Main



それは、甘い

71



朝も早いうちから、爽快にとばす車内には元気な声が飛び交っていた。

「へー、これがくるまってやつかー。馬より速いねー!」
「まえだどの、 でんしゃよりも はやいやも しれませぬ! まりどの! いぜん のった とらっくより はやいで ござるな!!」
「ちょっ、弁丸様!いすの上で暴れないで!このくるま借り物だから、汚したら違約金を取られちゃうんだって〜!!」
「小十郎!しーとべるとをはずせ。外を見る!」
「堪えてくださいませ、梵天丸様。まりが外してはならぬと申したのをお忘れになられましたのか?」
「…何故、我がこのように狭い思いをせねばならぬのだ。まり、馬鹿鬼と場所を替えよ。」
「うっせ、松寿。まり、これ分解してもいいか?」

…うるさい。
みんな、うるさい。
どうしてこうなってしまったのか…。
深い溜息を吐いて、つい先日のことを思い出した。
あの電話。
花火大会のフィナーレを邪魔してくれたのは、弟で。

「もしも…」
「助けてくれ、姉ちゃんっ!」

開口一番、物騒なセリフに眉が寄ってしまった。

「…久し振りね、倭。元気?」
「ああ。元気だけど…って、俺のことはどうでもよくて。姉ちゃん、頼む。助けてくれ。」
「どういうこと?」
「負けそうなんだ…」
「はあっ!?」

思わず大声で聞き返してから、思考が一旦停止してしまう。
家族で話すこの時期の話題などたった一つで。
勝ち負けなんて言葉を使う事もたった一つで。
その勝負に負けることなんて許されない。
それを分かっているはずなのに、弱々しい言葉を口にするなんて。
一体どういうつもりなの?

「…まり?」

遠慮がちに声をかけられハッと振り向けば、訝しむように眉間に皺を作った小十郎さんが見てきている。
その近くでは他のみんなも『何だ?』と言うように様子を探ってきていて。
何でもない、と小さく手を振りクルリと背を向ける。

「…今年は帰れないって言ったでしょ。」
「聞いた。だけどこのままだと負けちまうから、姉ちゃんを呼び戻せって先輩達が…」
「…何があったの?」
「…」
「倭。理由を聞かないと返事できない。」
「…姫がケガをした。」
「は…?」
「練習中にバランスを崩して変なコケかたしちゃってさ、足首ポッキリ。」
「え!?ちょ…大丈夫なの?」
「ケガ自体はそれだけで済んだけど…入院の上、絶対安静。他の奴が姫をやろうにも、それぞれ自分の役割があるだろ?今さら代わりになれる奴なんていない。」
「そりゃそうだけど…」
「他の奴に頼んだって、今から急にはムリだろ?」
「うん。私もムリ。」
「姉ちゃんなら大丈夫!」
「…誰がそんなこと言ったの?」
「俺!」

…おい。

「…と、先輩達。それと隊のみんな。と、大人達。」
「は…?」
「俺、今年総大将だから…負けたくない。」
「うん。いや、その気持ちは充分に分かるけど…」
「だから姉ちゃん、頼む!」
「頼むって言われても…」
「どうしても…ダメ?」
「ダメって言うか…」

チラリと後ろを振り返る。
すると12の瞳がじっと私を見ていた。
…この人達を連れて実家へ帰る?
いやいや、それはイヤだ。
主に私の精神面的に。
それなら…

「ちょっと待ってて。」

弟に断りを入れて通話口を塞ぐ。
そして武将ズに聞いてみた。

「…1週間ほど家を空けていいですか?」
「いやで ござるう!!」
「のーだ!」
「許さぬ。」

おぉぅ…子供達が即答してきちゃったよ…。
嬉しいけど、今は複雑な気持ち。

「…もしもし?やっぱムリそうなんだけど…」
「じゃあ姉ちゃんは負けちゃってもいいのか?」
「は?なに言ってるの?負けるなんて許さないから。」
「だろ?だから姉ちゃんの力が必要なんだって!」
「でもさぁ…私だってブランクが相当あるし、世代が違うし…」
「大丈夫だって!姉ちゃんは伝説になってんだから、みんなも姉ちゃんのことを口にしてんだろ。それに、姉ちゃんならちょっと体を動かせばカンだって取り戻せる。」
「ムチャ言わないでよ…」
「頼むって!」
「…」
「姉ちゃん!」

…あぁ、もうっ!
大きくなった弟は私より背も高く、声も低く、口答えもすれば反抗もするようなザ・男子高生で。
それでも、やっぱりカワイイ弟なのだ。

「…あのね。帰ってもいいけど、その代わりもれなく何人もついていくことになるよ?」
「いいよ!母さんと父さんに言っとく。」
「急に用意するなんてムリでしょう?」
「爺ちゃんと婆ちゃんに頼む。何人なんだ?」
「…大人4人に、子供3人。全員男。」
「は…?」

あ、固まった。
だから知られたくなかったのに…。

「…ムリでしょ?」
「ムリじゃない!爺ちゃんと婆ちゃんならいいって言ってくれるはず。」

弟が固まったのを逆手にとって断る方向に持っていこうとしたけど、よっぽど切羽詰まっているのか被せるように否定された。

「…そんなに困ってるの?」
「だから姉ちゃんに電話してんだろ。いい?」
「…しょうがないなぁ。」
「やった!あんがと、姉ちゃん!約束だからな、指切り!!」
「はいはい、指切りげんまん。」

指切りは鈴沢家では絶対で、このフレーズを使った以上は必ず守らなければいけない。
弟に帰る日を伝えて電話を切る。
もう一度振り返れば、どう動いていいのか分からない様子で武将ズが私を見ていた。
花火はとっくに終わっていて。
…ホントにどうしてこうなった?


2018.12.10. UP




(71/91)


夢幻泡沫