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それは、甘い

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しばらく歩いた先にあった公園は、家族連れやら若いカップルやらがあちこちに見える。
入口にある案内板で確認してからその中を奥へ歩いていくと、広い空間に木製の遊具がたくさんある場所に着いた。

「な…に、これ…」
「これがアスレチックです。木に登ったり、縄を渡ったり、水に落ちないようにしたり…要するに、全身を使う遊具ですかね?」
「遊具!?遊びなの、これ!?」
「はい。」
「いやいや!これ、忍びの訓練に使えるよ!?え、何っ!?この時代にも忍びってやっぱりいるの!?ここはどこの里なの!?俺様、騙された!?」
「騙していませんし、忍者もいませんから。大体、あんなスピードで忍者なんて勤まるんですか?」

ほら、と指差した先には親子連れで挑戦している松寿ぐらいの子が。
あんまり人がいなくてよかったかも。
これなら、思う存分に使えそうだね。

「…いや、訓練を積めばもしかして…」
「ここでは遊びなんです。どうぞ、遊んできてください。あ、他に遊んでる人がいたら順番は守ってくださいね。」

一気に警戒心を露わにした猿飛さんの木刀を、弁に取り上げてもらう。
他の人の分の木刀も預かり、慶次さんから荷物を受け取りつつ促すと、子供達がまず動いた。
ものすごいスピードで走り、あっという間にアスレチックにたどり着く。

「さすけ! てほんを みせよ!!」
「はいは〜い。お任せあれってね!」

おっ、さすが自称優秀な忍び。
スピードが格段に違う。
しかも何かよく分からないけど、それは違うでしょってやり方で。

「あははっ、悪目立ちしそう。」

アスレチックから離れた木陰に、よいしょと荷物を下ろす。

「大人しく荷物番でもしますか。」

来る途中で買った大きめのレジャーシートをバサバサと広げていると、慶次さんがやってきた。

「まりちゃん、手伝うよ。」
「え?大丈夫だよ、1人でできるから。慶次さん、みんなと一緒に遊んできたら?」
「いいから、いいから。これ、広げればいいの?」
「あ…うん。そしたら、そっちのはじっこ持ってくれる?」
「うん。」
「いっせぇの、で広げるからね。」

掛け声をかけると、バサッと風に煽られそうになる。
それを抑えて、地面にレジャーシートを置いた。
荷物を端に置き、重り代わりにする。
靴も脱いでうんと体を伸ばしていると、慶次さんも座ってきた。

「遊びに行かないの?」
「うん。まりちゃん一人じゃ危ないし。」
「危なくないよ!?」
「いいの。俺がまりちゃんの側にいたいの。」
「…折角来たのにもったいない。」
「それを言うなら、まりちゃんもでしょ?」
「私はもうできないなぁ。あんなので遊んだら、明日筋肉痛になっちゃう。…や、明日くればまだいいんだけど…」
「へ?」
「もぅ!要するに、オバサンなの。」
「まりちゃんはおばちゃんなんかじゃないでしょー。すっごい可愛いおねえさん!」
「私、慶次さんよりたぶん上だよ…。」
「はっ!?えっ!?そんな馬鹿な!!」
「いやいや、これがホントなんだなぁ。慶次さん、たぶん大学生ぐらいでしょ?私、卒業しちゃったもん。」
「は…まりちゃんが俺より上!?え…俺、同じかすぐ下ぐらいに思ってた…」

おっ、若く見られてた!?

「あら、嬉しい。」
「そっかー、おねえさんなんだー。…年上もいいよねー。」
「何のこと?」
「べっつにー。誰も来ないし、寝転がってもいい?」
「どうぞ。」

嬉しそうにしちゃって、まぁ。
足がはみ出してるじゃん。
斜めに寝ればいいのに。

「いい天気だねー。」
「ホント。」
「こんなお日様の下でさ、可愛い子がいて木陰で寝るのって贅沢だよねー。」
「さっきからなに言ってるの、もぅ。」
「ねーねー。誰も来ないし、まりちゃんのこと聞いてもいい?」
「私のこと?」
「うん。」

仰向けになっていた慶次さんが片肘立てて上半身を起こす。
拳を作った上に頭を乗せて、にっこりと笑ってみせた。
…ここにもイケメンがいたよ。
イケメンズめ!

「まりちゃんてさ、いい恋してる?」
「恋?」
「うん、恋。恋はいいよー!生を明るくしてくれる。『命短し。人よ、恋せよ。』ってね。」
「『命短し。恋せよ、乙女。』…じゃなくて?」
「あれ?この時代でも同じような言葉があるんだ。」
「言葉って言うか…私が知ってるのは、歌だけど。」
「歌?」
「うん。『いのーちー みじぃかしー こいせよぉ おとめー』って…」

あ。
気持ちいいから、つい口ずさんじゃった。

「…へー。いいねー、その歌。最後まで歌える?」
「…一番なら。」
「歌ってよ!」

…まぁ、短いし?
周りに人いないし?
ちょっとうろ覚えな部分もあるけど。
慶次さんだけに聞こえるように小さめの声で歌えば、高音部が少し掠れてしまった。
まぁ、それもまた味と言う事で。
ノスタルジックに浸れるこの歌は、ひいおばあちゃんが教えてくれたもの。

「…いい歌だねー。胸がじんわり熱くなる。」
「昔の、と言っても慶次さん達よりだいぶ後の歌だけど。懐かしい気持ちになるなぁ。」
「それでさ、まりちゃんは恋してるのかい?」
「恋、ねぇ…」

こんな話するの、いつ振りだろ?
社会人になってから仕事が忙しくて、いつの間にか遠ざかっちゃってるなぁ。
友達と会っても仕事の愚痴ばっかりだし。
飲んで、憂さを晴らして…男には見せられない姿だよ。

「…今はしてない、とだけ言っておくよ。恋人がいたら、慶次さん達を引き受けなかったしね。そう言う慶次さんは?もてそうなイメージだけど。」
「いめえじ…印象、だっけ。えー!?俺、そんな風に見えるの?」

見えるもなにも、『前田・ジェントルマン・慶次』じゃない。
あれ、『前田・フェミニスト・慶次』だっけ?

「…恋はいいよね。」

誰かを恋う。
それはとても素敵な感情で。
だけど、同時に苦しくて。
慶次さんの表情に、地雷だったんだと後悔した。


2018.05.28. UP




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夢幻泡沫