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それは、甘い
39
「…鬼の旦那。」
呼ばれて振り返ると、猿飛が暗がりから出てきた。
「…聞いてたのか?いい趣味だな。」
「俺様、忍びだからね〜。」
「…」
「そんな睨まないでよ。鬼の旦那の言いたいことは分かってるからさ。」
「…で?」
じろりと睨みを効かす。
この程度じゃ、まりの代弁にもならないが。
「…俺様がやり過ぎた。早目にまりちゃんと話す。これでいいだろ?」
「怯えさせるんじゃねえぞ。」
「分かってるって。」
やれやれ、と言ったように猿飛が頭を振る。
こいつ、本当に分かってんのか?
「あのなあ…」
「…あ、まりちゃん出てくる。俺様、今日は退散するよ。あと、よろしくね。」
「…ちゃんと謝れよ。」
「了〜解。」
言うが早いか部屋に戻る後ろ姿に釘を刺す。
おっと。
でけえ声を出したら、まりに気づかれちまうな。
「…元親さん?」
「何だ?出たのか?入るぞ。」
「え、ちょ…まだパジャマ着てないし!」
「あと十な。」
「ちょっ…ちょっと待って!」
焦るまりに口の端が上がりながらも、数え始める。
扉を隔てた向こうでは、何やらばさばさと音を立っている。
きっとまりが急いでんだろう。
その音が聞こえなくなるのを待って扉を開ければ。
ほのかに上気した顔は、さっきまでの険が和らいでいた。
「…少し落ち着いたようだな。」
「うん、ありがとう。」
「どらいやー、貸せ。乾かしてやるよ。」
「え?あ、いいよ。大丈夫。」
「任せとけって。絡繰と言やあ、この元親様だ。」
「ふふっ、元親様?」
「おう。ほら、前向いてろ。」
「ホントにいいよ。大丈夫。」
「やらせろよ。人にやってもらうと、気持ちいいんだろ?」
「…じゃあ、お願いします。」
「代わりに、しっかり肌の手入れでもしとけよ。」
「うっ…姫若子め…」
は!?
えっ!?
「ちょお待てっ!!何でそれを…っ!?」
「ふふんっ!まり様だからよ。」
「お前っ、誰から…っ!?」
「あら?焦るってことは本当のことなのかしら。ねぇ、元親様?」
「ぐっ…」
生意気な口をきいてくるまりの髪に乱暴に指を通すと、痛いと言いながらくすくすと筒状のものを並べた。
濡れているまりの髪にどくんと心臓が跳ねる。
それを抑えて、初めてまりがしてくれた時のように撫でるように指を滑らした。
温風で乾かしていくと、するりと指から髪が逃げていく。
向こうの女のように長くないのが勿体ねえくらいだ。
「…気持ちいい。」
「そうか。」
「随分と慣れたね。」
「まあな。」
どらいやーが煩えから、あまり会話になりゃしねえ。
それでも、思ってたより短い時間でまりの髪は乾いた。
すげえなあ、どらいやー。
ここの絡繰はどれもすげえ。
四国に持って帰りてえなあ。
「よし、乾いたぞ。もう寝るだけか?」
「うん。」
「…寝れるか?」
「…どうだろうね。」
「まりさえよけりゃあ、一緒に寝るか?」
「えっ…!?」
「隣に誰かいれば安心すんだろ。万が一、猿飛が来ても俺が追い出してやらあ。」
「…元親さんは…猿飛佐助とは、違う…?」
「違え。襲わねえよ、安心しろ。」
「…それなら、一緒に寝てくれると嬉しい…かも。」
「おう。なら、もう寝ようぜ。」
まりの考えが変わらないうちに、と先に御階をあがる。
部屋の端にある大きなべっどと言うもので、まりは寝てるらしい。
そう言やあ、猿飛に押さえつけられているのもそこだったな。
どんなものかと手で押してみると、ぎしりと音を立ててそこが沈んだ。
「…随分と柔らかいな。」
「スプリングって言うバネが入っているからだよ。」
「へえ、絡繰か?」
「うぅん、ビヨーンってなるやつ。」
「は?なに言ってるか分かんねえ。ほら、寝るぞ。まりは奥に行けよ。落ちるかもしれねえ。」
「落ちないよ!子供じゃあるまいし。」
まりを奥に行かせ、枕をもらう代わりに腕枕してやろうと伸ばす。
そのまま横になった俺を、まりはベッドに座ったままじっと見てきた。
「元親さん。」
「うん?何だ?」
「眼帯、外さないの?」
「っ…これは…」
「ケガじゃないんだよね?外して寝た方が安全だと思うんだけど。」
「…いや、気味悪いもんだから。見せたくねえ。」
「えっ!?大丈夫!?やっぱりケガなの?」
「違え。…俺の左目は呪いがかかってんだ。」
「呪いって…よく分からないけど、元親さんの目が気味悪いの?」
「ああ。」
「そんなことないと思うけど。それ、ちょっと硬い素材でできてるから、目に刺さったら危ないと思うんだよね。軽々しく言えないけど、きっと私は大丈夫だよ。元親さんの目に傷が付く方が心配。」
「…後悔するぞ。」
俺が。
まりの声は不思議で、まりに言われると外してもいいような気になる。
だが、俺の目は呪われているから。
人に…まりに見せるのかと思うと、柄にもなく手が震えてらあ。
今宵は寝るまでこいつに寄り添うつもりだったのに…。
すっかり立場が逆転しちまった…か?
べっどに横になった状態でゆっくりと外す。
しばらく目をつぶったままでいた。
その間、まりは何も言ってこない。
静寂に耐えきれなかったのは俺の方だった。
2018.04.23. UP
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夢幻泡沫