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それは、甘い

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感覚が戻ってくるのが分かる。
体が思うように動くのが嬉しくて仕方なかった。
初日は槍だけ。
次の日からは扇も持っての練習。
何で舞扇なんだ?って武将ズから聞かれた。
そりゃそうだよね。
って事で軽く説明したことは。
このお祭りは3つの構成で成り立っている。
1つ目は山車。
毎年趣向を凝らしたものを作り、町内を練り歩いて鎮守さままでお運びする。
山車を制作するのは模擬戦に出ることがなくなった青年以上の人達。
引くのはその人達と小学生以下の子供達。
その間の若者は、山車の後ろから笛や太鼓やチャッパなどで囃子を奏でる。
山車の見事さが評判なのだ。
2つ目は群舞。
若者達が振付を考え、練習を重ね、鎮守さまの広い境内を舞台にして観客の前で披露する。
それぞれの地区の武器を必ず使う事が決められていて、勇壮さや可憐さをどこまで表現できるかが決め手となる。
3つ目は模擬戦。
群舞を終えた後に行われる、このお祭り最大の魅力。
それぞれの武器を携え、三つ巴の乱戦を観客の前で繰り広げる。
総大将を討ち取った隊の勝ち。
どの隊とも総大将が残っていなければ、姫大将のいる隊の勝ち。
それ以下、残った人数で勝敗が決まる。
勝った隊はお城まで登り、お城はその隊の色でひと夏の間ライトアップされるのだ。
地区の誇りをかけて若者がぶつかり合い、とても見ごたえがある。
…と、まぁ。
ひとりひとりに役割があり、町全体が関わるので。
毎年のことながら熱気がハンパないお祭りなのだ。
私はギリギリ『若者』の部類に入っているので、今回の急展開になったわけだけど。
いやぁ、最近のコをなめちゃいけない。

「姉ちゃん!遅れてる!!」
「…ごめんなさい。」
「動きにキレがねえ!!」
「…すみません。」
「そんな姫なんかいらねえぞ!!」

体が思うように動くと思っていたのは自分だけで。
イマドキの子が考えた振り付けにお姉さんついていけないです…。
複雑かつ機敏な動きの中にも、日本舞踊独特の静や雅が取り入れられていて。
え、今年の腰元すごい。
腰元って模擬戦に出る女の子達の総称なんだけど。
あれかな、学校の体育とかでダンスやってるからかな。

「…あなた達すごいねぇ。こんなことできちちゃうんだぁ。」

休憩中に息を切らしながら感心を漏らせば、振り付け自体は割とオーソドックスなものにしてるんだとか。

「え、ウソでしょ!?」
「本当ですよ。今年は『群』を推しにしようと思って、あんまり複雑な動きは入れなかったんです。」
「え…」
「その分、隊形移動と男子の動きをダイナミックにしたんですけどね。」
「…」
「まりさんは姫で花形だからもっと大胆に動いてください。大人の魅力、見せてつけちゃってください!」

きゃあきゃあ言う若手の腰元に若干引きつつも、やるしかないのだから。
全力を注ぐしかない。
ひたすらに、がむしゃらに。
自分がまだこの子達ぐらいだった時、やっぱりこんな風にお祭りに夢中になっていた。
それをこの年でまた出来るなんて…。
総大将である弟の罵声も、自分の情けなさも苦にはならない。
ひたすらに、がむしゃらに。

「…まり、あまり根を詰めるんじゃねえぞ。」
「ありがとう、元親。大丈夫だよ、楽しくてしょうがない。」
「それなら別にいいんだが。本番前に倒れるほど、情けないもんはねえからな。」
「だね、気をつける。」
「おう。にしても、骨のある野郎共が多いじゃねえか。相手のしがいってもんがあるぜ。」
「でしょ?年に一度、このお祭りにかける情熱はどこにも負けないもん!」
「まりも綺麗だ。舞っている姿なんか竜宮にいる乙姫じゃねえかって思うぞ。」
「な…ちょっ…!?」
「きゃあっ!!長野さんってばあま〜い!!まりさん、どうします!?」
「ど、どうもしないしっ!!」
「ははっ、照れてんのか?可愛いな。」
「きゃあ〜っ!!」
「元親っ!!」

…何なの。
ここ、ホームじゃなかったっけ?
え、あれ…アウェイですか?
火照った顔を扇ぎながら元親を睨んでみても、ニヤニヤしているだけだし!
あんたのせいでしょ!!

「まり、相手してやろうか?」
「うるさいっ!ちかちゃんはあっち行って!!」
「ひでえなあ。」

クツクツと噛み殺し切れていない笑いを隠そうともしないで、元親は男子の方へ行った。

「…まり。あんた、長野さんとイイ感じじゃない。」
「違うから!あの人達とは何でもないって!何回言ったら分かるの?」
「え〜、でも周りからはそう見えてるって。ほら、倭くんも睨んでるし。」
「…」
「倭くん、ちっちゃい頃からまりのこと大好きだもんね〜。ずっと後ついて回ってたしさ。」
「今じゃ生意気に反抗してるけど。」
「それでもまりのこと大好きなんでしょ。今回まりが帰ってくるのを一番喜んでるのは、倭くんじゃん。」
「練習についてけない私にイライラしっぱなしだけどね。」
「それ、違うんじゃない?大好きなお姉ちゃんがたくさんのイケメンを連れて帰ってきたからでしょ?」

…弟よ、そうなんですか?
姉としては嬉しいけどね。

「姉ちゃん、もっかい通してみるぞ。」
「もう少し休みたい。」
「じゅうぶん休んだろ?きゃあきゃあ騒ぐヒマがあったら、振り付けをさらうとかしろよ…。」
「…騒いでないし。」
「さっき煩かった。」
「…」
「なに、マジであん中の誰かが彼氏なの?長野とか?」
「違うから!」
「おっ、弟に認められたか?」
「元親は黙ってて!」
「下の名前を呼び捨てかよ…。」

げんなりとした顔の倭が深く息を吐く。

「…あいつらが強いってのは認める。だからって、彼氏として認めたわけじゃねえから。」
「だから違うって言ってるでしょ!!」
「違うんならそれでいい。おい、お前らも!もっかい通すぞ!」

総大将の声掛けで休憩をとっていた人達も、槍の練習をしていた人達も、表情を引き締めてさっと隊形を作る。
…そう。
この町の思いは一つ。
今はこれに集中するだけ。
お祭りに心血を注ぐのみ。


2021.05.03. UP




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夢幻泡沫