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それは、甘い
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祭り当日。
朝一番にこれまで練習に励んでいたお寺へ倭と一緒に赴く。
隊に参加する全員が集まってから、これまで泊まりで相手をしてくれた巴と中直の青年さん達にお礼と感謝の意を込めた朝食を供する。
私達も共に食べ、最後の練習に励んだ。
有名なお祭りだけあって、当日は準備段階から地元、全国問わずにテレビカメラがたくさん入ってくる。
そして大勢の観光客も。
そんな中で怒涛のスケジュールがスタートした。
まず、総大将と姫大将は身を清める。
つまり、白装束で境内にある井戸の水で垢離を取るのだ。
私達は毎年のことだからあまり気にしていないことだけど。
世間的には水垢離なんて滅多に見られるものでもないらしく、カメラやらスマホやらが周りを囲むように差し出されていた。
井戸の水は夏でも冷たく、何度も浴びれば体が冷えてしまう。
ホントはフワフワのバスタオルに包まりたいなぁ、なんて思いながら。
通例の綿布で水気を吸い取って、お寺の一室へ。
ここからはテレビも雑誌も完全シャットアウト。
垢離を取ったら衣装に着替える。
今年の衣装はなんとも華美に仕上がっていた。
白藍無地の着物に、朝顔が銀糸で刺繍された月白の半襟。
漆黒の馬乗袴に草鞋の形状をした草履。
鼻緒は青地縮緬で柔らかく、足首を固定できるようにしてあるので脱げることもない。
一番上には衣装の花形とも言える羽織。
膝裏が隠れる程度の長さいっぱいに四君子文様を染め抜いて、更に銀糸で縫い取っていた。
お祭りの衣装だから胸下できっちり結び止められるようになっていて、さらに上から長めの銀地紕帯で固定する。
これで激しく動いてもほどける心配はないでしょ。
塗骨本銀地の舞扇、明青糸総巻きの笛、愛用の脇差を腰に挿めば、着替えは終わり。
美容室に勤めている友人が待っている部屋に移動して、今度は髪の毛のセットをお願いする。
私達はいわゆる笹穂の代表なわけで、その私達のスタイリングをする友人もとても気合いが入っていた。
「おはよ、まり。よろしくね。」
「こっちこそよろしく。待たせちゃった?」
「ううん、私も準備してたし。この年で姫の髪の毛をセットできるなんて想像もしてなかった。」
「私も。まさか姫にねぇ…。でも、急だったのに引き受けてくれてよかった。」
「同クラのよしみ。私達の中から姫が出るんだもん、自分でセットしたいじゃん!
負けるんじゃないよ、まり。」
「もちろんそのつもりだけど。」
「どんなに動いても崩れない髪形にするから安心してね。もちろん可愛さも忘れずに!」
…いや、ないでしょ。
この年で可愛さを求めてどうするの。
巴の姫も中直の姫も、相手はピッチピチのお嬢様方ですよ?
まず同じ土俵には立てないから…。
「…可愛さはいらないかな。」
「…そうね。現役の女子高生には勝てないものね。」
「ふっ…仰る通りで。」
うふふ…私達、イイ年ですもの。
同い年の友人と一緒に遠い目を空中に投げた。
失笑を浮かべた顔を交わした後、はぁと出るのは深い溜息で。
「…それなら、大人のお姉さんに仕上げる!」
「そういうのいいから…」
「ダメ!大人な姫、いいじゃん!!新たな境地を開拓しなきゃ!!」
「…」
「まりは黙ってメイクされてなさい!ガキンチョになんか負けないわよ!?
大人の魅力ってもんを見せてやる!!」
「…お手柔らかに。」
なぜか息巻き始めた友人に、さらに遠い目になる。
その間にも友人はカチャカチャと近くに置いたワゴンに道具を並べ始める。
ドライヤーで濡れた髪をしっとり程度に乾かし、コテで髪を巻き、ワックスを馴染ます。
トップを編み込みでおさえながら、弛ませることなく耳上の位置で一纏めする。
痛いぐらいにきっちりと結い上げると、ちょっとやそっと頭を動かしたくらいでは緩むことはなかった。
ちょうどカールされた毛先が肩にくる程度に収めてもらえば、視界を遮ることもない。
「これ。私からの激励。ケガしちゃった子用に作ってたんだけど、まりのイメージに直してみたんだ。」
友人が大切そうに見せてきたのは、これから私の頭を飾るであろう小物。
下駄の鼻緒と同じ縮緬で作られた大振りの朝顔が、銀や白の吉祥結びやパールや黒リボンに飾られていて。
「うわっ、かわいい!」
「でしょ!?結構、力作なんだから!」
「うん、分かる。涼やかで華やかで、夏のイメージぴったり!」
「それに、笹穂の姫らしいでしょ。大事にしてね!汚さないでよ!?」
汚さない。
それはすなわち、倒れるんじゃないと言うことで。
倒れるな、とは…。
総てを言わなくても、分かる。
笹穂に住む人の気持ちは、一つなのだから。
「激励ありがとう。心強いです。」
「うん、お城を青に!」
コーム部分を束ねた根元にしっかりと差し込み、動きを封じるようにピンで固定する。
前髪は流して視界はくっきり。
あとはメイクを彼女に任せて。
少しして出来上がったの声に閉じた瞳を開ける。
ワゴンから手鏡を持ってきた友人は、はいと私に向けた。
「…さすがプロ。」
「ふっふーん!さすが私!」
「ありがとうね。」
「これくらいなんの。私の方こそ、声をかけてくれてありがとう。」
倭くんが待ってるよ、と言われて立ち上がる。
隊員も各自で着替えて境内に集合しているはず。
急いで弟がいる部屋へ向かえば、なんとも余裕でスマホをいじっていた。
「…なにその余裕。」
「姉ちゃんが遅いからだろ。」
「女の支度時間に文句を言う男はモテないよ。」
「っ…マジで?」
「うん。」
「…覚えとく。」
「お待たせ、倭。決まってるね。」
「おう。」
「私は?」
「言わせんな。」
横を向いた顔はうっすらと赤く染まっていて、その可愛さにクスクス笑いを零せば剥れたように睨まれた。
「…行こう。あいつらが待ってる。」
「うん。」
「頼むぞ、姫。」
「全力で大将を支えるわ。」
しっかりと目を合わせ、頷き合う。
集合場所に面している部屋には私達の槍が置かれていて、目に入った瞬間に気持ちが引き締まった。
手に取り、障子戸をサッと開け放す。
青い空が見え、高く昇った太陽が容赦なく降り注いできた。
わっと境内に歓声が上がる。
隊員の『待ってました』の熱気。
関係者の昂り。
見物客の視線。
くらりとめまいがした。
2021.11.01. UP
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夢幻泡沫