Main



それは、甘い

60



「ホントにベッドじゃなくていいの?」

そう松寿に聞くと、深い深い溜息が返ってきた。
え、何で?

「貴様は女子であろう。己の褥に、そのように簡単に男を誘うものではない。」
「男って…松寿、まだ子供じゃん。」
「それはっ!」

あ、もしかしてムキになってる?

「松寿ってさ。」
「…何ぞ。」
「もうすぐ元服するの?」
「…いや、まだであろうな。」
「それなら、子供でいいじゃない。弁も梵もそうだけど、そっちの子達ってどうしてそんなに大人びているの?」
「大人びている?」
「うん、大人びている。もっと普通にしてればいいのに。」
「…普通…」
「うん。」
「普通とは…何ぞ?」
「え?」
「普通とは何ぞ。」
「え、普通って普通でしょ?」
「だから…」

…あれ。
そう聞かれると分からなくなってきた。
普通って…一体なんだろう。

「子供ってもっと我が儘、と言うか…もっと自己主張しない?あれがしたいとか、これが欲しいとか。」
「そのような事、言えるはずがなかろう。」
「どうして?」
「我は安芸を統べねばならぬ。」

きっぱりと言い切った松寿に、ストンと落ちるものがあった。
そうなんだよね。
きっと、そう。

「…やっぱり、戦国の世ってそうなのかなぁ。」
「背負わねばならぬものがある者は、元服を済ませてようがそうでなかろうが…自覚の問題であろう。」
「自覚ねぇ…私が松寿ぐらいの時は全然そんなこと考えもしなかったけど。」
「ほう。なれば、まりは我ぐらいの時はどのように過ごしておったのか?」
「どのようにって…」

ホントにどこにでもいるような普通の子だった。
松寿ぐらい…小学生の時は、ひたすら自然の中で遊んでいて。
家庭用ゲームも普及し始めたばかりだったから、あまり興味も持っていなかったし。
学校へ行って帰ってきて、宿題はそっちのけで家を飛び出して。
男女とかあまり気にしない年頃だったから、大勢で遊ぶのが楽しくて。
近所の子達と集まっておにごっことかかくれんぼとか、毎日飽きもせずに体を動かしていたなぁ。

「それもこれも、私が田舎育ちだからなんだろうけど。」

なんか、武将ズが来てから人生を振り返る事が多いような?
そんな特別なものでもないはずなんだけどなぁ。

「随分と謳歌していたのだな。」
「謳歌…難しい言葉、知ってるんだね。」
「我にはそのような時間はない。安芸のことを少しでも知り、政や戦のことを覚え、安芸を豊かにせねばならぬゆえ。」
「でもさ。遊びたいなぁとか、おいしいもの食べたいなぁとか、どこかに行ってみたいなぁとかないの?」
「…」
「私はそういうのだらけだったなぁ。」
「…煩悩まみれだな。」
「煩悩ねぇ。子供なんて自分の思いに素直なんだから、それでいいんじゃない?それが普通だと思うけど。」
「我のいた世界では考えられぬ。考えたとて、夢物語に過ぎぬ。百姓の子は親の手伝いをし、商人の子は銭勘定を覚え、武家の子は文武を叩き込まれ、公家の子は礼儀作法を磨く。他の事を考える余裕などない。」
「時代の違いってそういうものなのかなぁ。」
「時代よりも生まれであろう。まりが過ごした子供の頃が普通であると言うのならば、この時代の子らは恵まれておる。」
「そうだね。都会の子達は習い事だ、受験だ、って厳しかったのかもしれないけど。」

それでもきっと、松寿達の時代よりは確実に恵まれている。
それは間違いではない。

「普通って難しいな…」
「各々により基準が違うからであろう。」
「うん。簡単に『普通』って言葉がつかえなくなっちゃった。…あ、ごめん。熱があるっているのに、話し込んじゃったね。」
「気にせずともよい。」
「ねぇ、松寿。」
「何ぞ。」
「私は、背伸びしない今のままの松寿が好きよ。」
「は…?」
「ここにいる間は、松寿はただの男の子。弁にも梵にも、同じ事を言ったよ。我が儘すぎるのは困るけど、子供なんだからもっと自分に素直でいいの。」
「…」
「やってみたいこと、たくさん挑戦しようよ。違う時代?世界?に来るなんてこんな経験、二度とないよ。」
「…あったら困るわ。」

そうだね、あったら困る。
そんなことが頻繁にあったら、世界中パニックだよ。

「せっかく貴重な体験しているんだから、楽しもう?」
「…ふん。」
「話し込んじゃってごめんね。下からタオル持ってくる。ついでに冷えピタも。頭が冷えてすっきりするよ。」

松寿を踏まないように端の方を通りながら部屋を出る。
下にいたみんなに大丈夫そうと伝え、松寿は一晩預かる事を伝え、目的のものを持って自室に戻る。

「みんな心配してたよ。」
「そんなはずはなかろう。」
「そこは素直に嬉しいって思えばいいのに。」
「嬉しくなどない。」

なんて言ってるけど。
ふふっ、松寿ってば気づいてるのかな。
ほっぺたが色づいてるよ。
それって熱のせいじゃないよね?
おでこに冷えピタを張ればビクッとした反応に、つい松寿の頭を撫でる。

「そのシート、少ししたらひんやりとしてくるから気持ちいいよ。私、ちょっと仕事してもいい?」
「…勝手にせよ。」
「部屋、明るいままでごめんね。私もなるべく早く終わらせるようにするから。眠くなったら寝ちゃっていいからね。」

今日は早く寝よう。
それには仕事を早く終わらせなくちゃ。
通勤バッグから会社の封筒を取り出し、パソコンに向かい始めた私に松寿は何も話し掛けてこなかった。


2018.09.24. UP




(60/96)


夢幻泡沫