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それは、甘い
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「俺ねー…ねねの事が好きだったんだ。」
ポツリと聞こえた告白に、衝撃が走った。
えっ!?
ねねって…寧々!?
豊臣秀吉の正室!?
え、そこ隠れたドラマがあるの!?
新事実発覚ですかっ!?
「…驚いた顔してる。」
「え、あ…うん。だって…ねねって、豊臣秀吉の正室…でしょ…?」
「あー…秀吉もねねも知ってるんだ。」
「こっちでは有名人だよ!歴史好きなら誰でも知ってる!え…慶次さんは豊臣秀吉と仲良かったの!?」
「そうだよー。若い頃はさ、いつでも二人で馬鹿やってた。市に出てる店を冷やかしたり、褌一丁で川ん中飛び込んだり。明らかに自分達より強い奴に喧嘩ふっかけて、案の定こてんぱんにやられちゃったりしてさ。若気の至りってやつだねー。」
「へぇ、慶次さんってやんちゃだったんだ。」
「そー、本当に馬鹿ばっかりやってた。毎日傷を作ってね、まつ姉ちゃんに叱られてばかりで…でもね、そんな俺達を見て優しく笑っていたのがねねなんだ。」
「うん。」
「傷だらけで帰るとまつ姉ちゃんに叱られるのは分かってるからさ、ねねがいっつも手当てしてくれるんだよ。もちろん、秀吉も一緒にね。『今日はどんな無茶をされたんですか?まつ様が泣かれてしまいますよ。』ってくすくす笑いながら。」
「…可愛い子だったんだ?」
「うん。まつ姉ちゃんはさ、利の為に進んで戦場へ行くような女なんだ。けど、ねねは逆。背もちっちゃくて、細くて、家で静かに待っているような女。こう、守ってあげたくなるんだよね。」
「そっか…」
「俺はずっとねねが好きだった。…でも、秀吉もねねの事が好きだったんだ。誰が見ても分かるくらいに。俺はさ、ねねが好きだったけど…同じくらいに秀吉も好きだったんだ。」
「…」
「だから、二人が幸せなら俺も嬉しかったんだよ。秀吉とねねがくっつくことになって、悲しさや悔しさもあったけど…でも、やっぱり嬉しかったんだ。」
「うん…」
慶次さんが寂しく笑う。
ごろりと仰向けになって、眩しい日光を遮るように開いた手で影を作った。
隠された瞳はきっと手を見ているんじゃない。
遠くを、遥か遠くを見つめるような…。
「俺達は戦国乱世に生きていたから、名のある武将なら天下統一を狙ってたんだ。弁丸や梵天丸や松寿丸もそうだよ。秀吉もその一人でさ…」
「うん。」
「ある時、戦に負けた。自軍の弱みを狙われたんだ。」
「…でも、それって軍略的には常套手段でしょ?」
「そう。相手だって勝ちたいんだから、弱いところはついてくるよね。でも、その戦から秀吉は力を求めるようになって…ねねを殺した。」
「…え…っ!?」
「ねねは秀吉にとって弱点になるからって理由で。俺、許せなかったよ。あんなに好き合ってたのに…」
…。
いや、ちょっと待って…。
頭が追いつかない。
自分が知ってる史実と全く違うのはこの際どうでもいい。
やっぱり武将ズはパラレル的な逆トリしてきたってことが、よりはっきりしたぐらいだから。
そんなことより。
慶次さん達の世界の豊臣秀吉は、自分の奥さんを殺した!?
自分の奥さんでしょ?
愛し合ってたんでしょ?
「…ごめん…頭の中、パニくってる…整理させて…」
「あー!いいよ、いいよ!まりちゃんが悩むことじゃないからさ。」
「いや…ごめん、ちょっと待って…」
慌てて置き上がった慶次さんが、両手をアワアワとさせて謝ってくる。
まず、慶次さんが謝ることじゃないし!
勢いよく動いている彼の手を自分の両手で抑える。
ぎゅっと力を込めると、慶次さんは驚いたように私を見た。
視線が合う。
逸らすことができなくてじっと見つめていると、慶次さんの目がだんだんと弱くなってきた。
そのまま重なっている手に、おでこをこつんとぶつけてくる。
…ダメだ。
私、こういうのに弱い。
片手だけ外して、普段なら見えることのない目の前にある後頭部を撫でる。
すると、力が抜けたように慶次さんの体がズルズルと下がった。
私のお腹に顔をうずめるようにして、腰に慶次さんの太い腕ががしりと回った。
何も言ってこない彼を自由にさせながら、私の手は彼の背中をさする。
…うん、よし。
少し落ち着いた。
ちゃんと考えられそう。
さっきはあまりの事に驚いちゃったけど。
秀吉はねねに伝えたのかな?
自分にとってねねが弱点になってしまうって。
…だから死んでくれって。
弱点になるって、それってやっぱり秀吉がねねのことを愛しているってことでしょ?
もし私が、ねねの立場だったら…。
そりゃ、殺さないでくれって思う。
愛してくれてるなら、守ってよって思う。
だけど…それが叶わないのならば。
自分が愛している人の邪魔になるのなら…。
「…ねねは…秀吉の気持ちが分かってたんじゃないかな?」
「…」
「私がねねの立場でも、きっと同じことになりそうな気がする。」
「…黙って殺されるってこと?」
「うぅん。私はみっともなく足掻くと思うよ。殺さないで、守って、無理なら離婚して!って。」
「りこん?」
「離縁。隣にいて足手まといになるなら、離れる。自分がいて愛する人の邪魔になるくらいなら、離れる。ツラいけどね…。でも、それでも…敵に見つけ出されて、戦の道具にされてしまう事もあるかもしれないんでしょ?」
「うん…」
「もし、ホントにどうしようもなかったら…私は、自分が愛してる人に殺されたい。」
「…」
「…なんてね。この時代はすごく平和だから、簡単にこんなこと言えるんだよ。死が身近じゃないから言えるんだよね…。ごめん、分かったような口きいて。」
「…ううん…」
「秀吉がどんな気持ちだったか分からないから、勝手なこと言っちゃったし。秀吉はまだ生きてるの?」
「うん。」
「なら、帰ったら聞いてみるといいかもね。仲良かったんでしょ?一度、じっくり腰を落ち着けて…腹を割って話してみたら?」
「…」
「自分の好きな人が自分の親友に殺されるなんてこと、こっちでは考えられないことだから…ごめん、たくさん無神経な事を言っちゃった。」
「…慶次って呼んでくれたら許す。」
くぐもった声がお腹を通して聞こえてきた。
それに答える代わりに、慶次の背中に両手を置いて力を込める。
見上げれば、重なる葉の隙間から眩しい光がチカチカと目に入った。
瞼を閉じて祈る。
ねねの安らぎを。
慶次の幸せを。
2018.06.04. UP
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夢幻泡沫