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それは、甘い

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このコはどこまで人が好いのだろう。
さっきから馬鹿みたいに繰り返されるのは、俺様のことばかり。
それに、この体勢。
『怖かった、怖かった』と言っている、あの時と同じじゃないか。
抵抗しないなんて、一体どうしちゃったの?
真っ直ぐに見上げてくる顔は紅潮していて、瞳が潤んでいて。
酒のせいだって分かっていても、そんなものは関係ないと身体のあちらこちらが疼く。
零れそうな涙を、唇を寄せて吸った。
…しょっぱい。
でも、甘い。
この涙の原因が俺様のことだと思うと、口角が上がるのが分かった。
視線を合わせてもただ見返してくるだけで嫌がる素振りは見せないまりちゃんに、気がよくなる。
頬に手を這わせればぴくりと肩を竦ませ、するりと滑らせればくすりと口が緩んだ。
ねえ、抗わなくていいの?
俺様、いいようにとっちゃうよ?
少しだけ頭を下げて、緩んだそこに唇を重ねる。
初めは様子見。
二度、三度と触れるだけ。
合わせていた唇を離し、まりちゃんを見る。

「…嫌がらないの?あの時みたいに、『出てけ!』って叫ばないの?」
「今の猿飛さん、怖くないもん。」
「俺様が?」
「うん、だって泣きそうだしぃ。」

…は?
何を言ってるの、このコ。
俺様が泣きそうって…あり得ないでしょ。

「まりちゃん、何を言って…」
「初めて猿飛さんの気持ちを見れたぁ。」
「…っ!」

俺様の、気持ち…?
泣きそうな…?
…どうして、俺様は…泣きそうなんだ?
悔しい?
悲しい?
寂しい?
…いや、どれも違う。
嬉しかったんだ。
忍び以外の俺様をまりちゃんに認められてるんだと分かって。
楽になったんだ。
忍びは関係ないと言われて。
この世界は反吐が出るほど生温い。
だけど心地よいのは、きっと。
まりちゃんと出会って、まりちゃんと一緒に暮らしているから。
闇に生きる以外考えられなかった俺様に、『猿飛佐助』を思い出させてくれたから。
真田の旦那の他にそんな人間がいるなんて…。
旦那と同じくらい守りたい存在ができるなんて…。

「…猿飛さん?」

黙ってしまった俺様を不思議に思ったのか、まりちゃんが小首を傾げながら声をかけてくる。
ああ、もう。
いちいち可愛いんだから。
多分、今の俺様の顔は情けなく歪んでいるのだろう。
そんな顔をまりちゃんに見られたくない。
出来るだけ余裕を装いながら、もう一度まりちゃんに唇を合わせる。
今度はしっとりと長く。
それから甘噛みするように下唇を食む。
ちゅぷちゅぷと音をさせながらしてれば、まりちゃんもじゃれてくるように俺様の上唇を食んできた。
その動きで開いた唇の中を舌で舐める。
隙間から漏れる淡い声色をもっと深くしたい。
顔の角度を変え、口の開きを変え、食い尽すように貪る。
逃れていたまりちゃんの舌を絡めしつこく舐れば、吐息が荒くなった。

「んぅ…は、あ…」

くちゅりと鳴らされる淫らな音。
つぅと垂れる粘度のある液体。
まりちゃんの顔を見れば、眉を少しだけ寄せて、さっきより頬を染めて。
縋るように伸ばされてきた白い手に、指を絡ませ床に縫い付けた。
逆の手はまりちゃんの髪に滑り込ませる。
さらさらの感触を楽しみ、そのまま輪郭をなぞるように頬から首筋を触る。
一つ一つにぴくつく身体がまるで誘っているようだ。
本当に感度がいい。
もっと反応を見たくなる。
密に繋いだまりちゃんの指先に力が込められ、限界を知らせてきた。
最後にべろりと小さな舌を舐め上げ離れれば、互いの舌先が妖しく光る糸を引いた。
ぼう…と半分焦点の合わない瞳が見上げてくる。

「…反省してるんだ。ごめんね、まりちゃん。もう怖がらせることはしない。」

こんなことした後に言うなんて、って思ってるかもしれないけど。
だけど、俺様の正直な気持ちなんだよ。
疑いしかなかった女の子が、本当はこんないいコだったなんて。
そんな子に怖い思いをさせちゃったなんて。
男としてどうかしてる。
まりちゃんが忍びを忘れていいと言うならば。
ここにいる間は一人の男でいていいと言うならば。
どうか、どうか…。

「猿飛さん?」
「…佐助。」
「え?」
「佐助って呼んで。俺様だけ氏で呼ばれてるの、嫌だ。」

蕩けた瞳を向けてくるまりちゃんの顔中に唇を降らす。
顔だけじゃない。
耳にも、首にも。
部屋着を寛げさせた先にも。
溢れ出す思いを押しつけるようにすれば、鬱血痕が赤く咲く。
透き通るようなまりちゃんの肌にそれは酷く艶めかしくて。

「…気持ちよくしてあげる。何も考えられなくなるくらい。」
「っ、ぁ…」
「俺様を男として見てよ…」
「さ、る…飛さ…」
「佐助。」
「あっ…や、んんっ…」
「…あんまり大きな声、出さない方がいいんじゃない?上にいる奴らに聞こえちゃうよ?」
「っひぅ…あっ、さ…る…」
「佐助。」
「あぁっ、あっ…さ、すけ…やっ、さ…すっ…んぁっ…」
「はっ…かわいいね、まりちゃん。でも静かに、ね。」

嬌声が零れる口に舌を突っ込み封じ込める。
こんなにかわいい姿を他の奴に見せてたまるかって言うの。
俺様の首に腕を巻きつけてきたまりちゃんに、口だけでなく全身を重ねる。
夜はこれから。
俺様の活躍する時間でしょ…?


2018.10.29. UP




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夢幻泡沫