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それは、甘い
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「おじいちゃん、おばあちゃん、まりです。ただいまぁ。」
玄関で声をかけると、いつも出迎えてくれる笑顔。
「おかえり、まりちゃん。」
「おばあちゃん、ただいま。元気そうでよかった!」
「おかげ様でね。奥でおじいさんが待っているわ。おあがりなさい。」
「はぁい。」
「お客人方もどうぞおあがりください。」
「しつれいもうします。」
おばあちゃんの言葉ににこにこと答えたのは弁で、靴を揃えて脱ぐ姿におばあちゃんは感心していた。
おじいちゃんはたいてい奥の居間にいる。
襖は開けられていたが、敷居の前で正座をして指をつく。
「おじいちゃん、まりです。ただ今戻りました。」
「お入り。」
「はい。」
昔堅気なおじいちゃんは挨拶に煩い。
だけど、きちんと挨拶さえすれば孫に甘いお爺ちゃんなのだ。
失礼しますと入っていけば、皺顔に目を細めて出迎えてくれた。
「おかえり。」
「ただいま、おじいちゃん。おじいちゃんも元気そうでよかった!」
「まだまだ死にはせんよ。それに、今年の祭りは何としても見なければならんしな。まりと倭が揃って出るんだから。」
「期待してくれてるの?」
「当然だ。あそこの孫娘には気の毒なことだったが、鈴沢の家から大将を二人も出せるのは誉れなこと。心して取り組みなさい。」
「はぁい。急な事だからどこまでできるか分からないけれど、頑張る。」
「笹穂の名誉にかけて励みなさい。」
「はぁい。それでね、おじいちゃん。」
姿勢を正しておじいちゃんに頭を下げる。
「倭から聞いていると思うけど、お祭りを観たいって言う人達を泊めてもらえませんか?お願いします。」
「ああ、聞いているよ。お客人方、このような田舎へようこそいらっしゃった。まりの
祖父です。なんのもてなしもできませんが、どうぞゆるりと過ごしていただきたい。」
「こちらこそ突然の訪問をお許し願いたく存じます。まり…殿には、無理を通してしまい申し訳ない。数日間、厄介になります。」
「ほう…。まだお若いのに丁寧な挨拶、感心ですな。」
「俺にできることは何でも致します故、なんなりと申しつけください。」
「爺婆暮らしをしていると、若いお方がいるだけで嬉しいもので。我が家だと思い、寛いで過ごしてくだされ。」
武将ズを代表してなのか、小十郎さんが私の後ろで時代劇張りのお礼を披露している。
他の人達も、子供達さえも、負けないぐらいの姿勢で。
…流石だな、戦国武将。
「まあまあ、堅苦しいのはこれくらいまでにしましょう。まりの祖母です。何もできませんが、どうぞゆっくりと過ごしてくださいね。」
「ありがとうございます。」
「まりちゃん、客間を2部屋用意してあるから案内して差し上げて。」
「おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとう。紹介しておくね。」
と言うわけで、1人ずつ名前を教える。
偽名だけど。
どこかで聞いたような名前だな、とおじいちゃんの呟きにヒヤリとしながらも。
2人にもう一度お礼を言って早々に客間へ移った。
弁、佐助さん、松寿、慶次で1部屋。
梵、小十郎さん、元親でもう1部屋。
荷物を置き、さっそく出かける旨を家族に伝え、実家を出た。
「おじいちゃんとおばあちゃんも言っていましたけど、どうぞ寛いで過ごしてくださいね。」
「ああ、世話になる。迷惑じゃなかったか?」
「嬉しいって言うのはホントだと思いますよ。よかったら話し相手や、荷物持ちになってあげてください。」
「お安いご用ってね〜。」
「さすけ! こころして つとめよ! まりどの、 まりどのの おじいさまと おばあさまは、 おやさしそうな かたで ござるな。」
「優しいよ。弁も梵も松寿も、お話し相手になってあげてね。」
「おーけー。手伝いもするぞ。」
「ありがとう、梵。」
大きな荷物がなくなって身軽になった分、みんなは町のあちこちが気になるようでキョロキョロと視線を動かしていた。
少しして見えてきたのは、山の麓にある大きな神社。
この町の地名の由来となった、この町を守る鎮守さま。
石鳥居をくぐって正面に見える本殿へ進む途中で、茶化すような声がかかった。
「おっ、マジだ。鈴沢が男を連れて帰ってきてる。」
「…次期宮司様がからかわないでよ。」
「いやいや、すんごい勢いで噂が広まってるぞ。」
「ウソでしょ?だって、返ってきてからまだ1時間も経ってないよ!?」
「ははっ、そんなもんだろ。今日の夜、飲み会だって。そのうちラインが届くだろ。」
「…」
「ネタは鈴沢の男についてで決定だな。」
「…みんなヒマだね。」
竹箒を片手に持ちながら近づいてきたのはこの神社の跡取り息子で、私の同級生。
宮司を継ぐのにこんなに軽くていいの?
「鈴沢が帰ってきたとなれば、今年の祭りは波乱があるかもな。」
「そっちは出るの?」
「俺は中立だから審査員。俺ら、今年で最後だろ?結構出るみたいだぜ。みんな気合い入ってる。」
「だろうね。まさか私も自分が出るとは思わなかったけど。」
「笹穂の姫は災難だったな。鈴沢もケガしないようにしろよ?」
「ありがとう。お互いイイ年だからねぇ。ブランクもあるし、お祭りに間に合えばいいけど。」
「鈴沢が代理に決まったって話、あっという間に伝わってきたぞ。巴の連中も中直の連中も頭抱えてた。」
「伝わらなくていいのに…」
「まあ、楽しみにしてる。」
「ん、ありがとう。」
「おかえり、鈴沢。」
…この一言が嬉しい。
会う人会う人の『おかえり』は私の心をほわっとさせる。
同級生相手にそんな事を感じるなんて照れくさくなり、手に持っていたものをぶっきらぼうに突き出した。
「…これ、お納めください。」
「ありがたく頂戴します。後ほど神様にお供えしておきます。」
型通りのやりとりでお供え物を渡せば、丁寧な仕草で恭しく受け取られた。
「…で?誰が本命なんだ?」
…ニヤニヤするなって!
この茶化しさえなければ見直したのに。
「さあね。鎮守さまにご挨拶してくる。またね。」
「おう、夜な。」
同級生と別れて本殿に向かう。
「…まりちゃん。俺と恋仲になっとく?」
「いや。俺とだよな、まり?」
「え〜!?まり、俺様だよね〜?」
「俺にしとけ、まり。」
「えっ…!?」
次々と聞こえてきた言葉に驚いて振り返れば…。
笑いを堪えている4つの顔から発せられたもので。
「もうっ!鎮守さまのバチが当たっちゃえ!!」
だからイヤだったの!
なんであんた達まで茶化すのよ!?
足音荒く進む私を健気に追ってきたのは、子供達だけ。
恋人にするならこの3人から選ぶ!
2020.06.01. UP
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夢幻泡沫