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それは、甘い

25



新しい朝が来た、希望の朝だ。
なんて誰もが知っているフレーズが流れるより早く。
今日も我が家は元気です。

「…早い。」

何なんでしょう。
武将様方はとても健康的な生活を送られてきたようで。
でもさぁ、休日なんだよ。
もっとゆったりと過ごそうよ。
カーテンの隙間から下を見れば、広くもない庭で赤い小さい子が組み手をしてるわ…。
猿飛佐助を相手に、朝も早くから何をやっているんだか。
ぐっと背伸びをしたら、体がバキバキと鳴った。
あぁ、イヤだ。
手近な洋服に着替え、トントンと階下へ向かう。
洗面所で顔を洗い、ようやく眠い目が覚めてきた。
もう一度うんと体を伸ばして、リビングへ入る。

「…おはようございます。ホントに早いですね。」
「あ?まりが遅いんだろ?」
「こっちでは、今は起きている人の方が少ない時間です。近所迷惑になりますから、静かにしてくださいね。」

苦笑しながら元親さんに説明し、サンダルをつっかける。

「弁、おはよう。」
「おおっ、 まりどの! おはようございまする。」
「まだ朝早いから一旦お部屋に入ってもらっていい?近所迷惑になっちゃう。」
「なんと。 それは しつれい いたした。」

弁は慌てて両手で口を塞ぎ、ダッとリビングに戻っていく。
手を洗ってねと声を掛けてから、昨日買った丸いシールとマジックペンを用意した。

「あらって きたで ござる。」
「ん、どれどれ?」

自慢するように差し出した両手に鼻を近づけ、スンスンと匂いを嗅ぐ。

「石鹸のいい香り。上手に洗えたね。」
「うむ!」
「じゃあ、弁。ちょっとお話があるから、そこに座ってくれる?」
「なんで ござろう?」
「う…んとね、こっちの世界で使われている時間のことなんだけど…」

時計は壁に掛けてある。
踏み台を持ってきて背伸びをしていると、後ろからひょいと取られた。

「これでいいのか?」
「あ…ありがとうございます、小十郎さん。」

いや、ちょっ…後ろから手を伸ばすって。
壁ドンされてるみたいでドキドキするじゃないですか、小十郎さん。

「これくらい大したことじゃねえ。」
「でも、助かりました。」

テーブルにお利口さんで待っている弁の前に時計を置いて、私は隣に座った。

「これね、時計って言うの。時間を表示する機械。」
「とけい。」
「うん。これを見れば、今が何時何分かが分かるようになってるのよ。弁のところにはなかった?」
「それがし、 みたことが ござらん。」

織田信長が所持していたって資料はあるんだけどな。
やっぱり南蛮渡来のものは一部の人だけが知っているのかも。

「そっか。この棒みたいなのは針って言うんだけど…」

時計の仕組みを教えながら、こっちの世界の時間の数え方、日の数え方、週の数え方、月の数え方や概念を大まかに説明していると。
あら、いつの間にかみんなが集まってきてる。

「へえ〜、俺様達とは全然違うんだね〜。」
「そうですね。みなさんのところはお月様が基準だと思うんですが、ここはお日様が基準になっています。」
「日輪の素晴らしさ故よ。」

…何で松寿はそんなに鼻を高くしてるの。

「それでね、弁。こっちでは、世間が動き始めるのが9時くらいからなのよ。それまではあまり大きな声や音は立てないっていうのが、一般的な考えなんだ。」

時計の読み方はまだ分からないだろうから、メモ用紙に9時の形を描いて見せる。

「わかり もうした。 おきてから とけいが この かたちを つくるまでは、 おやかたの なかに おれば よいので ござるな。」
「お庭にいてもいいんだけど、大きな声や音は出さないでほしいの。」
「なれば、日輪を詣でるのは構わぬのだな。」
「そ、静かにしてくれれば問題ないよ。」
「ふん、造作も無きこと。」
「因みに夜は7時くらいがリミットかな。」
「りみっと?」
「限界点。7時より後は大きな音は出さないでほしいな。」
「わかり もうした!」
「よろしくね。じゃあ、朝ご飯を作るから。」
「それがし、 てつだいを いたす。」
「ありがとう、弁。でも、あなたはお風呂掃除をしてくれるんでしょ?」
「ふろそうじも するで ござるが…」
「…俺が手伝おう。」
「小十郎さん?」
「元々見ていたんだ。手伝えることぐらいあるだろう?それに、奥州では政む…梵天丸様のお食事を作っていたからな。」
「えっ!?小十郎さんがですか?」
「何だ?」

驚く私に小十郎さんが首を傾げる。
だって、小十郎さんって伊達政宗の重臣じゃないの!?
そんな立場の人が食事を作るって!
しかも昔って『男子厨房に入るべからず』とか言ってなかったっけ!?
でもまぁ、手伝ってくれるのならありがたい。

「…それじゃ、お願いしてもいいですか?」
「ああ。」
「キッチンの、厨の使い方ももう一度はじめから説明しますね。」
「あ、待って。俺様も行くよ。」

あんたは来なくていいよ、猿飛佐助。
聞こえないふりをして小十郎さんとキッチンへ。
蛇口やコンロの使い方、食材が入っている場所、調理器具の使い方など。
準備をしながら一つ一つ説明していく。
しかし、まぁ。
包丁を持った小十郎さんには、やけに威圧されました。
それなのに、素早い包丁捌きで均等に食材を切るって…。

「…もしかしてかなり慣れてます?」
「…まあな。梵天丸様は野菜を苦手とされるきらいがあって、自然と作るようになった。」
「野菜、ヘルシーなのにもったいないですね。」
「へるしい、とは?」
「う…ん、と…何だろう…健康的?体にいい?そんなかんじです。野菜を苦手とする子って多いしなぁ。梵天君も好きになってくれるといいですね。」
「俺もそう願う。まりは野菜が好きか?」
「好きですよ。」
「そうか。俺も好きだ。」

ちょ…っと、待った!
不意打ちすぎでしょ!!
ふっと口角を上げて、優しい眼差しで、『好き』って。
野菜のことだってこと、一瞬飛んでしまった。
冷蔵庫に意味もなく顔を突っ込む。
絶対に顔…赤くなってるよね、これ。



『男子厨房に入るべからず』
孟子(古代中国の儒学者)の『君子遠庖厨(君子は厨房に近づかない)』がもとの造語だそうです。
『君子遠庖厨』とは、徳(仁)の高い者は、牛馬や鳥等の家畜が屠殺される厨房には近づくべきでないということ。
昔の中国では家庭で家畜が飼われており、厨房内は生き物を屠殺し料理するところ。
徳のある方がそれを目にしたり、声を聞いたり、臭いを感じたりすると、その料理を食べられなくなってしまう。
だから、厨房には近づくべきではない。
すなわち、高徳の人への配慮した言葉と解釈されています。
それが日本に伝わってきた時に本当の意味を知らず、『君子は厨房に近づかない』=『君子は厨房に入らない』→『男子厨房に入らず』→『男子厨房に入るべからず』と言い換えてしまったようです。
昔の日本は男尊女卑の世界で、『男子は女子のするような卑しいことをしてはならない』がぴったりでした。
現代にはそぐわないですよね。
それにしても、どちらの意味でも政宗様は「Ha!」と笑い飛ばしてご趣味に没頭しそうですが。


2017.12.18. UP




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夢幻泡沫