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それは、甘い
52
駅から5分ほど歩いた先に、目的のホールがある。
でもね、降りた先でも小十郎さんは注目の的だった。
ホント…できれば離れて歩きたかったぐらい。
だけど小十郎さんが放してくれず。
右腕をほら、と動かされたら。
私は左手を絡めずにはいられないでしょ!?
イケメンのエスコートを逃す手はないよね!?
一体どこでそんな技を覚えてきたんだか…。
やけに様になっている小十郎さんをうろんとした目で見上げれば、どうかしたか?と本気で不思議がっているようで。
なんでもないです、と小さく首を振って笑いかけるにとどまる。
ホールに入ったら、豪華なシャンデリアや壁の装飾に小十郎さんが目を瞠っていた。
パンフレットを買って、席に着く。
まだ明るいうちにとパラパラめくっていると、小十郎さんがヒソリと顔を向けてきた。
「どうしました?」
「いや…でかい場所で落ち着かねえだけだ。」
「へぇ、小十郎さんでもそんなことってあるんですね。」
そう言えばきまり悪そうに眉を寄せてしまった小十郎さんに吹き出しながら、私はパンフレットを小十郎さんにも見せた。
「今日の演者や演目などが載っています。一緒に見ましょう?」
「ああ…いや、俺が見ても分からないだろう?」
「そうですか?…あ、これ。これを目当てに来たんです。」
プログラムの最後に書かれてある演目を指す。
自分でも言ってたように、小十郎さんは読んでもよく分からないかもしれない。
だから説明できる範囲で曲の流れを話すと、意外にも真面目に聞いていた。
「…もしかして、音楽に興味あります?」
「いや、楽と言うか…」
「小十郎さんって何か楽器ができましたっけ?」
「…笛を少し…な。」
あぁ、そうだった。
片倉小十郎景綱と言えば、笛ではないか。
なんで忘れていたんだろう。
「そうでしたね!ここでも、とってもお上手だったと伝わっていますよ!」
「…本人を前にして言うな。」
「うんと、それだったらこの曲なんかいいかもしれませんね。」
「それは?」
「フルートって言って南蛮の横笛があるんですけど、それのための曲なんです。オーケストラをバックに、フルートが主役となるんです。」
「ふるうと…おおけすとら…」
「オーケストラは、いろんな種類の楽器が集まって演奏する形のことです。音が溢れてすごいんですよ、楽しみにしててください。…慣れない人は大きな音でびっくりするかもしれませんけど。」
「ああ。」
「フルートは昔は木から作ってたんですけど、今は金属で作っています。日本の笛より長いんですけど、吹き方はほとんど変わりません。音は鳥の囀りのような、柔らかい音ですね。」
「ほう…楽しみだ。」
「演奏が始まる前にチューニングと言って音合わせがあるんです。フルートの音を上手く拾えたら、教えますね。」
「ああ。」
「マナーとしては、演奏中は音を出さないが大前提です。って、当たり前ですよね。」
「ああ。」
「あとは1曲終わるごとに拍手するんですけど、分からないと思うので周りが拍手したらすればいいです。」
「分かった。」
「まぁ、周りに合わせておけば何とかなりますから。」
私だって詳しくも何ともない。
好きなだけ。
そうこうしているうちにステージ上に演奏者が出てきて、チューニングが始まった。
「あの女の人が持っている横笛、あれがフルートです。」
「女が出るのか?」
「そうですよ。音楽に性別っていります?」
「…」
「ちょっと見にくいですけど、今座っている位置で吹きますから。」
「…そうか。」
「あ。この音、分かります?」
「どれだ?」
「高いラの音。」
「高い…ら?」
「えぇと、呂音じゃなくて甲音が聴こえてきません?」
「…ああ。」
「その音がフルートです。さっきの曲になったらもっとしっかり聴けるので、楽しみにしててください。」
チラリと小十郎さんが私を見る。
チューニングも終わりそうだったので首を傾げて促すと、静かにしなきゃいけないと汲み取ったのか緩く首を振るだけだった。
それからはあっという間の数時間で。
アンコールも複数回あって、大満足。
ぞろぞろと帰る観客の一部となろうと、荷物を持って小十郎さんを見る。
「とりあえず、外に出ましょうか。」
「ああ。」
「この近くにあるお店を予約したんです。ゆっくり夕飯を食べてから、家に帰りませんか?」
「…たまの贅沢、か?」
「ふふっ、そうです。」
「悪くねえ。」
外に出るとやっぱり人混みで、はぐれないようにと小十郎さんが右腕を出す。
…だからぁ!
何でそれを知ってるの!?
なんて心の中で悪態をつくものの。
コンサートの興奮でテンションが上がってるみたい。
にっこりと腕をからめる私を、小十郎さんが微笑ましく見た。
それがまた嬉しくて、ぎゅっと腕に抱きつく。
「随分と機嫌がいいな。」
「だって、コンサート楽しくなかったですか!?」
「俺は初めてだからよく分からねえが、南蛮の楽は派手だな。まさむ…いや、何でもない。」
「フルートはどうでした?」
「想像していたよりいい音だった。そう言やあ、まりも笛を嗜むのか?」
「え?何でですか?」
「呂音、甲音はこの時代の楽でも使うのか?」
「…あぁ、なるほど。ここでは大体『ドレミ』とか『CDE』とか、外国の音階を使います。呂音、甲音を知っていたのは…まぁ、少し吹けるので。」
「ほう。」
「あっ!ほんの少しですよ!限定の曲しか吹けませんからね!!」
「聴いてみてえもんだ。」
「…聴かせるほどではありません。私は小十郎さんの笛を聴いてみたいです。」
「…」
「聴かせてくれますか?」
「…」
「小十郎さん?」
「…機会があればな。」
「やったぁ!約束ですからね!!」
小指を出すと首を傾げられた。
同じようにしてください、と出してもらった一回り太い指に自分の小指を絡める。
『ゆーびきーり げんまん』と調子よく歌う私に、小十郎さんはおっかねえと苦笑った。
2018.07.23. UP
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夢幻泡沫