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それは、甘い
50
湯冷めしちゃう前に上がろっか。
まりの言葉でおれは頭を上げることができた。
「ふふ、目が赤い。」
「…」
「やっと気持ちを見せてくれたね。嬉しいな。」
「…いやじゃないのか?」
「え?」
「あつかいに困るだろ、おれは。伊達の者ははれものをあつかうようにおれを見ていた。」
「梵天君てさ、妙に大人びているよね。いいんだよ?ムリに背伸びしなくて。」
「…」
「梵天君はまだまだ守られてていい年なんだから。嬉しかったら笑って、悔しかったら怒ったり泣いたり、いろんな気持ちを素直に出した方がいいよ。」
「だが、おれは伊達のちゃくしだから…」
「…それなら、ここにいる間だけでもそうして欲しいな。どうしたって大人になるにつれて我慢する事は増えるんだから、今しかできない事は今しようよ。」
ね?とおれをばすたおるでふきながら、まりが笑いかけてくる。
…いいのか?
かんじょうを出しても。
やっかい者にならないか?
まりに…きらわれないか?
「さ、パジャマ着ちゃって!終わったら、髪かわかそうね。」
おれをふいたたおるで素早く自分の身をふくまりに、ほおがあつくなる。
それを知られないように、まりにせを向けてぱじゃまを身につけた。
「そうだ、梵天君。これ、ちょっと塗ってもいい?」
「これは?」
「化粧水と乳液とかが混ざってるの。お肌がモチモチになるんだよ。梵天君の右目、ちょっとカサカサしてるからね。一緒にプルプルの肌になっちゃお!」
「…いらない。」
「えぇっ、そんなこと言わないでさぁ。」
「…自分で…」
「私がやりたい!…ダメ?」
まりにだめと聞かれたら、だめとは言えない。
だけど、右目にふれることになってしまう。
おれがなやんでいるのにかまわず、まりは液体をぬりつけてきた。
「…っ!」
「あ、痛かった?」
「…痛くない…が、うつって…」
「え?もう治ってるんだからうつるわけないでしょ!誰がそんなこと言ったの!?…あぁ、少し硬くなっちゃってるねぇ。柔らかくなぁれ、柔らかくなぁれ…」
「…まり…」
「なぁに?」
「…おれを、き…きらいに…ならないで、くれ…」
「さっき言った事、忘れちゃった?梵天君はいい子。賢い子。強い子。優しい子。大好きよ、梵天君。」
「…っ…うぅ…っ…」
目が熱い。
鼻が痛い。
のどがつまる。
梵天、梵天…梵…
まりの優しい声が、むねで何度もこだまする。
うんと幼いころ、何も不安なんてなかった遠い日を思い出す。
また止まらなくなった涙を、まりが何度も何度もぬぐってくれた。
こんな顔、小十郎に見せられない。
まりの後ろにかくれるようにして、せんめんじょから出る。
「梵天丸様、出られましたか。夜も遅い故、もう寝ると致しましょう。」
「今日はまりとねる。」
「はっ!?」
「お前は一人でねろ。…だめか、まり?」
「いいに決まってるでしょっ!!小十郎さん、梵と寝かしてくださいっ!!」
「…てめえ、今なんて…」
「いいんだ、小十郎。おれがそうよんでほしいと言ったんだ。」
「…」
「まり、疲れた。」
「一緒に寝ようね。元親、待っててくれてありがとうだけど…」
「おう、気にすんな。梵天丸、男ならまりをしっかり守れよ。」
「ああ。」
小十郎が心配しているのは分かっているが、今日はまりといたい。
はりつくようにまりの服をにぎり、部屋までついていく。
「梵、こっちにおいで。」
「ああ。」
「寝る時は眼帯を外そうね。」
「ああ。」
言われるままにがんたいを外す。
横になれば、まりが抱きしめてくれた。
「勝手に『梵』なんて呼んじゃってごめんね。」
「いい。おれもそうよばれたかった。小十郎には、明日もう一度言っておく。」
「ふふっ、ありがとう。ねぇ、梵?」
「何だ?」
「梵を見てると、鯉の滝登りを思い出す。」
「…何だ、それは?」
「聞いたことない?」
「ああ。」
「大陸の伝説でね、鯉が滝を登りきると龍に変身するんだって。」
「…」
「滝に行くまでも川の流れに逆らっていかなきゃいけないし、滝なんてもっと過酷でしょ。そこに挑んでいく強い鯉が、梵みたいだなって。」
「おれがこい?」
「今はまだ、ね。だけど、梵なら周囲の厳しい状況にも負けずに乗り越えちゃいそう。最後まで諦めずにやり遂げちゃいそう。そしたら、梵は鯉じゃなくて龍になるの。龍はそのまま天に昇っていくんだよ。」
「こいがりゅうに…おれが、りゅうに…」
「梵なら龍になれる。なってみせてね。」
「…ああ!」
おれのかみをすくまりの指が気持ちいい。
ね物語にしてはそうだいすぎるが、まりが言うんだ。
おれはりゅうになってみせる。
「でも、ここにいる間は一人の男の子だよ。ムリはしなくていいからね。」
「ああ。」
「頑張る梵は好き。だけど、今のままの梵が好き。背伸びしない今の梵だよ。」
「…ああ。」
「ふふっ、眠くなってきた?今日はいっぱい頑張ってくれたからね。ゆっくり寝ようねぇ。」
「…あ、ぁ…」
「…おやすみ、梵。」
おれを抱きしめなおしたまりが、せをとんとんとあやすようになでる。
それが温かくて、やさしくて…。
うつらとするいしきに逆らえず、まぶたを閉じる。
消えていくいしきの中で、感覚がにぶい右目にやわらかいものがふれたような気がした。
その日見たゆめで、おれはりゅうになっていた。
せにはまりを乗せて、果てない天をゆうゆうとかけていた。
おれもまりも笑っていて…。
だから、ちかう。
おれは、りゅうになってみせる。
必ずだ。
2018.07.09. UP
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夢幻泡沫