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それは、甘い

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「まりどの!」

あちこちで呼ばれる自分の名前の中でも、一際大きく聞こえてきた方を見る。
そこには家族と武将ズがいた。
弁と梵の目がキラキラと輝いていて、思わず頭を撫でる。

「来てくれてありがとう。」
「なんの! まりどの、 すばらしい いでたちに ござる!」
「ふふっ、ありがとう。言ってみれば戦装束だからね。
 褒めてもらえて嬉しいよ。…と、梵。なにしてるの?」

ピラッとめくられた感覚に横を見ると、梵が興味深げに帯や羽織を触っていた。

「ぼっ、梵天丸様!女子に何と言う事を…っ!!」
「いや…どんな仕立てになっているのかと思って。くーるだぞ、まり。」
「ありがとう。普段の着物とあまり変わらないよ。動きやすいように工夫はされているけど。」

足の指の股が痛くならないようにクッションがついていたり、羽織自体が軽い生地のものだったり。
とにかく長時間の暑さ対策と、激しい運動対策に、どの隊も年々工夫を重ねている。
見た目は豪華絢爛に、けれども参加者の負担にならないように。
全く頭が上がらない。
こういう裏方さんあっての私たちなのだ。
だからこそ、余計に負けられないんだよね。

「それにしても、みなさんお揃いで…」

梵はいつものことながら、今日のみんなは青の浴衣で統一されていた。
子供達はともかく、大人組の浴衣なんてよくあったなぁ。

「母君様がね、弟君が小さい頃の浴衣を出してくれてさ〜。」
「ほんじつ、 ささほの ものは あおじの ものを きるのが ならい だとか。 それがしらも
 どうであろうか、と おばばさまと ははぎみさまが おっしゃって くださったのだ。」
「そっか。倭の小さい頃を思い出すなぁ。」
「におうて おりますか?」
「似合ってる。だけど、弁はやっぱり赤が似合うね。」

そう言ったら弁は照れ笑いを浮かべた。

「松寿も似合ってるけど、やっぱり緑のイメージだね。」
「なにゆえ我がこのような色を着ねばならんのだ。」
「あ、ヤだったら脱いでもいいよ?無理強いするものでもないし。」
「…笹穂は青なのであろう?なれば、仕方あらぬではないか。」

松寿ってば、憮然としてるけど脱ぐ気はないみたい。

「ちょっとまり、こっちにいらっしゃい。」
「あ、お母さん。浴衣、ありがとう。これだけよく揃えられたね。」
「子供達のは問題なかったの、倭の小さくなったものを取ってあったから。猿野さんも
 今の倭ので間に合ったし。片野さんと長野さんと前野さんに苦労したわよ。」
「だよねぇ、ありがとう。」
「いいのよ、これくらい。最近の子は大きいのねえ、お母さんビックリだわ。」
「3人とも体格もいいしね。」
「本当に。お母さんだってあと20年若ければ…」
「…20年?図々しい…」
「まあっ、可愛くない子ね!」

シラッとした目で母親を見る。
そんな私の視線も意に介さないで、お母さんはデジカメを取り出すと私に向けた。

「ちょっとポーズを取りなさい。最後の姫なんだからたくさん残しておかなくちゃ。」
「…それ、随分前にも聞いたような。」
「おかげで可愛さピークのまりがいっぱい見れるでしょ。ありがたく思いなさいよ。」
「ちょっと、ピークとか勝手に決めないでよね!?」

軽口を叩き合っているけれど、顔は笑顔をキープ。
お母さんも心得たもので、槍や体の角度やら目線やらを細かく指示しながらシャッターを押す。
私に一通り満足すると、倭を呼んで同じような要求を。
それから2人で並んで写真を撮られた。
倭も拒否する事なく撮られている辺り、素直で可愛いなぁと姉バカに思ってみたりして。
私のスマホでもと頼んだら、倭も自分のスマホをお母さんに渡してるし。
あらら、屈託のない笑顔なんだから。

「爺様、婆様。それに母様と父様も。身内で撮っとかねえとな。」
「元親。いいの?撮ってくれる?」
「おう。」
「ありがとう。」
「任せな!」

いつの間に覚えたのか、デジカメをお母さんから取り上げて構える元親の言葉に。
ちょっと照れくさかったけど、家族全員で何枚か撮ってもらった。
これもいい記念になるよね。

「それがしも まりどのと とりたいで ござる!」

その様子を見ていた弁の言葉に、梵も松寿も反応して。
結局7人とツーショット撮っちゃった。
あはっ、やったね!
それから少しの間、撮影会に。
最後の出陣だと意気込む同窓と集まって撮ったり、姫大将と撮りたいと集まってくる腰元と撮ったり。
他にもテレビ局のインタビューに答えたり、見物客の呼びに振り向いたり。
そう言えば今日ばかりは、大将と姫はアイドル並みにキャーキャー騒がれるんだった…。
キリがいいところで武将ズのところへ戻ると、周りの熱気に当てられたのかいつもより興奮している。

「まりちゃん、いいねこの活気!これぞ祭りって感じで!」
「でしょ、慶次。これからもっとすごいから。楽しんでね!」
「戦支度のように見えたが、そうでもねえ…のか?」
「模擬戦は最後ですからね。まずは山車を鎮守さままでお運びするから、
 まだそこまでピリピリしているわけじゃないです。」
「母君様に聞いたけど、俺様達は一足先に会場に行ってるって?」
「あ、はい。たぶんお見送りをした後に、鎮守さまへ行くんだと思います。
 山車は町内をぐるりと廻りますので、待つことになると思いますけど。」
「ついて見てちゃ駄目なのか?」
「ダメってことはないと思うけど、ひたすら歩くだけだよ。鎮守さまでも
 同じ光景が見られるから、待ってた方がいいと思う。」

つまらなさそうにしている元親と慶次に苦笑したが、もっとつまらなさそうなのは子供達だった。

「それがし、 まりどのと ともに あるきとう ござる…」
「みーとぅー!」
「ごめんねぇ。その代わり、鎮守さまで待っている間に屋台を見て回ったら?
 花火大会の時みたいに食べ物がたくさんあるよ。」
「まことで ござるか!?」
「うん。小十郎さん、佐助さん。お金、渡しときますね。」
「悪いな。」
「いいえ、気にしないでください。この雰囲気を楽しむのもお祭りならではですから。ね、慶次?」
「うん、わくわくしてくるよ!祭りと喧嘩は派手な方が楽しいよな!」

目に見えてウキウキしている慶次に苦笑をしていると、弟が槍を片手に近づいてきた。

「姉ちゃん、そろそろ。」
「ん、了解。」

倭の言葉に、武将ズもいよいよだと分かったみたいで。

「まりどの。 ごぶうんを おいのり いたす!」
「くーるに決めろよ、まり。」
「日輪の加護を。」
「ありがとう。…行ってきます!」

ぐっと手を握りしめながら応援をくれる子供達の頭を順に撫でる。
うん、力を貰ったみたい。
倭と一緒に家族にも挨拶とも交わし。
槍は大太鼓と一緒に屋台車に乗せる。
お囃子の先頭に立つ大太鼓を叩くのは大将の役目。
整然と並んだ若者ひとりひとりと目を合わせた後、倭が屋台車の上から鋭く声を放つ。

「笹穂隊、行くぞっ!!」
「おおっ!!」

鬨の声があがる。
笹穂の願いを叶える時が来た。


2022.01.03. UP




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夢幻泡沫