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それは、甘い
79
しまった、と思ったけれど遅かったらしい。
歪んだまりちゃんの顔が、次には怒っていた。
「…まだそんなこと言ってるんですか?」
「…」
「そんなこと関係ないって言いましたよね。ここにいる間はただの男の人。違うんですか?」
「…その通りです。」
素直に頭を下げて認める。
反論はないと態度で示したつもりだったけど、まりちゃんには通じなかった。
「…心にも思ってないことを。そんなに言うんなら、分かりました。」
「え?」
「ちょっと、倭!」
「…何?」
「脇差、余ってるのがあったら4本貸して。」
「はあ?何で。」
「いいから!」
盛大に顔を顰めた弟君に同意する。
まりちゃんがしようとしていることが分からない。
いつもより語気が荒いまりちゃんに気圧されたのか、弟君は首を傾げながらも近くにいた人達から小刀を借りて持ってきた。
「…あんたら、姉ちゃんに何かした?」
「…俺様です。余計なことを言っちゃった。ごめんね、弟君。」
「バカじゃねえの?姉ちゃんを怒らせんなよ。怖えんだから。」
「倭?」
「…何でもねえ。それで、どうすんだよ?」
「そこの大人組に渡して。倭達は槍を持ってこの人達を囲んじゃって。」
「は?」
「いいから、言われた通りにして。」
「…」
「精鋭達で囲んじゃっていいから。」
まりちゃんは有無を言わせない。
これは…相当怒っているかも。
あは〜、旦那方の視線が痛いや。
渡された小刀は予測していたほど重くなく、振ってみれば勢いで手からすっぽ抜けそうだった。
これは握り加減が難しい。
右目の旦那達も手に馴染ませるように数度振る。
その間に弟君が指示を出したらしく、穂先がぐるりと俺様達を閉じ込めた。
「…姉ちゃん、どうすればいい?」
「その人達、コテンパンにやっつけちゃっていいよ。」
「まりどの!?」
「弁は黙ってて。梵も松寿も見ているだけ。危ないからね。」
「だが…っ!」
「…見ておればよいのだな。」
「うん、よく見ていて。…弟達の目を。」
最後の言葉はきっと弟君や旦那方には聞こえていない。
まりちゃんも聞かせるつもりはないから、声音を下げたんだと思う。
だけど俺様は拾えた。
俺様だから、拾えた。
…目?
弟君たちの目。
何があるんだろう?
「倭。その人達に勝ったら、家から追い出していいよ。」
「まりちゃん!?」
「まり!?」
「…約束だぞ、姉ちゃん。」
「はいはい、約束。」
え…ちょっと、どういうつもり!?
待ってよ、まりちゃん!
弟君の目、鋭くなっちゃったでしょ!!
「…知ってると思うけど、鈴沢の家で『約束』は絶対だからな。」
牽制するような低い声で俺様達に確認すると、弟君は行くぞ!と合図した。
その勢いと威圧感は俺様の世界でも通用しそうなほど。
手にしている武器は、長物に対して不利すぎる小刀で。
右目の旦那も、鬼の旦那も、風来坊も。
俺様もぎり…と握り直して囲みを睨む。
4つの背中が自然と庇い合った。
後ろを任せるとまでは信用してないけど、旦那方の強さは認めているから。
前にいる若者に集中した。
…結果はもちろん俺様達の勝ち。
弟君もそれなりに強かったけどね〜。
でも、俺様達には勝てない。
「…これで納得してくれましたか?」
「…ここには戦はない。忍びは必要ない。」
「そうです。」
「…だから、俺様は…」
「佐助さんはただの男の人です。」
「…少なくとも、ここにいる間は。」
「はい。」
手合わせする中で気付いた。
まりちゃんの世界には、俺様…旦那方も含めると俺様達、か。
謂わばあっちの世界の人に勝てる人間はそうそういないって事を。
『人を殺す』目を持っていないのだ。
どんなに凄んでみせても、人を殺したことのある俺様達に敵うはずがない。
「…姉ちゃん、ヤバい人と付き合ってんじゃねえだろうな!?」
ぐい、とまりちゃんを俺様から引き離して弟君がこそりと尋ねる。
俺様には聞こえてるんだけど。
あは、弟君の不審感を更に募らせちゃったかな〜?
「そんなわけないでしょ。この人達は心配ないって。」
「…」
「ホントよ。」
「…」
「倭。」
「…ならいいけど。」
「強かったでしょ、この人達。私達、もう少し強くなれそうな気がしない?」
「それで連れてきたってのか?」
「うぅん。強かったのは偶然。だけど、付け焼刃でも力になってくれるならラッキーって思ったりもした。」
「…家に居座ってる分、相手をしてもらうからな。」
「お願いしてみるね。」
「ふんっ!それより次は姉ちゃんの脇差だぞ。」
「倭もでしょ?」
「俺は後でにする。疲れた。」
「あら?『疲れてからが練習』じゃなかったっけ?」
「ぐっ…!」
からりと笑ったまりちゃんが弟君の背をぽんと叩く。
それだけで弟君の機嫌が少し直ったっぽいんだから、まりちゃんってすごい。
そんなまりちゃんが言ってくれるんだもん。
俺様、ここにいる間は『忍び』ってことを忘れる…いや、振り払う。
忘れることはできないけど、振り払うことは出来る。
折角なんだから、ただの男としてこのあり得ない状況を楽しんじゃおう。
何度となく言われたことが、ようやくすとんと落ちたような気がした。
俺様は人、ただの男。
だよね、まりちゃん?
2021.04.05. UP
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夢幻泡沫