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それは、甘い
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あれだけ暴れていた弁丸様は、まりちゃんが手合わせを始めた途端にぴたりと動かなくなった。
そんな弁丸様を抱え直せば、信じられないと言った驚嘆や愕然が含まれた言葉が聞こえてくる。
そりゃそうだよね。
俺様だって驚いてるもん。
だって彼女は言っていた。
この国には戦がないと。
武器を持っていたらけいさつに捕まってしまうと。
人を殺したら死罪になると。
…それなら、どうして。
何で槍なんか持ってるの?
肉刺一つない柔い手で、どうしてあれだけ素早く槍を動かせるの?
男を相手に一歩も引かずに対峙するまりちゃんは、普段見ているまりちゃんとは全然違う。
「それがし、 やりを えものと いたす。」
弁丸様がしっかりとした声で宣言する。
そっと下ろすと、両手を握りしめ前のめりになってまりちゃんを見た。
う〜ん、これは決定かな。
弁丸様の目が真剣で、輝いていて、覆らないだろうなと小さく息を吐く。
上田に帰ったら弁丸様用の槍を作らなきゃ。
それにしても…。
まりちゃんてば、本当に何者なの?
あの槍捌きは絶対に昨日今日なんかで習得できるようなものじゃない。
相当、修練していると見える。
だって、ほら。
右目の旦那も、鬼の旦那も、風来坊も、あんなに目を瞠ってる。
己で言うのもなんだけど、名立たる婆娑羅者が揃いも揃って黙ってしまうなんて。
まりちゃんは軽い。
それを活かして、手数の多さや技の素早さで相手を翻弄している。
そして、確実に急所を狙っている。
軽いと言っても、一撃一撃だってそれなりにこたえそうだし。
こんな一面をおくびにも出さずに隠してたなんて。
まりちゃん、やるね〜。
俺様達が唖然としているうちに、勝敗がついたようだ。
槍の穂先が相手の左胸に当てられている。
そう、あそこにあるのは心の臓。
「…討ち取ったり!」
まりちゃんのその言葉で、ふっとその場の空気が和らいだ。
互いの武器を引いて離れた二人が、飲み物を貰う。
それに口をつけながらまりちゃんがこちらにやってきた。
あっ、こら!
お行儀悪いでしょっ!!
「大丈夫そうだな、姉ちゃん。」
「まぁね。」
「これなら姫を任せても文句は出なさそうだな。」
「ちょっと鈍ってる部分もあるけど、これから練習するから。」
「ああ。練習相手になってもらっている人達はここで
寝泊まりしてるから、いつでも相手してくれるぜ。」
「あら、それは頼もしいことで。」
「それ飲み終わったら、次は脇差な。」
「少しは休ませてよ。」
「祭りで休んでる暇なんてないだろ?疲れてからが練習なんだよ。」
「どこの部活よ、それ。」
こくりともう一口飲んだまりちゃんが眉をしかめる。
「大好きなお姉様を労ろうって気持ちはないわけ?」
「はあっ!?な…ちょっ、な…なに言ってんだよ!?」
「べぇつにぃ?」
「いいから早く飲めっ!」
「はいはい。」
…弟君、まりちゃんのことが大好きなんだね〜。
だから姉君と一緒に来た俺様達のことが気に食わないんだ。
まりちゃんの言う、微妙な年齢の姉君が男を何人も連れて帰ってきたのが。
顔を真っ赤にして離れてしまった弟君を見送る。
俺様、今きっと生温かい目をしてると思うんだ。
こっちの世界に来てから、まりちゃんと知り合ってから。
本当に感情ってもんが駄々漏れな気がしてならない。
向こうの世界に帰った時、忍びとして旦那の役に立つのかな〜?
俺様、すっご〜く心配。
と、それはそうと。
「ね〜、まりちゃん。」
「何ですか?」
「さっきから話題に出ている『姫』って何?まりちゃんはお姫さんじゃないんでしょ?」
「あぁ、姫大将のことです。総大将と姫大将が各隊にいて、
その2人を討ち取ったら勝ちになるんです。」
「ふ〜ん…じゃあ、まりちゃんと弟君が討ち取られたら笹穂の隊が負けって事?」
「はい。姫大将が討ち取られても、総大将が残っていれば勝てる可能性はありますけど。」
「他の隊の大将は強いの?」
「どうなんでしょうね?総大将になる年齢が決まっていて、まぁ…
大抵はその年の一番強い人が総大将を務めることが多いですよ。」
「へ〜。弟君、強いんだ。」
「らしいですね。これから一緒にやりますから、分かると思いますよ。」
「一緒に?」
「次は脇差の力を見るんですって。佐助さん達は小刀と呼んでいるんでしたっけ、
これが使えるのは槍が使えなくなった場合のみなんです。予備の武器になった
途端に弱くなっちゃうのは、大将としてどうかと思いませんか?」
「まあ…」
「姫大将としての最終チェックです。脇差は終盤に使う事が多くて、終盤は乱戦に
なることがあるんです。それを想定しているから、弟も一緒に組み合うみたいです。」
「前に木太刀を買ってくれた時には、全く武芸には関係ないって
顔してたのにね。あんなに槍を使えるなんて、俺様驚きだよ。」
「…まさかこんな日が来るとは思ってませんでしたから。
お祭りを見てもらうのはともかく、参加することになるなんて。」
腰に差してある小刀をポンと叩いてまりちゃんが苦笑する。
「まだ疑っていますか?」
「ん〜?何を〜?」
「私のこと、この世界のこと、を…今まで黙っていたんです、疑われるのは仕方ないと思いますけど…」
「…疑うって言うより、惑うって感じかな。」
「え?」
だってまりちゃんが武家…の末裔の娘だって知らなかったし。
実際に槍を得意としているし。
扱うなんてものじゃなく、使いこなしているし。
おそらく俺様達のところに来ても、一廉の手柄を立てられるんじゃない?
それを黙っているなんて人が悪いよね。
だけど普段のまりちゃんの生活を見てれば、そんなものとは無縁だし必要ないって分かる。
必要ないものをわざわざ言うことなんて、俺様だってしないし。
全てを信用するのは無理な性分。
でも、まりちゃんのことを疑うつもりはもうない。
だから…
「戦がない、武器を持つことを禁じられている。そりゃ〜初めは信じられなかったけど、
こっちで過ごしているうちにそんなもんなんだなって納得できた。でも今のまりちゃんは
槍を持ってるし、腰には小刀を差している。」
「…はい。」
「あは〜、そんな心配そうな顔しないでよ。まりちゃんのことを疑ったりなんかして
ないから。でも、俺様から見れば槍も小刀も立派な武器だから…だから、惑ってる。」
忍びらしくないけどね〜、と自嘲すればまりちゃんの顔が歪んだ。
2021.01.04. UP
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夢幻泡沫