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それは、甘い

06



「…何があった。」

リビングに残っていた小十郎が慶次と佐助を訝しげに見る。
側には子供三人がくっつくようにして眠っていた。
一緒に出ていった元親はまだ帰ってきてない。

「…佐助がさ、まりちゃんを襲った。」
「は…?」
「やだなあ、風来坊。俺様は色を使って本当の事を吐かせようとしただけだぜ?」

へらりと笑った佐助に、慶次は非難の目を向ける。
小十郎も鋭い眼差しを佐助に放つ。

「姿がないと思ってたら、そんなことしていたのか。余計なことするんじゃねえ。取りあえずの当てを自ら潰してどうするんだ。」
「え!?風来坊や西海の鬼はともかく、まさか右目の旦那ももうあの女を信じてるの?」
「…全て信じているわけじゃねえ。だが今は…あいつの世話になる以外に手立てはねえんだ。鈴沢が提示してきた約束とやらを破るわけにはいかねえだろう?」
「あ〜、やだやだ。竜の右目とあろうものが会ってすぐの女に言いくるめられちゃってさ!」

両手を肩まで上げて首を振ると、佐助は手を腰に当てて人差し指を立てた。

「いい!?この世界に来ちゃった時、近くにいたのはあの女だけ。どうしてこうなっちゃったか俺様達は分からない。なら、一番怪しいのはあの女でしょ!?」
「だけど、まりちゃんも分からないって言ってたじゃないか。暗くなる前に庭にも出してくれた。俺達を拐したとするなら、むしろこの家に閉じ込めておくべきだろ。あれってまりちゃんは俺達に危害を加えないって意思表示じゃないかい?」
「そうやって俺様達を油断させるつもりなんだろ。アンタ達はあの女を信用しすぎだよ!」
「疑うのが忍びの仕事だろうよ。だけど、まりちゃんはそんな子じゃない。目を見れば分かるだろう?邪気がなさすぎる。」
「…同感だ。梵天丸様にもやられかねねえな、あれは。」
「さっきからなんなのっ!?じゃあ何でその梵天丸様も、うちの弁丸様も、毛利の旦那も、子供になっちゃってるわけ?それこそ俺様達じゃ説明できないじゃんっ!!」

佐助の言葉に、小十郎も慶次も口を噤む。
そう、確かに元の世界ではそれぞれ元服をとっくに済ませていた。
戦場でも既に活躍していた。
それが、この世界に来た時には幼くなってしまっていたのだ。
説明がつかない。
理解が出来ない。

「…ともかく、今は下手に鈴沢を刺激するのは上策じゃねえ。てめえ一人で勝手に行動すんな。」
「ああ、もうっ!!」

苛立ちを抑えることなく窓まで移動すると、佐助は音を立てずに開けた。

「…おい、どこへ行く。」
「偵察。もっとしっかり探ってくる。弁丸様の事、しっかり見ててね。」

闇に消えた佐助に小十郎と慶次は顔を見合わせて小さく首を振り合った。

「珍しいねえ、武田の忍びが感情を表すなんて。」
「忍びにあるまじき行為だな。」
「逆に竜の右目は落ち着いてるねえ。」
「非常時にこそ冷静さを失ったらいけねえ。それに、政宗様が梵天丸様になってしまわれたこと以上の驚きがあるって言うのか?」
「ここにいること自体が驚きだけど。」
「…そうだな。」

自然と深いため息が零れる。
そこに不機嫌な雰囲気を纏った元親が戻ってきた。

「おい、猿飛は?」
「偵察に出た。」
「あいつ、またっ…!なんでお前達も止めねえんだよ!?」
「情報が欲しいのはここにいる奴ら全員で一致している。自ら行くと言っているのだから、止めることなどねえ。」
「だが、あいつはまりをっ!」
「あー…元親。その、まりちゃんは?」
「私室に戻った。猿飛にあんなことされたってのに、『明日、会えないことを願ってます』ときたぜ。」
「うわっ、めちゃくちゃいい子じゃん。」
「…明けるまでに出ていけ、という線はねえか?」
「まあ、猿飛にはあるだろうよ。だが、少なくとも俺達にはねえはずだ。さっきの騒動でまりが感情的になるところを見たけどよお…」

くっくっと肩を震わせる元親に、小十郎と慶次が眉を顰める。

「見たけど、何だい?」
「いやあ、あれはなあ…」

涙をためた瞳で睨み上げ。
羞恥に頬を染め。
全裸だってのに隠すことなく。
憎い相手に大っ嫌い、出てけ!!と叫びやがった。
恐怖に怯えて震えながらも、ぎりぎりのところで屈しない。
…いいじゃねえか。
そそられる。

「くくっ。俺ぁ、まりを気に入った。元の世界に戻れるまで世話んなるぜ。」

元親は子供達の奥へ行くと、ごろりと横になった。

「猿飛が帰ってくるまで横になってる。お前達も少し横になったらどうだ?」

豪胆と言うべきか。
協定を結んだとは言え、敵将の前で寝姿を見せる元親に小十郎も慶次も呆れた。

「…なあ、竜の右目。」
「…何だ?」
「元親を見てると、ここで睨み合うのは無駄な力をつかうような気がしてならないんだけど。」
「…ああ。」
「取りあえず、横になる?」
「…そうだな。」

自然と子供達をかばうように。
小十郎と慶次はそんな位置で体を横にした。



一方で、佐助は茫然自失で眼下を眺めていた。
自分達がいた世界とあまりにも違いすぎる。
灰色の地面。
夜でも煌々と光る町。
人の手が入っている土や木や川。
速く行き交う箱や人工の馬のようなもの。
臭う空気。

「…こんなところでよく生きられる。」

顰めた顔で空を見上げれば、日々目印にしていた小さな明かりはほとんど見えない。
闇が支配している刻のはずなのに、男も女も外に出ている。
自分達の世界では考えられない。
相当な時間をかけて。
佐助はやっと受け入れようと決めた。
出て行った時と同じように音を立てずに中へ入ったのに、ぴくりと反応する体が3つ。

「…随分と遅かったじゃねえか。」
「…まあね。」
「それで?外の様子はどうだったんだい?」
「ここと一緒。分っかんないものだらけ。」
「…だったらお前はどうすんだよ?」
「鬼の旦那、そんな怖い顔しないでよ。しょうがない、あの女の世話になるよ。」

小十郎、慶次、元親に。
肩を竦めながら諦めたように佐助は言う。

「…結構な言い分だなあ、おい。別にお前がいなくても構わないんだぜ?」
「まあまあ、元親。そんなこと言わないで、な?みんなでまりちゃんの世話になろうよ。」
「…今度、妙な事をしたら…ただじゃ済まねえからな。」
「分かってるって。悪かったね、鬼の旦那。」

ここは自分達だけで生きていける世界ではないと悟る。
そのことがほんの少しだけ、本当に微々たるものだが…佐助の心を軽くした。


2017.08.07. UP




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夢幻泡沫