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それは、甘い

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「まり、客だぞ。」
「ふぁい?」

それは昼休みが終わろうとしていた時間。
サヤカ先輩から急に声を掛けられ、気が抜けた返事をしてしまったけど…。

「梵天君っ!?どうしたの!?」

客だと押し出されたのは、我が家にいるはずの子で。
ガタリと椅子を倒しながら立ち上がれば、明らかにホッとした表情で梵天君は私を見る。
あ、ちょっと涙目。
見覚えのある封筒を見せながら私の方へ来る梵天君に、駆け寄って抱きしめたいと思ってしまった。

「あっ、それ…」
「…玄関に置きっぱなしだった。」
「…あぁ、忘れちゃって…」
「長曾我部が、まりが持っていくものだと言ってた。」
「そうそう、寝る前に話したんだよね。」
「執務で必要なものでは、と小十郎が言ってた。」
「あはは…その通りで。」
「猿飛に行き方を聞いて、とどけに来た。」

…待て。
聞き捨てならない言葉が。

「…何で猿飛さんはここを知ってるのかな。」
「初めの日につけたみたいだ。」
「…あ、そう。さすが優秀な方で。」

呆れしか出てこない。
よくもまぁ、電車のスピードについてこれたもんだわ。
しかも、誰にもバレないように。

「それで、梵天君が1人で来たの?」
「ああ。」
「…よく小十郎さんが許したね。」
「ついてくるときかなかった。」
「だろうねぇ。」
「おれが一人でいいと言った。」
「そっか。ありがとう、梵天君。」
「ああ。」

頭を撫でると、くすぐったそうに目を細める。
少し前に公園へ遊びに行った時から、梵天君は頭を撫でることを許してくれるようになった。
心を少しずつ開いてくれてるようで。
はっきり言おう、嬉しい!

「まり、その子は誰だ?」
「あっ、サヤカ先輩。ごめんなさい、騒いじゃって。この子は…田舎の子なの。今、遊びに来てて…」

うっ。
苦しい言い訳だなぁ…。

「そうなのか。まあ、世間様は夏休み真っ盛りだからな。」

…そうだったんだ。
助かった!

「鶴姫もそれで実家に手伝いに帰ってることだし。坊主、一人でここまでよく来たな。偉いぞ。」
「…」
「ごめんなさい、サヤカ先輩。この子、ちょっと人見知りで…」
「ははっ!下でも急に声を掛けられて警戒心丸出しだったからな。ここまで連れてくるのに苦労したぞ。」
「うわぁ…ありがとう、先輩。」
「いや、気にするな。坊主、これからどうするんだ?」
「…帰る。」
「待って、梵天君!1人だと危ないから、一緒に帰ろ!!仕事終わるまで待ってて!サヤカ先輩、この子会議室で待たせてもいい?」
「べつに構わんが、知らないところで一人は心細いだろう?夏休取ってる姫の席が空いてるから、隣に座らせておけ。それから、まり。今日は定時な。」
「っ!先輩、大好きっ!!」
「ははっ!気にするな。さあ、仕事にかかれ。」
「はい!」

感謝と尊敬の眼差しを先輩の背中にビシバシ送る。
もうっ、ホント大好きっ!!
梵天君を1人で帰すなんて心配だもん。
そんな事にならなくてよかったぁ。

「梵天君、こっちおいで。」
「…執務の邪魔になるだろう?」
「仕事ね。大丈夫だよ。今のお姉さん、ここの社長さん…お店の主みたいな人だから。その人がいていいって言ってくれたんだよ。安心して、こっちおいで。」
「…」
「ごめんね。これからまだまだ仕事があって、終わるのが5時なの。それまで静かにここで待っててくれる?」
「…一人で帰れる。」
「分かってる。1人で来られたんだもん、帰れるって分かってるけど。私が心配なの。一緒に帰ってくれるでしょ?」
「…」

コクンと頷いた梵天君を、鶴姫ちゃんの席に座らせる。

「ちょっと待ってて!暇つぶしできる物、用意してくるから!」

急いで近くの本屋へ走り込み、子供向けの本を数冊買う。
いや、だってほら。
普通に漢字だらけの本を梵天君ぐらいの子が読んでても、ちょっとあれ?って思うし。
それからジュースを買って戻った。

「このコップ、使っていいからね。梵天君の好きな炭酸ジュース買ってきたから、全部飲んじゃっていいよ。それから、本。簡単なもので悪いけど、ほら…人目があるから。」

こそりと耳元でささやけば、くすぐったかったのか梵天君はブルっと肩を震わす。

「…分かった。」
「じゃあ私は仕事始めるけど、何かあったらいつでも声掛けてね。」
「ああ。」

それからの梵天君は、ホントにお利口さんで。
仕事の邪魔をすることは全くなかった。
静かにしている梵天君に感心したのか、同僚からの差し入れがハンパなく。
気がつけば、お菓子を山ほど貰っていた。

「うわっ、梵天君モテモテ。」
「…どうすればいい?」
「お礼はちゃんと言ってたじゃない。大丈夫だよ、全部貰って。」
「こんなに食べられない。」
「残った分は持って帰ればいいんだよ。」
「そうか。」
「このバッグに食べない分は入れちゃっていいからね。あと、本も。時間になったし、帰ろうか。お待たせしちゃったね。」
「いや。」

梵天君と一緒に、サヤカ先輩や同僚達にお礼を言う。
定時上がりは駅がまだ混んでなく並んで電車を待っていると、通りすがった可愛らしい声の素朴な疑問が耳に入ってきた。

「ねえ、ママ!なんであの子、右のおめめがないの?」

…子供って残酷。
触れられたくないところを無邪気に踏み込んでくる。
きっと怪我しちゃったのね、それか病気かしら?
早く治るといいわねえ。
なんて、チラリとこっちを見たその子のママも悪気なしに言う。
何も知らないから言えること。
そんなこと分かっていても、私の胸にもズシリとくるものがあって。
梵天君を見れば、唇が噛み切れそうなほどに変色していて。

「…梵天君、2人で贅沢しちゃおうか。」

何かを寸止めするように握りしめられたそこを解くように、梵天君の拳に指を滑り入れた。


2018.06.18. UP




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夢幻泡沫