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それは、甘い

24



はぁ、今日も濃い一日だった…。
みんながそれぞれの部屋へ入ったのを確認して。
一人1階へ舞い戻った。
目的は週末の楽しみ。
冷蔵庫から瓶を取り出し、徳利に注ぐ。
氷水を張ったアイスペールにその徳利を入れ、ガラス製のお猪口とおつまみと一緒にテーブルへ運ぶ。
一口飲めば、日本酒が喉を冷やした。
女が一人で侘しいって?
いやいや、この楽しみがなきゃ仕事なんてやってられない。

「…それにしても。」

チラリと天井を見上げて深いため息が出た。

「…あの人達は一体どこから来たんだろう。」

階上にいる武将ズ。
彼らの話によると、私が知っている戦国武将とは違う。
いや、『何でも聞いて!任せて!オッケー!!』ってほど詳しくはないんだけど。
好きだから多少知っている程度で。
だとしても…

「違いすぎるよなぁ。」
「…何がだ?」

急に聞こえてきた声に、息がとまる。
大げさなくらい肩が跳ねた。

「…そんなに驚かなくてもいいだろう?」
「…驚きますよ。」

えぇ、心臓がバクバクしていますとも。
苦しいくらいだわ。

「…片倉さん、どうかしましたか?」
「いや。鈴沢こそなぜ下へ来た。」
「見れば分かるでしょう?晩酌です。あ、お呼ばれします?」
「…そうだな。」

あ、意外。
そう思いながらお猪口をもう1つ用意して片倉さんに手渡すと、四方八方から観察している。

「どうかしました?」
「いや、珍しいもんだと思って。舶来品か?」
「いいえ、江戸切子です。え…っと、玻璃ですね。片倉さん達の時代より後の、江戸地域の名産品です。」
「日の本で玻璃が生産されるのか?」
「そうみたいです。詳しことは分かりませんが。」
「…そうか。」

徳利をアイスペールから取り出せば、差し出されるお猪口。
似合うなぁ、渋いほどに。

「…冷てえ。」
「冷蔵庫で冷やしてあったし、さらに氷で冷やしてますから。」
「贅沢な飲み方だな。」
「別に贅沢じゃないですよ。氷なんていくらでも作れますし。」
「作る?」
「はい。あの冷蔵庫には氷を作る機能もあるんです。物を凍らせることができる場所があって。食材の中には、凍らせておけば長持ちするものもありますから。」
「本当に何もかもが違え。」
「…そうですね。この時代には慣れそうですか?」
「…どうだかな。」
「慣れる前に帰るのが望ましいことなんでしょうけど…ね。」
「ああ。」

会話が続かない。
沈黙が続く中、お酒だけが進んでいく。
徳利の中が空になったので足そうとキッチンに入った。
新しいお酒とおつまみを持ち、片倉さんの側に置く。
出されたお猪口に注げば、無言で徳利を取られた。

「…ほら。」
「え?」
「もう飲まねえのか?」
「いえ、飲みますけど…もしかして、お酌してくれるんですか?」

半信半疑でお猪口を出すと、うまい具合に注いでくれる。

「ふふ、役得。」
「あ?」
「片倉さんみたいな渋いイケメンにお酌されるなんて、お酒が進みますね。」
「いけめん?」
「男前という意味です。容姿も声も仕草も雰囲気も。」
「…」
「もしかして照れてます?」
「…うるせえ。」

あら?
案外可愛いところがあったりする?

「…てめえは恐ろしくねえのか?」
「恐ろしい?」
「俺達が、だ。どこの誰だか分からねえんだろう?てめえの言う、戦国武将とやらを騙ってるだけかもしれねえぞ?」
「…かもしれませんね。信じてるか信じてないかで言ったら、信じてません。と言うか、信じられません。でもそれは、片倉さん達も同じでしょう?」
「…」
「ただ、あなた達はこの時代…少なくとも、この国の人ではない。こんなに話がかみ合わないのはおかしすぎます。これが演技だったらアカデミー賞ものですね。」
「…」

少しだけ顰まった眉間。
それが如実に物語っている。

「ね?また話が通じないでしょう?だから…あなた達を信じるしかない、とも言えます。」
「…」
「それに、自分達と全く異なる世界にきてしまったことの方が恐ろしいんじゃないですか?片倉さんは守りきらなくてはいけないものがすぐ側にあるんでしょうし、余計に…」
「…」
「信じるか信じないかはあなた達次第ですけれど。私は、嘘はついていません。」

都市伝説的な常套文句で選択肢を与えておく。
そう、嘘『は』ついていない。

「…早く帰れるといいですね。」
「…ああ。」
「私も早く平穏な生活に戻りたいです。」
「…」
「いてくださいと言った以上、できる限りのことはします。ただこれだけ一気に人数が増えたので、手が回らないこともあるかと思うんですが…」
「…分かった。俺に出来ることがあれば手伝わせてもらおう。他の奴等にも言っておく。」
「…ありがとうございます。ねだったつもりはなかったんですけど…」
「どうだかな。酒の席の雰囲気で言わせるなど、てめえも案外食えねえ女だ。一体いくつなんだか。」
「また年の話ですか!?いい加減、怒りますよ!」
「もう怒ってんじゃねえか。」

微かに笑ったその顔は大人の余裕しかなくて。

「…まり。梵天丸様をよろしく頼み申し上げる。」
「片倉さんも、ですよ。」
「小十郎でいい。」
「…小十郎さんもです。こちらこそ、よろしくお願い致します。」

深く下げられた頭には、相手に対する礼儀しかなくて。
…惚れる。


2017.12.14. UP




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夢幻泡沫