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それは、甘い
26
今日は珍しい見学者がいる。
「梵天君、興味あるの?」
「…」
「そこからで見える?」
「…見える。」
それならいいんだけど。
でも見にくそうだしなぁ。
いや、見てほしいわけじゃないけど。
猿飛佐助以外にも見張ってる人が増え、内心はかなり焦っている。
失敗なんて許されない。
小十郎さんがいてくれてホントによかった。
「…それ、何だ?」
「これ?鯵だよ。干物だけど。」
「魚、だよな…?」
「うん、魚。食べたことない?」
「…ないことは、ない。」
「ふぅん、そっか。昔からあるものだと思ってたけど、そうでもないんだね。」
「国によって差があるんじゃねえか?甲斐では魚なんてあまり食わねえんだろう?」
「そうだね〜。甲斐は海がないからさ。鮎なんかは食べたりするけど。」
鯵の焼き加減を見ながらそんなものかと思う。
逆に鮎なんて、渓流にでも行かないと食べないし。
魚一つでも違うんだなぁ。
「あ、そうだ。見ているなら、梵天君もお手伝いする?」
「…」
「小十郎さん、ダメですか?」
「…梵天丸様が望まれるなら。」
「だって。梵天君、どうする?」
「…やる。」
梵天君の視線の先には小十郎さん。
まるで『ねえ、お父さん。おれ、やってみたいんだけど…。ダメかな?ダメかな?』と許可を待っているようで。
助太刀とまではいかないだろうけど、ちょっと援護射撃をしてみれば。
渋い表情を作った後で小十郎さんがオッケーを出した。
その時に梵天君の瞳が輝いたような気がしたから、きっと間違っていないはず。
大根を長めに切り、ピーラーで皮を剥く。
「…それは何だ?」
「ピーラーと言います。皮むき専用の道具です。」
「便利そうだが、包丁で充分だろう?」
「小十郎さん、世の中には包丁を苦手とする人がごまんといるんですよ…。」
「てめえもか?」
「…そこはあえて聞かないのが、優しさだと思うんですけど。」
えぇ、そうですとも。
私だって決して得意なわけじゃない。
小さく息を吐きながら棚から器と下ろし器を取り出す。
皮を向いた大根と一緒に渡せば、梵天君が首を傾げて見上げてきた。
可愛いなぁ、もう。
「大根おろしを作ってほしいの。力のいる仕事だから疲れちゃうかもしれないけど。出来そう?」
「やる。」
「ありがとう。下ろしたものはこの器に入れてね。最後の方は自分の指を下ろさないように気をつけるんだよ。疲れたら休みながらでいいから。」
「分かった。」
「助かるわ、ありがとう。」
キッチンの隅でゴリゴリと下ろし始めた梵天君が意外にも楽しそうな様子で、頼んでよかったなと思う。
「ねえ、まりちゃん。俺様も手伝うけど?」
「…すみません、猿飛さん。包丁が1本しかないので、できることが…。それに、キッチンが広いわけでもないですし…。」
「そう?なら、出来ることがあったら遠慮なく言ってね〜。」
「まりどの、 さすけの つくるものは おいしいで ござるよ。」
「そうなの?」
って言うか、猿飛佐助は忍者でしょ?
忍者って食事作りも仕事のうちなの?
どうなってるの、戦国時代。
「さすけは すごいので ござる! いくさは もちろんだが、 りょうりも、 そうじも、 つくろいものも、しゅうりも、 なんでも できるので ござるっ!」
「あは〜。」
…それってさ。
「おかあさん?いや、おかん…?」
「あは〜…」
「小十郎さんはおとん…?」
「あん!?」
「…父上よりこわいぞ。」
「梵天丸様!?」
おぉ、意外なところからツッコミが。
そうか、そうか。
梵天君はお父さんは怖くない、と。
そして小十郎さんが怖い、と。
「…まり。」
ごまかしの咳払いの後で、手を休めないまま小十郎さんが話しかけてくる。
「何でしょうか?」
「これから食事の支度は任せちゃくれねえか?」
「え?」
「言っただろう?手伝う、と。やってみて多少の不慣れはあるが、出来ないわけじゃねえことが分かった。これなら俺に出来そうだ。」
「ホントですか?助かります。」
「ただ、知らない食材とかもある。その時はまりに聞くぞ。」
「もちろんです。もう、ホントに助かります。明日から私、日中いなくなるんですよねぇ。食事の支度をどうしようかと思っていたところなんです。」
「あ?聞いてねえぞ?」
「えぇ。夜にでもみんなが揃ったところで言うつもりです。今は朝ご飯を作っちゃいましょう?」
今日の朝ご飯は豪華ですよ。
私の中で。
イメージは旅館の定番朝ご飯。
魚の干物、卵焼き、ほうれん草のおひたし、ご飯、お味噌汁。
もちろん、梵天君の大根おろしを添えて。
干物につけても、卵焼きにつけても、おいしいよね!
普段の朝ご飯なんてシリアルだから、ホント豪華。
さっそく買ってきたお皿やお茶碗に盛りつけて。
運ぶのを買って出たのは弁だった。
「弁、ありがとう。」
「おまかせ くだされっ!」
「松寿もお手伝いしようか。」
「なにゆえ我が…」
「食べないの?お手伝いしない子は食べられないよ?」
「…運ぶ物をよこせ。」
それぞれの色だから分かりやすいのか。
迷うことなく運ぶ子供達だけど、手付きがちょっと危ない。
うん、いや。
ここは成長を見守るつもりで。
「さぁ、どうぞ。」
温かいご飯って、心も温めるよね。
1つのテーブルを囲む武将様達のワイワイとした姿に。
口元が緩んだ。
2018.01.08. UP
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夢幻泡沫