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本当にほしいと思うもの

04



そんなことがあっても、絵美の風斗に対する態度は全く変わらなかった。
風斗もあっけらかんとしたもので、今までのように我が儘を言いつつも絵美の言う事を聞いていた。
そんなある日、絵美に災難とも言える出来事が降りかかった。

「…え?」
「申し訳ないが、代役をお願いしたい。」
「は?」

風斗の撮影現場に来てみれば、そこはとても慌ただしい様子で。
どうしたのかとスタッフに聞くと、風斗の相手役が急病で来られなくなったらしい。
今から急にと言われて用意できる女の子はそうそういなく。
そもそも風斗の相手となるのだから、許容範囲が狭い。
だけど彼のスケジュールは今日しか押さえられないから、現場は混乱しているときた。
ジェイムズ・エンターテインメント社としても最近の風斗の雰囲気にあった撮影だけに、白紙には戻したくない。
さあどうしようと全員が頭を抱えている時、マネジャーの目にふと絵美が映り込んだ。
名案とばかりに掛け合ってきたマネジャーに、絵美はとんでもないと首を横に振る。

「いやいや、契約事項外の事ですから。」
「そこを何とか!」
「芸能界に興味はありません。」
「今回だけ!今回だけ特別にお願いします!!」

監督もスタッフ達も何とか進めようとしているのか、この提案を受けて前向きに動き始めている。

「困ります、本当に。私の仕事は護衛です。」
「それは重々承知していますが…風斗のためにも、お願いします。」
「風斗の…」

確かに、義弟の為を思えば受けてもいいと思う。
けれど自分は芸能人ではないし、撮影も専ら見ているだけなので余計に足を引っ張ってしまうのでは…。
絵美がそう訴えると、マネジャーは監督と話し始めた。
それから、どこかに電話をする。
ちらちらと絵美に視線を送ってくる辺り、彼女に関係するところでありそうだ。
やがて絵美のところへ戻ってくると、嬉しそうな顔をして報告を始めた。

「監督と相談して、顔は映らないようなアングルで撮影する事になりました。それから先程絵美さんの会社へ電話させていただき、撮影の許可を得ました。もちろん、特別手当をつけさせていただきます。これでいかがでしょうか?今回だけ、風斗を助けると思ってお願いできませんか?」
「…動くのが早いですね…。」
「一応、業界大手のマネジャーとして何年も勤めておりますから。」

にっこりと微笑むマネジャーに呆れつつ、絵美も内ポケットからスマホを取り出し会社に連絡を入れてみる。
結果は分かり切っていた事で、絵美は深く溜め息をつくと了承したのだった。



きゃー、お姉さんの肌キレイー!
なんてお世辞を貰いながらメイクをしてもらい、髪もアイロンをかけてサラサラにしてもらい。
スタイリストには、数種類の色から肌に馴染むものを選んでもらい。
バスローブを羽織った絵美がスタジオに戻れば、さっきまでとセットが少しだけ変わっていた。

「朝倉風斗さん、入りまーす!」

後ろから聞こえてきた声に振り向くと、同じようにバスローブ姿の風斗がいた。
絵美を一瞥した後、長く溜息を吐く。

「…マネジャーから聞いた。いいの、姉さん?」
「…仕方ないんでしょ?顔を写さないって条件を守ってくれればいいよ、もう。」
「僕は楽しみになったけどね。」
「分かっていると思うけど、演技力とか動作とか求めないでね。」
「全力でカバーするから安心しなよ。と言うか、主役は僕なんだから。姉さんは言われた事をしてればいいんじゃない?」
「だから、そこに何かをプラスして求めないでねって話。」

絵美が困ったように風斗を見た。
小さい頃から芸能界にいる彼は慣れたもので、余裕が見て取れる。
緊張なんてものはしていないのだろう。
そこに監督がやってきて、絵コンテを見せながら説明を始めた。
今日の撮影は、アロマな香りでリフレッシュ的なガムのCM。
恋人がベッドの中でささやき合う場面。
どんなに近づいても大丈夫、夢のひとときを。
と、甘いコンセプトらしい。

「じゃあ、ベッドに入ってもらおうかな。朝倉君、よろしくね。」
「はい、よろしくお願いします。」

家では絶対に使わない敬語と爽やかなスマイルで監督に挨拶した後、風斗は促すように絵美の背を押した。

「脱がせてあげようか?」
「結構よ。」

周囲の視線があるのに、絵美には戸惑いがあまり見られなかった。
レフ板やカメラに囲まれた中にあるベッドの近くで、バスローブを脱ぐ。
下着姿になった絵美に、周りから小さなため息がいくつも聞こえてきた。
無駄なものがなく鍛えられた、それでいて女性らしい曲線美に目を惹かれてしまう。
それは風斗も同じで、初めて見る絵美の身体に息をのんだ。

「…へえ。」

綺麗、の一言に尽きる。
自分の体中で疼く何かに気づかないふりをしつつ、風斗もバスローブを脱ぐ。
近くにいたスタッフにバスローブを渡して、絵美は一足先にベッドに入った。
続いて風斗が覆いかぶさるように掛け布団の中に潜り込んでくる。

「姉さんって着やせするタイプなんだ。」
「え?」
「ボディーガードなんて仕事だから、筋肉バキバキで固いのかと思ったけど。余計な肉がない綺麗なラインだし、出るとこは出てる。」

特にこの辺がヤラしい、と腰のラインをゆっくりと撫でる風斗の手を絵美はペシリと叩く。

「…どこでこんな手つきを覚えてくるの?」
「どこだっていいじゃん。今は僕達、恋人同士なんだよ。もっと雰囲気だして。」
「だから、そういうのを期待しないでって言ったでしょ。」
「…監督、少しだけ時間をくれますか?」

絵美の返事に風斗は監督に掛け合うと、ばさりと掛け布団を頭からかぶって二人を隠した。


2017.05.29. UP




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夢幻泡沫