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それは、甘い

22



まりどのは、 とても おやさしい かただ。
すむ せかいが ちがう われらに ていねいに せつめいを してくださり、 さらに おやかたに すむことを ゆるして くれた。
たべるもの、 きるものを それがしらが かえるまで よういして くれると いうのだ。
おなごが ひとりで くらしている おやかたに、 しちにんも おのこが ふえたら どう かんじるので あろう。
それがしが すむ しろに みずしらずの ごじんが しちにんも ふえると そうぞう しただけで、 それがしは あまり きぶんが すぐれなくなって しまった。
それなのに、 まりどのは わらって いるのだ。
それがしに わらいかけて くれるのだ。
しずかに はなしを すすめられる かた。
てきかくな はんだんを される かた。
ていねいに せつめいを してくれる かた。
やさしく せっしてくれる かた。
おこると こわい かた。
おいしい ごはんを つくってくれる かた。
みどりの くろかみが まぶしい かた。
わらうと かわいらしい かんばせの かた。
それがしを あまやかしてくれる かた。
…まるで ははうえの よう。

「…弁丸君、どうかした?」
「…すこし うえだの ことを おもいだし もうした。」
「上田?お城?」
「うむ。」
「そっか、弁丸君は上田城に住んでいたのね。ここに来る前は何をしていたの?」
「…」
「弁丸君?」
「…さすけから のがれようと…」
「え?」
「それがし、 はしらを こわして しもうたので ござる。 あ、 いやっ! けっして わざとでは なく…」
「…あぁ、うん。」
「おのれで なおそうと いたしたので ござるが…」
「いや…柱ってそんな簡単に直せるものじゃないでしょう?」
「それで、 さすけに みつかって しまい… あのときの さすけの えみは こわかったで ござる…」
「…うちは壊さないでね。」

むいしきの うちに ふるえてしまって いる わが かたを、 まりどのが やさしく なでて くださる。
…やはり、 おやさしい かただ。
だが、 ははうえとは どこか ちがう。
もっと、 こう…

「弁丸君は元気な子なんだね。可愛い。」
「それがしは おのこに ござる。 かわいいと いわれても うれしゅうは ござらぬ。」

まりどのに ふまんが あると するならば、 これ。
それがしに たいして 『かわいい』と よく もうされるが、 それがしは おのこで あるが ゆえ うれしく おもえぬ。
『かわいい』は まりどので あろうに…

「ごめん、ごめん。弁丸君はかっこいいよ。芸能人みたい。美少年軍団でもトップに入るんじゃないかな?」
「げいのうじん…?」
「芸で生計を立てている人達のこと。」
「なっ… それがし、 かわらものでは ござらんっ!」
「え?どうして…あぁ、そっか。河原者は身分がかなり低かったんだっけ。」
「うむ。」
「そっか、お武家様と一緒にしちゃ面白くないよね。でもね、弁丸君。ここでは、芸能人が憧れの対象になることが多いんだよ。」
「へ? そうなので ござるか?」
「うん。容姿端麗だったり、頭脳明晰だったり、お金持ちだったり、いろいろ理由はあるけど。 それに、こっちでは身分の差はほぼないって言ったでしょ。だからそんなに怒らないで?」
「…おこって いないで ござる。」
「よかった。早く帰れるといいね。」
「うむ。」

みぶんが ない よは どのような もので あろう。
きょうみが ある。
おやかたさまの のぞまれる よに にておるので あろうか?

「…ところで、 まりどの。 ひとつ、 うかがっても よろしいで ござるか?」
「うん、どうぞ。」
「まりどのは しょうじゅまるどのを 『しょうじゅ』と よんでおる ようで ござるが…」
「あ、うん。松寿がね、そう呼んでいいって言ってくれたから。」
「なれば、 それがしの ことも 『べん』と および くだされ。」
「ん…でも、猿飛さんがいい気持ちしないんじゃない?自分が仕えている主様が、得体の知れない女に呼び捨てにされるなんて。」
「まりどのは えたいの しれぬ おなごでは ござらんっ!!」

なぜ、 そのように いわれるのか!
まりどのは、 こちらの せかいで それがしらを すくって くださった おかた なのに!

「まりどのは おやさしい かただ! えたいの しれぬと もうすは、 こちらの せかいでは それがしらでは ござらぬのか!? なぜ まりどのが へりくだらねば ならぬのだっ!!」
「弁丸君…」
「それがしは まりどのに すくわれたのに…。 まりどのは おやさしい かたなのに… まりどのは… まりどのは…」
「…ありがとう、弁丸。」
「…あ、…い、ま…」
「弁丸みたいな子、好きよ。」
「それがし、 みたいな…?」
「そう。気持ちを真っ直ぐに表せる子。間違ったことを正せる子。素直に謝れる子。気遣いのできる子。明るい元気な子。」
「それがし、 そのような りっぱな…」
「好きよ、弁。」

まりどのの ことばに、 めが あつくなる。
むねが あつくなる。

「…それがし、 まりどのの おやくに たってみせるで ござるっ!それがしに なにか できることはござらぬか!?」
「そうだなぁ…」
「なんでも するで ござるっ!」
「…じゃあ、このまま真っ直ぐに育って。私が好きな弁のままでいてほしいな。」
「そういう ことでは なくっ! おやくに たてるような ことをっ!!」
「そこまで言うなら…お風呂掃除をお願いしようかな。」
「しょうち したっ! ちり ひとつ なく きれいに しあげて みせましょうぞっ!」
「あははっ、楽しみ。明日、やり方を教えるね。」
「うむ。 おねがい もうしあげる。」
「それじゃ、肩までつかって10数えよう。そしたら上がって、寝る準備をしようね。ドライヤーで乾かしてあげる。」
「どらいやあ?」
「うん。髪の毛が早く乾く機械。」
「おおっ! また からくりで ござるか!?」
「そ、絡繰。」

まりどのに こちらの かぞえかたを おそわりながら、 とおまで かぞえた。
かそえながら こころに きざむ。
まりどのの いわれた ことばを。
おやくに たってみせるのは もちろんだが。
それがしを すきと いって くださった、 まりどのの おやさしさを。
けっして むげには すまい、 と。


2017.11.27. UP




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夢幻泡沫