ないよ。明日はふーたんと一緒に現場に行く。」
「…呼び方。」

チビと同じ呼び方をする姉さんに腹が立つ。
『ふーたん』なんて呼ばれたくない。
僕がどれだけ姉さんに焦がれてるかなんて、姉さんは…絵美さんは知らないよね。

風斗が剥れるようにして睨むと、絵美はごめんと軽く笑って謝った。

「誰もいないし、別にいいと思うんだけどな。」
「…僕だって男なんだけど。」
「うんうん。初めて会ったころに比べるとだいぶ変わったよね、風斗。」
「どんな風に?」
「ちょっと前まで可愛かったのに。風斗だって、その路線で売ってたんでしょ?」
「まあね。それで?僕はどんな風に変わった?」
「高校に入ってから急激に大人っぽくなった。風斗って自分の売り方を知ってるよね。悪い子。」
「ふふっ。…ねえ、姉さん。」
「何?」
「これから映画を観るつもりだったんだ。付き合ってよ。」
「映画?」
「そ。1本ぐらいいいでしょ?明日はゆっくりなんだし。」
「…まあ、いいけど。でも、途中で寝ちゃうかもしれないよ?」
「いいよ、別に。姉さんになら特別に僕の肩かしてあげる。」
「あら、優しい。」
「じゃあ、こっち。僕の横に座って。」

テレビの前、壁に寄りかかるようにして座った風斗は絵美にクッションを渡す。
ウィーンと起動音が鳴った後、画面に映像が流れてきた。
部屋の電気を消せば、灯りはテレビからしかない。
薄暗い中で映し出される映画は、ギャング物だった。

「飲み物…」
「そんなのいいよ。それより、今のシーン見た?」
「見てたけど…何かあった?」
「何もない。ただ寝てるだけなのに、うまさが出てたと思わない?」
「うーん…私、お芝居に興味ないからなあ。」
「シンプルな動きほど難しいんだよ。姉さんはこういう人のボディーガードもしたことあるんでしょ?」
「機密事項だから誰とは言えないけどね。」
「やっぱり、普段から演技のことを考えてたりしたの?」
「さあ…?でも、何でも自分のモノにしようって貪欲ではあったかな。だから、いろんな所へ行ったり、いろんな事に挑戦したりしてたよ。」
「…僕、いつまで…アイドルやってんだ。出遅れ過ぎ…」
「風斗?」
「…ねえ、姉さん。姉さんはどうしてボディーガードになったの?他になりたいもの、なかったの?」
「私、勉強が嫌いだったんだよね。体育は得意で、体をいっぱい動かしたくて防衛大に入ったんだけど。気づいたら教授から推薦されてて、ボディーガードとして雇われたってとこ。」
「へえ。」
「いざなってみたら覚えることがたくさんで、勉強勉強の毎日。それはすっごい苦痛だったけど、なりたい職業とか考えてなかったから別に後悔とかはないかな。風斗は偉いよね。その年でなりたいモノを見つけて、頑張ってて。」
「…結果出さなきゃ意味ないじゃん。」
「意味なくないでしょ。風斗はまだ頑張ってる最中なんだし。どんな事でも自分の糧になるよ。それこそ役者を目指してるんだったら、いろんな事をやってみたら?そしたら、どんな役でも出来ちゃうんじゃないの?」

俯いている義弟の頭をよしよしと撫でる絵美の手が不意に掴まれる。

「…僕、コドモじゃないんだけど。」

詰るように上目遣いで視線を合わせた風斗の目は、ほんの少しだけ滲んでいた。

「まだ子供でいいのに。」
「でも僕の方が、背が高い。姉さんより力もあるし。」

ほら、ね。
そう言った風斗は手を掴んだままで絵美の肩を押した。
上手く力を入れられずに彼女の体が倒れる。
頭を打たないように後頭部を空いている方の手でさっと押さえ、風斗はそのまま体重を乗せた。
絵美の腰を跨ぐようにして膝をつく。
見下ろせば絵美が驚くように自分を見ていて、随分と背徳的だった。
顔を近づけても焦りもせず逸らしもしない義姉にイラつく。
そのまま掠めるように頬にキスをすると、風斗は上体を起こして服を脱いだ。

「慰めてくれるなら違うのがいい。…ねえ、分かるでしょ?」
「…分かるけど…ふーたんにはまだ早いんじゃない?」

片端だけ上がった絵美の唇と元に戻った呼び方に風斗が眉を寄せた直後、立場が逆転していた。

「…は?」
「私の職業、忘れた?」
「…」
「この程度はなんでもない。」
「くそ…っ…」
「そんな言葉遣いしないの。アイドルでしょ?」
「うるさいっ…」
「それにね、風斗はもう少し胸筋をつけた方がいいと思うよ。あと、上腕三頭筋。」

裸の上半身を見下ろして絵美が笑う。
薄い体に腹筋はそこそこあるものの、胸と腕の逞しさが足りない。
アイドルだからあまりつけられないのかもしれないけど。
そう思いつつ、つけて欲しい部分を指ですうっとなぞる。
ピクリと反応した身体に顔に視線を向けると、風斗は隠すように横を向いた。
暗がりでも分かる染まった頬が可愛らしい。

「10も年上のオバサンをからかっちゃダメでしょ。じゃあね、おやすみ。」

クスクスと笑いながら絵美は風斗からどくと、部屋を出ていった。
全く相手にされていない自分に腹が立つ。
悔しくて、情けなくて。
いかんともしがたい感情のままに、風斗は絵美が使っていたクッションを玄関に向かって思いきり投げる。
軌道がずれて部屋の壁に当たったそれに、更に苛立ちが募った。


2017.05.22. UP




(3/6)


夢幻泡沫