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それは、甘い

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「小十郎さん、お待たせし…」

…言葉が続かなかったのは仕方ないと思うんだ。
だって、小十郎さんときたら!
デキる!
この男、デキるよ!!
会社にいれば絶対に成績トップでしょ!?と言ったかんじのカジュアルスーツ姿。
そして振りまかれている男の色気。
だって、ジャケットの袖捲りだよっ!?
首元のボタンもほどよく寛げさせていて。
髪の毛もかっちりとまではいかない纏め具合。
あそこの店員さん、ホントいい仕事するね!
道行く女の子達が二度見するのも分かる。
眼福だわ。
…いや、待て。
あの隣に私が立つの?
え、ホントに?
冗談じゃなく?
うわぁ…地獄が待ってるかも。

「…まり。」

自問自答していると、小十郎さんがこっちに来た。

「おい、まり。」
「…何でしょうか、小十郎さん。」
「来るなら側までこい。」
「いや、ちょっと…近寄りがたいオーラが…」
「あん?」
「いえ、何でもありません。」
「おかしな奴だ。それより、この格好で問題ないか?」
「ないですよっ!完璧です!!隣に並びたくありません!!」
「は…!?何言ってんだ、てめえ?」

…ここですごまないでください。
私が悪かったです。
すみません、泣きそうです。

「…小十郎さん、素敵すぎるんですよ。気づいてます?近くにいる女の子全員、小十郎さんを見てますからね!彼氏がいる子も!!」
「てめえも見られてるじゃねえか。」
「私は完全なお邪魔虫としてですっ!あれは『何でこんないい男の隣に、平々凡々の女がいるんだ』っていう目ですっ!!」
「よく分からねえ。」
「…分からなくていいです。今日はありがとうございます、小十郎さん。」

事の始まりは、サヤカ先輩がくれたチケットにある。
私が興味を持っているコンサートにお得意様の知り合いが出ていて、よかったら聴きに来てくださいと貰ったらしい。
残念ながらサヤカ先輩は興味がなく、お前が行ってこいと流れてきて。
いやぁ、ラッキー!
ちょぉっとお値段が高くて、手が出なかったんだよね。
ただ、2枚貰ったからには無駄にするのは許されない。
だけど付き合ってくれる人の当てはいない…。
と言うことで大人組に相談したら、なぜか全員立候補してくれて。
私が選んでいいと言うことだったので、諸々を鑑みて小十郎さんを選ばしてもらった。
それなりの値がするコンサートに小十郎さんの持っている服はちょっとラフすぎて、前にお世話になったお店に事情を話してまたコーディネートしてもらうことになった。
初回がインパクトあったのか店員さんも快く引き受けてくれ、私の仕事終わりに会社の最寄り駅で待ち合わせする事になった。
家から会社までは始発終点の1本だから迷うべくもなく。
時間前に小十郎さんは着いたらしい。
そして、冒頭に至る。

「まり、こんさあととやらの時間は大丈夫なのか?」
「はい。でも電車で移動するので、行きましょうか。」
「ああ。」

いつもより高いハイヒールは少し歩きづらくて、スピードが遅くなってしまう。
それに気づいた小十郎さんが苦笑った。

「歩きづらそうだな。」
「この高さ、久し振りなんです。ちょっと張り切りすぎちゃったかなぁ。」
「いや、よく似合ってると思うぞ。ほら、手を貸せ。」
「え?」

左手が小十郎さんの大きな手に包まれて、思わず足が止まる。

「掴まるもんがあれば、多少は歩きやすいだろう?行くぞ。」
「は、はい…」

ちょっと…っ!
今さらりと褒めなかった!?
そしてさりげないリードってヤツですかっ!?
すごい、小十郎さん…!
大人の男だ…。
電車の中は週末の夕方とあってかそこそこの混み具合で、小十郎さんが驚いたように私を見た。

「いつもこんなに混んでんのか?」
「いえ、これはまだ余裕な方ですよ。」
「これでか…?」
「はい。」

だって手すりにつかまれるし。
体の向きだって自由に変えられるし。

「朝のラッシュの時は身動きすら取れなくなるんですよ。」
「…そこまでして、そいつらはどこに向かってるんだ?」
「大体の人はそれぞれの仕事場だと思います。私は最初の駅で乗って最後の駅で降りるので、毎日座って通勤できますけど。朝のラッシュは座っていてもキツいですよ…。」
「信じられねえ…」
「便利なものに頼り過ぎている弊害ですね。…っと、ごめんなさい。」

トンと軽く体が小十郎さんにぶつかってしまった。

「大丈夫か?」
「はい。電車の揺れで…」
「危なっかしいな。」

そう言った小十郎さんが、私の腰に手を回してきた。

「っ…!」
「俺が支えてれば、ふらつかねえだろう?」
「そうかも、しれませんけど…でも…」
「あとどれくらいかかるんだ?」
「2駅です。すぐですよ。」
「それなら、少し我慢してろ。」

我慢って…あの、ですねぇ。
腰に手を回してるってことは、自然と体が寄り添うってことで。
その状態で話すってことは、あなたのイケてるヴォイスがすぐそこから聞こえるってことで。
周りから見ると、体勢的には内緒話をしている感じってことで。
つまりは…。

「…顔が赤いぞ。」
「こじゅっ…!」
「どうかしたか?」

…『どうかしたか?』じゃないです。
小十郎さんが原因でしょっ!!

「いい女を連れてるのは、存外気分のいいものだな。」

…とどめを刺された。
小十郎さんがクツリと笑ったのは、絶対気のせいじゃないっ!!


2018.07.16. UP




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夢幻泡沫